みんな良くやる妄想の一つ
確かに、実際にこんなシチュエーションは妄想した事はある。
自分のいる建物にテロリストのような集団が襲い掛かってきて、それを撃退する。
そんな妄想なんて……きっと男なら誰であってもした事があるだろう。
少なくとも、テイルにはそんな事を考えていた時期があった――というか今も時々している。
だが、それは現実ではない。
それはあくまで妄想であり……現実では何も出来ない。
家族を守る為大人となったテイルには、守らないとならない規則によってがんじがらめになっていた。
『規定の場所以外では命の危険が生じない限り能力の使用を禁じる』
しかもその命の危機というのは直接銃を撃たれた場合など手遅れの場合にのみしか適応されない。
更に言えば、その規則を破ると大本であるKOHOからの罰則が下り、最悪そのまま処刑である。
テイルは他の一般人の客達と同じように大人しくしている事しか出来なかった。
テイル達は他の客達と一緒になり三階の広場に腕を縛られ座ったまま捕まっていた。
ここにいる客は大体五十人くらいで、見張りらしき男は五人ほど。
彼らは全員、ハンドガンらしき武装を所持していた。
捕まるまでにユキが何とかしようと動こうとしたが、テイルはその動きを止めた。
ARバレットに所属する為に能力制限をかけているユキの身体能力は本来よりもかなり低い。
それでも頭脳はそのままだからある程度の相手なら何とかなるだろうが、今回の相手は明らかにそのある程度の内に納まっていなかった。
テイルはテロリストグループの内一人を知っていた。
元A級悪の組織に所属するAプラス級能力者の『ドギーデッド』。
正確無比な射撃とガラの悪さがウリのかなり人気のあった敵役である。
ここ最近テレビに出ていないなと思っていたが、まさかこんな場所で出会う事になるとは、テイルは夢にも思わなかった。
今日はいつものウェスタン調ガンマン風の衣装ではなく、スーツにグラサンというマフィアのような姿をしていた。
ついでにテイル達が動けない理由だがもう一つあり、彼らは一般人をむやみに傷付けておらず、女性に対して性的な事を一切していない。
これは相手が紳士的だから……というような理由ではなく、相手は正義陣営、悪陣営に課せられたルールを良く理解している証拠であった。
このデパート内で自分達のように正義の味方が紛れ込んでいた場合、一般人の暴力をトリガーに正義の味方は能力の限定解除が許可される。
そして悪陣営は自分の命の危険をトリガーに能力の限定解除が許可される。
だからこそ、彼らは一般人に極力被害を出さないようにして怪しい存在には中途半端な攻撃をしていなかった。
そう、相手が詳しくルールを理解し利用しているという事は、犯罪に慣れているという証左でもあった。
「それで、どうするの?」
ユキは隣に捕まるテイルにそう尋ねた。
ちなみにテイルもユキもテロリスト達から見つかる前に白衣を脱ぎ捨てていた。
それくらいしか自分達を悪の組織であると断定する材料がないからだ。
怪しい風貌のファントムだが、テロリスト襲来前に変質者スタイルすぎて警備員に怒られ、がっつりメイクして顔を変えた上で普段着ないようなラフな衣装に身を包んでいた。
「……どうにも出来んなぁ。この階層だけでAプラス級と思われる存在が五人。他の階層がどうなってるか予想はつくか?」
「そうね。逃げた客と……考えたくないけど処理された客の事も想定しても、最低でもあと五か所くらいは同じように捕まってる人がいるでしょ」
「きっかけが来るまで待つしかないか」
「そうね。それまで無事だったらね」
ユキは不安そうにそう呟いた。
それから十数分ほどテイル達を含め客は全員放置されていた。
テロリスト達も電話で他の仲間達と連絡を取り合うくらいで、後は何もせず時々思い出したように客の様子を見るくらいで何もしなかった。
「……何かわかるか?」
相手の目的がさっぱり掴めず、少しでも情報が欲しいテイルはユキに尋ねた。
「……唇の動きから内容を読んでみたけど、定期連絡をこまめに繰り返しているだけね。うん、相当組織としてしっかりしているくらいしかわからないわ」
「……ちっ。悪の組織であった経験をこんなとこで生かすなよ」
テイルは不満をぶつけるようにそう囁いた。
状況は変わらず、時間だけが過ぎていた。
変わったのは建物の外が賑やかになったくらいである。
ざわざわとした雰囲気に加え、警察の良くある完全に包囲している発言。
そんな追い詰められた状況でも、見張りをしている五人は大した動揺を見せずのほほんとした態度で聞き流していた。
「あー終わった終わった。さ、帰るか」
犯人の一人がそう言葉にした直後、五人はテイルの方に歩いてきた。
いや、彼らが歩いているのはテイルの方ではなく、クアンの方にだった。
「あー帰る前にちょっと言いかい? あんたクアンって言うんだろ。テレビで見てたぜ」
