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元第三怪人ザースト


 朝食の時間、ユキはやたらと眠そうで、ジト目になって必死に目を開けようとしているユキを見てテイルは優しく微笑んでいた。


 一昨日発生したデパート襲撃事件。

 その時雅人が怪獣と化して暴れまわり、同時にoB級以上の正義や悪の組織が周囲を探索して捕まえていったのだが、少しばかり手遅れで、犯人達は大多数が既に逃げおおせた後だった。

 それから自宅に戻った後、ユキはしばらく研究室にこもった。

 そして今朝、犯人が全員無事捕縛、または処刑されたという事が発表された。


 ユキが何をしたのか、そんな野暮な事は聴くつもりはない。

 それと同時に、朝になっても眠そうで夜更かしした事をテイルは窘めるつもりもなかった。


「ユキ、眠いなら寝てきて良いぞ」

 朝食の準備をしているテイルにユキは目を閉じながらも首を横に振った。

「やー。朝ご飯は食べるのー」

「そか」

「そー」

 眠たいからか幼児語になっているユキはそれだけ答えた後、頭をうつらうつらと揺らせ船を漕ぎだした。

 その様子を雅人とファントムは苦笑いを浮かべながらみて、クアンはそっと眠気も覚めそうなブラックのコーヒーをクアンの前に用意した。

 しかしながら、残念な事にコーヒーはそれほど効果がなかった。




 船を漕ぎながら朝食を食べるユキを除いて皆が朝食を食べ終わり、食後の団欒を楽しんでいる時にクアンは雅人に話しかけた。

「雅人お兄さん、少し良いですか?」

「ん? なんだ?」

「あの、雅人お兄さんってどうして引退したんです? 明らかに格上を圧倒する力を持っていましたし……」

「あー。そうか。クアンは知らないのか」

「なにがです?」

「体格の差というものは非常に多くてな。多少の階級は無視できるほどの性能差になるんだよ」

 百倍を軽く超える体重差が出ているのだから、ボクシングの重量分けで考えればそれがどのくらい大きな差かわかりやすいだろう。

「ええ。それは聴きました。それでどうして引退を?」

「つまりな、俺以外でも超大型級は皆強いって事だ」

「ふむふむ」

「それで……いや、これは現実で見た方が早いな。ハカセ。俺の戦闘映像あるか?」

 テイルは雅人の言葉に頷き、壁かけの巨大スクリーンを用意した。


「これに関して雅人に非はなく、全面的に俺の所為なんだよなぁ……」

 そう言いながら、テイルは部屋を暗くしリモコンのボタンを押した。


 その映像に移っていたのは、この前の雅人が変身した姿の怪獣と、某光の巨人に良く似た巨大ヒーローだった。

 向かい合っている映像だけならば、非常に特撮チックだる。

 本当の意味での特殊撮影、つまり合成やCGなどを駆使し、あらゆる手法を使ってリアリティと臨場感を表現するやり方の方だ。

 ただし、それは向き合っている時に限り、それ以降特撮らしさは一切なかった。


 光の巨人はその体格からは想像もつかないような速度で怪獣に接近した後、そのままボクシングのようなラッシュを叩きこみ、ボコボコに殴り続けた。

 悲しい事に、それは巨大ヒーローと怪獣の戦いというよりは、いたいけな動物を殴りつけている虐待のようだった。

 怪獣は叫び声をあげながら必死に応戦するも、全くその意味を為さず最初から最後までただ殴り続けられて怪獣は地面に倒れ込んだ。

 その間僅か二分、文句なしのワンラウンドKOである。


「……これ、どうしてこんな一方的な事に?」

 明かりをつけた後クアンはそう尋ね、テイルは非常に申し訳なさそうに呟いた。

「俺の怪獣イメージは特殊撮影でのイメージが強い。んで特殊撮影の場合はな、巨大なヒーローと怪獣は巨大さを表現する為に一部スローに動くんだ。そして、現実ではそんな事はない」

 つまり、雅人は同体格級の中では圧倒的に動作が鈍いのだ。

 ドシンドシンと歩く怪獣に対して、相手のヒーローは俊敏な動きで移動する。

 ぎゃおーと声をあげながら爪を振りかかる怪獣。

 ただし、その動きは非常にゆっくりで、爪を見てからヒーロー側は怪獣の背後に立つ事も容易である。

 要するに、雅人の能力は欠陥品と言って良い性能だった。


「というわけで、これが俺の引退した理由だ」

 そう雅人が言って話を終わらせようとする。

 それを見て、クアンは酷く悲しい表情になった。

「どうにか出来なかったんですか? これは……あまりにも」

 あまりにも惨めである。

 その言葉を飲み込みながら、クアンはテイルの方を見つめた。

「え? いや別にどうとでもなったぞ?」

「ふぇ?」

 テイルがそう言うと、雅人はちっと舌打ちをして顔を反らした。


「え? どうにかなるんです?」

「ああ。クアンもそうだが、怪人全員後から幾らでも調整が効く。クアンの方も水の操作範囲を広げて操作制度を下げるとか、そういったデメリットありだが調整は出来るぞ」

「へー。じゃあ雅人お兄さんも何とかなるんですか?」

 そうクアンが尋ねると、テイルはニヤリとした意地の悪い笑みを浮かべた。

 それに対し雅人は溜息を吐いて顔に手を当てた。


「ふふ。誤魔化しきれませんでしたね」

 ファントムは何故か嬉しそうに雅人にそう声をかけた。


「雅人の場合修正は本当に簡単だ。抑えていた速度を戻すだけだからな。それこそ、デメリットもほとんどないくらいで調整出来る。そして、俺はそれを引退前に既に説明しているぞ」

「え? じゃあ引退する理由ないんじゃ」

「ところがそうでもない。……いや、これ以上は俺の口から言うのも野暮だな。後は雅人、自分で説明しろ」


「……ちっ。ああもう! わかったよハカセ。流石に妹に恥ずかしがって説明しないってのは道理に反するしな」

 そう言いながら不承不承と言った態度で雅人は後頭部を掻き、クアンの方を見た。

「ハカセの言ってた能力調整だけどな、俺の場合デメリットの代わりに怪獣変化後の見た目が変わるんだ」

「ふむふむ。確かにあの姿は力強そうでしたがとても速度が出せるような見た目ではありませんでしたね」

「ああ。だからな……その……」

 雅人が言い辛そうにしているのを見て、テイルとファントムはニヤニヤとした顔を向けていた。


「あーうぜぇ! 要するにだ! ……あの外見が好きだっていってくれた人達がいたんだよ」

「へー。どんな人です?」

「……俺の恋人とその父だよ」

 そう雅人が呟くと、テイルとファントムは『ひゅーひゅー』と雅人を茶化し、雅人は二人にゲンコツを叩きこんだ。




「あいたたた。ま、とりあえずこれを見ろ」

 そう言いながらテイルは再度部屋を暗くしてスクリーンに映像を映した。


 少々画面が荒く発色の悪いその映像はまるで何度も見て擦り減ったビデオのようだった。

 映像には茶色の雑に作られた地面だけが映されており、その地面は突如として山のようにせり上がる。

 そして大きな山になった瞬間、おどろおどろしくもどこかワクワクするようなBGMが流れながら、赤褐色の怪獣が顔を出しそのまま出てきて大地に足を付ける。

 それと同時にジャジャーンといった効果音と同時に、中央に味のある文体でタイトルが表示された。

『大怪獣ガイラス』

 異常なほど古臭く三、四十年前の映像のようだったが、それは紛れもなく雅人の怪獣時の姿だった。


「これは三年ほど前に制作され一部熱狂的なファンを虜にした伝説的な映画作品だ。主役は確かに怪獣だが、その話の中心は人間ドラマでな……」

 電気をつけた後、テイルはあらすじを嬉々として説明しだした。


 突如として現れ、町を壊す巨大怪獣。

 政府はこれをガイラスと名付け国防組織にその対応を一任する。

 それを受けて国防組織はガイラス撃破のプロジェクトチームを組む、組織一丸となって目標達成を試みようとした。

 しかし、国防組織の一部がガイラスを撃破するのではなく、利用しようと企み国防組織は二分化。

 更に、市民の間でガイラスをご神体とした邪悪な新興宗教が生まれる。


 ガイラスを倒そうとする者。

 ガイラスを利用しようとする者。

 がイラスを崇め崇拝する者。

 三陣営の思惑とガイラスの行動が交差していく。


「というのは大体のあらすじだ」

「へー。じゃあファントムお兄さんと一緒で雅人お兄さんも映画俳優? だったんです」

 怪獣を俳優と呼ぶべきかわからないクアンは疑問符をつけながらそう答えた。

「これを撮ったのは当時売れない映画監督でな、好きな事だからマニアックな映画撮影を続けていたけど売れないから家族に迷惑をかえていてなぁ。それでこれが売れなかったら辞めようとしていたらしい。しかし、蓋を開けたら空前絶後の大ヒット! マイナーでかつ一般向けでない本格的な怪獣映画、しかもわざと古臭くした昔からの怪獣ファン向け作品にもかかわらずだ!」

 テイルが声たかだかにそう言うと、クアンは拍手をしながら「おー」と興奮した様子を見せた。


「そして……それを放送したのが古賀監督。雅人の彼女のお父さんだ」

「おおー!」

「それとおまけに、雅人の彼女は古賀監督以上の怪獣フリークでな、誰よりも雅人の怪獣姿を好きなのが彼女だ」

「おおおー」

「そして彼女が大好きな見た目を捨てる事とARバレットの一員を止める事の二択を迫られ、彼女を選んだのがそこの高橋雅人君だ」

 冗談めいてそう言葉にするテイルに雅人は何とも言えない表情を浮かべた。

「なるほど。だから引退なんですね」

「ああ。ついでに言えば、雅人は既に怪獣映画の主演にリハビリ関連の仕事と既に二足の草鞋を履いてこれ以上は体が保たないという事も引退の理由の一つだ」

「なるほどなるほど。それは、雅人お兄さんおめでとうございます! で良いのかな?」

 そうクアンに言われ、雅人は後頭部を掻きながら小さな声で呟いた。


「あー。そのな…………今度……結婚することになったからこっちに彼女を連れて来る……その時は皆頼む」

 そんな雅人に一名を除き、全員が盛大な拍手をしつつ雅人を生暖かい目を向けた。


 そしてその一名は……。

「あのーハカセ。いつ言おうか悩んでいましたが、ユキさんどうしましょうか?」

 そこには、朝食は半ば食べた状態で撃沈し、気持ちよさそうに眠っているユキの姿があった。

 ちなみに、最初に電気を消した時がトドメである。


「ふむ。……じゃあクアン。ユキを寝室に――」

「――あーっと突然クアンを貸して訓練をしたくなったな! ファントム、クアンを連れてトレーニング室にいくぞー」

 雅人は唐突にそう言ってクアンの手を掴んだ。

「はい雅人お兄さん。あ、洗い物は僕が終えておきましたので後はお願いします!」

 そう言ってファントムもクアンの手を繋ぎ、二人はクアンを引っ張りだそうとする。

 良くわからないが、妙に楽しそうな兄二人の様子を見てクアンはその流れに従う事にした。

「はーい。ではハカセ、ユキさんお願いしますね」

 そのまま三人は、さっさと食堂を出て行った。


 後に残されたのは――気持ちよさそうに幸せそうに眠っているユキとそれに対しどうしたら良いのか悩み苦しむテイルだけだった。


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