犯人一味のドギーデッドはちょっときさくな感じでクアンにそう話しかけた。
「え、あの。一体……」
どういう事かわからず慌てるクアンに、ドギーデッドは優しい笑みを見せる。
「ああ。いや大した用事じゃないんだ。まあアレだ。まず俺達について聞きたい事を聞いてくれ。俺達であっても案外話せばわかるもんだ」
にこやかな態度のドギーを見ながら、クアンは小さく呟いた。
「えっと、それでは……どうしてこんな事をしているのですか?」
「んー。こんな事って言えば、今回のデパート襲撃の事か? それとも長期的に?」
「では両方で」
クアンの言葉にドギーは親指を立てた。
「オッケー。だが、悪いがデパートを襲った理由は内緒だな。ああ安心してくれ。一般人には誰一人怪我させてないぞ」
そう言ってドギーはにっこりと良い笑顔を見せる。
「んで長期的、組織的な意味で言えば、めっちゃ簡単だ。悪の組織とか、ちょー煩わしいだろ?」
ドギーは退屈そうに言葉にして、クアンはそれに首を傾げた。
「煩わしい、ですか?」
「ああそうとも! 楽に金を稼ぎたい。だから悪事に手を染めたのに、悪の組織なんて金は出ていくばかりで悪い事も碌に出来やしない。俺が犬みたいな名前だからってあんな厳重な首輪つけやがって」
そう言いながらドギーは自分の首を絞めるようなジェスチャーをして、ベロを出して苦しむポーズを取った。
「……つまり、本当の意味で悪い事をして楽に生きたいという事ですか?」
「ザッツライト。そして俺はあんたに、俺達の仲間にならないかって言いに来たのさ。将来有望な奴には声をかけるようにしてるんでな」
「……なるほど。そう言う事ですか……わかりました。仲間に入れてください」
そう言って微笑むクアンに、ドギーは嬉しそうに笑った。
「ああ。良いぜ! って言いたいが、俺の嗅覚が言ってやがる。お前は外れだ」
その直後に、一発の銃声が響いた。
いまにも仲間を出迎えるような満面の笑みのまま、ドギーは銃の引き金を引いていた。
そしてその銃口は――クアンの方を向いていた。
ばたんと音を立てて倒れるクアンを見て、ドギーは作っていた笑顔を消しくるっと後ろを向いて歩きだした。
「クアン!」
叫び声をあげてその場に行こうとするユキを、テイルは怒鳴りつけた。
「動くな!」
その声にびくっと反応し、ユキは足を止めた。
「お、兄ちゃんは賢いなぁ。関係者か。ああそうだ、どうせ手遅れなんだから後は余計な事をせず、その場で大人しくしてな。そうすりゃお前らは生きて帰れるさ」
そうドギーは言った後、悠々とその場を後にした。
ドギーデッドの能力は銃弾に死の概念を乗せる事である。
簡単に言えば、ドギーの放つ弾丸を受ければ怪人だろうと能力者だろうと、一般人と同じように死ぬしかなくなるのだ。
と言っても、絶対に死ぬというわけでもなければ一撃必殺の切り札というわけでもない。
そんな欠点も多い攻撃ではるが、零距離で直弾すれば怪人でも一撃で殺しきる威力は持っていた。
「……テイル。貴方はそんな人だったの? 大切な娘が死んで、冷静でいられるような人だったの?」
ユキが責めるような口調でテイルの方を見て、涙目でそう言葉にした。
「――少し意外だった。そこまでクアンに執着があるように見えなかったぞ」
淡々と言うテイルを見て、ユキは涙を流す。
「確かにそこまで仲良くなれてないわ。でも、彼女が私と違って良い子で、皆に好かれているって事くらいはわかるわ。私素直じゃないから言えなかったけど……うん。もう少し仲良くなりたかったわ」
そんなユキに、テイルは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃ、今度仲良くしてやってくれ。その方がクアンも喜ぶ。というわけでクアン。もう良いぞ」
そうテイルが声をかけると、クアンはふらふらした様子で上体を起こした。
「あの……はかしぇー。何か目がまわって気持ち悪いんですけど……」
ふらふらした様子でそう呟くクアンを見て、ユキは目を丸くした。
「……あ、もしかしてあの時の動くなって私にじゃなくてクアンに言ってたの?」
ユキの言葉にテイルは頷いた。
「ああ。良い感じで相手も誤解してくれて助かった。あの瞬間クアンは命の危機であり能力限定解除の条件を満たしていたからな。だからちょっと外部で無理やり能力を使用した。その副作用でクアンはしばらく使い物にならないがね。あ、どんな能力かは秘密だ。その方が恰好良いからな」
きりっとした口調でそう言い放つテイルに、ユキはぷるぷると震えて怒りを見せた。
「こんな時まで……この人は……」
そんなユキに対して、ファントムと雅人は何とも言えない申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「それでハカセ。今にも吐きそうな私ですが、何をしたら良いです?」
「ああ。能力制限解除はまだ有効だからな。俺達……いや最初に十和子の手の縄を切ってくれ」
テイルの言葉に頷き、クアンは自分に繋がれた縄を引きちぎった後十和子の縄を無理やり引きちぎる。
その後十和子はどこからかスマホを取り出して電話をはじめた。
「十和子さんはどこに電話してるんです?」
クアンは皆の縄を解きながらテイルに尋ねた。
「KOHOだ。十和子の事だから恐らくやっていると思ってな」
「何をやっているんです?」
「たぶんだが、今回の騒動前に録音していたと俺は踏んでいる。十和子は中々に抜け目ない奴だからな。そしてその音声データとGPSでの位置情報をセットで事情説明してくれていると踏んだが……」
そうテイルが言うと、十和子は電話をしながら微笑み軽く頷いた。
「そっちの方がただの報告よりも説得力が出るからな。さて……結果はどうなるかなっと」
そうテイルが呟いた瞬間、ARバレットだけでなく、周囲にいた全員の端末にKOHOから連絡が届いた。
能力限定仕様の許可である。
「相手がもう少し弱いなら俺達も捕縛に行くのだが……相手は格上で狡猾だ。おそらくもう間に合わない。さっさと他のお客さんを連れて逃げようか。ファントム。クアンを抱えてやってくれ。後遺症でまだ歩けない」
そうテイルが言葉にすると、雅人が震えながらテイルにスマホを見せて来た。
「おい……引退した上に能力がアレな俺にまで限定許可が来たぞ」
その言葉にテイルは驚愕し、雅人のスマホを、目を大きくさせて見た。
「……違うぞ雅人、能力使用限定許可ではなく、全能力使用要求だぞこれ……」
「……え? ……うわまじだ。おいKOHOは一体何を考えているんだ……」
KOHOからの要求というのは、逆らう事が出来ない命令と同異議である。
つまり、この場で雅人はその力を振るわなければならなくなったのだ。
「一般人の人は急いで脱出を! 俺達が道を作ります。関係者は協力しろ! 急げ!」
テイルはそう叫び、一般人の避難を慌てて行いつつデパートから脱出した……雅人を残して。
「テイル。能力が弱くてついて行けず引退したって聞いてたけど、雅人……さんの能力ってそんなやばいの? あ、毒とか?」
デパートの外で困惑した様子のテイルにユキはそう尋ね、テイルは首を横に振った。
「いや、弱くはない。むしろウチの中ではかなりヤバイ方だ。Aクラス相当の雅人の能力だが、条件次第ではAプラスどころかoB級のヒーローに勝つ事もあるだろう」
ユキは自分も制度を悪用してアリスになっていた為、テイルの言わんとする事をすぐさま理解した。
クアンは良くわからず首を傾げていた。
階級の能力差というものは絶対と言って問題のないものである。
そんな階級の差すらも凌駕する場合というのはたった一つしかなかった。
それは――質量と全長、要するに……体格差である。
突如として崩壊が始まるビル。
そしてそこから現れたのは……ビルよりも巨大な怪獣だった。
茶色よりの赤褐色な体を持つ二足歩行の巨大な獣。
下半身はずんぐりしており、先端に大きな刃のような棘を持ち、腕の肘からも角のような棘が出て、頭部は丸みを帯びた恐竜のような造形をしていた。
総じて古臭くはあり泥臭いもありつつも、どこか恰好良さを感じる昔ながらの怪獣といったデザイン。
そう、引退した雅人の能力は『大怪獣』という名で、名前の通り百五十メートルを越える巨大な怪獣になる能力だ。
雅人である怪獣は周囲の建物をガンガン破壊しながらさきほどの男達を叩き潰す勢いで襲い掛かり、逃げ場を奪いながら他のヒーローと協力して捕まえていっていた。
「……あー。ありゃ怒ってるなぁ」
テイルはしみじみとした口調でそう呟いた。
「え。どうして雅人お兄さん怒ってるんです?」
ファントムに背負われながらクアンはそう呟いた。
「そりゃ、お前が撃たれたからだろ。無事であっても怒らない奴はいないさ。ユキも含めてな」
そう言ってテイルはユキの方を見ると、ユキはぷいっと顔を反らした。
「ふふ。じゃ、ちょっと僕もお手伝いしてきますね。僕も割と怒ってますし」
そう言ってファントムはクアンを優しく下ろしてテイルに預け、その場から姿を消した。
「愛されてるな。クアン」
「はい。あ、あの時怒ってくれてありがとうございますユキさん。私もユキさんと仲良くしたいです!」
少し足がふらつきながらそう声をあげるクアンに、ユキは顔を反らしたまま耳を赤くした。
翌日、周囲を巻き込んでの大暴れであっても間に合わずテロリストメンバーの大半の捕縛に失敗した。
のはずだが……更にその翌日には全員が捕縛か射殺されていた。
それを知ったテイルは首を傾げていたが、その理由はすぐにわかった。
目元の隈が酷い事に気づかず気だるそうにしているユキの方を見て、テイルは優しく微笑んだ。
ありがとうございました。




