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俺と女の子

 三橋(こう)はショートヘアに眼鏡の、不愛想で遠慮のない女子だ。

「私しばらく一緒に帰れないから、宮野、途中までかぐや送っていってよ」

「りょうかーい。まかせろい」

 日永の友人である彼女に頼まれたという事実を盾に、俺は堂々と返事をした。


 そんなわけで依頼を受けた俺は、日永と帰路についている。あんなことあったばっかだし、ちょっと一人で帰らせるのが心配だったのもあるけど。隣を歩く日永は、なんとなく元気がないように見えた。

 ここは、俺が盛り上げないと。

「日永、あのさ」

「かぐやおねーちゃん!」

「友子ちゃん、こんにちは」

 俺の言葉は溌剌とした声にさえぎられる。大きく手を振りながら走ってきたのは、赤いランドセルを背負った女の子だ。にっこにこ笑顔の友子ちゃんは、日永と俺を見て四十五度以上お辞儀。

「こんにちは! かぐやおねーちゃんのお友達ですか?」

「そうだよ。同じクラスの宮野いつき君。宮野くん、私のご近所さんの友子ちゃん」

「そうなんだ。宮野いつきです、よろしくね友子ちゃん」

「よろしくおねがいします! ミヤノおにいちゃん」

 またしても四十五度以上のお辞儀をする姿は微笑ましい。ああ、小学生のころを思い出すなあ。こうやって元気に挨拶して、女子のスカートめくりとかしてたっけ。うっわ、ろくなことやってないな小学生の俺。ちょっと後悔する俺の内心なんて二人が知るはずもなく、花でも咲きそうな雰囲気で会話している。

「お姉ちゃん、薔薇の花できたよ! あたしのお部屋にあるから、今度見せるね」

「すごいね! 友子ちゃんやっぱり器用だなあ」

「えへへ、みーちゃんとは違うのよ?」

「あはは、美鶴はあんまり折り紙得意じゃないからねえ」

 胸を張る友子と苦笑いの日永。でも、それはどこか温かな笑いだった。ところで、ミツルって誰だろう。

「あ、今日ユミちゃんのおうちに遊びにいくの。もう行くね! ばいばーい」

「帰りおそくならないようにねー」

 来たときと同様に大きく手を振って、その子は走っていった。小学生って風のようだよなあ。見送る日永の横顔は、さっきより明るく見えた。良かった、日永の暗い表情とか、あんまり見たくないからな。

 止まっていた足を動かして、折り紙の話題を振ってみる。

「薔薇の花折れんだ、すごいな」

「えへへ、昔妹に折り紙せがまれたの。あ、私妹がいるの。今は中学生」

「そうなんだ。日永の妹さんかあ」

 日永の妹、きっと彼女に似てかわいい子なんだろうな。高校のブレザーじゃなくて、中学のセーラー服姿の彼女を想像してみる。今よりちょっと幼い感じで、髪もツインテールにしてみる。うわ、すげえ見てみたいミニ日永。中学生のときのアルバムとか携帯の写真とか見せてもらえないかな。

「仲良いんだね。おれんちは兄弟とかいないから、ちょっとうらやましいかも」

「良いことばっかりじゃないよ? 昔から、ケンカしたときにお母さんに怒られるのって私だったし、テレビだって見たい番組重なっちゃうと、リモコンの取り合いになっちゃうもの」

「ええ? 日永もケンカとかするんだ」

 意外な一面に、思わず声が裏返った。人の好い日永が誰かとケンカしてる姿なんて見たことない。困ったり、かわいく笑ってる姿しか教室では見たことなかったから。露骨に出てしまった声に、日永はやっぱり眉尻を下げた。

「えぇ、ケンカくらいするよ。ちっちゃいころはおやつの大きさとか、お母さんからもらったくまの色だとか。ほんと、ささいなことでケンカしたなあ。それで、二人で大泣きして」

「まじか。なんか微笑ましいな日永家」

「ふふ、本当にちっちゃいころの話だよ。小学校の低学年くらいかなあ」

「へえ、おれんとこ両親共働きでさ、そういうのいいなって。俺、遊びにいってもいいかな?」

 あっ。軽い気持ちで言ってから、とんでもないことを言ったのに気づいた。やばい、小学生じゃないんだし男子が女子の部屋行っていいとか聞くんじゃなかった。ミスった、日永固まってるよ引かれたかも。

 楽しい会話から一転して、変な空気になってしまった。冷や汗をかく俺に、日永の声はワントーン低い。

「ごめんね? 急にはちょっと難しいかも」

「だ、だよな! 変なこと言ってごめん、忘れてくれー。あ、そういえばさあ」

 日永の横顔から目を逸らして、俺はあわてて話題を切り替える。わざとらしい話題転換に、ため息をつきたい気分だった。うわあ、俺っていま超かっこ悪い。

 そのとき俺たちは、ありえない現実から目を背けていたんだ。あんな怖いことがまた起こるなんて、俺も日永も思いたくなかったのだと思う。


「その可憐さ、かぐや様とお見受けする。どうか私と月へ戻っていただきたい」


 住宅街に入る直前、現れた筋骨隆々の男。ハンマーを担いだそいつは、俺たちにそう話しかけてきたのだった。



「お前の姫刀、妖刀かなんかなのか? 使うと持ち主の魂を吸い取ってくみたいな」

「怖いこと言わないでくださいよ。体力は吸い取られてる感ありますけど」

「うわっ、そのうち死ぬかもなお前」

「トキさん、笑いごとじゃねえんですけど」

 二日前とまったく同じシチュエーションで向かい合うトキに、やっぱり笑いながら言われる。違うのは今日のトキが黒いエプロンをつけていることか。昼前まで眠って起きた体はスッキリ回復してて、むしろいつもより軽いくらいだ。思いっきり運動して思いっきり睡眠取ったからか。うわあ、なんかうれしくない。

 今日も店長がサービスしてくれたクッキーを一枚、かじった。うまい、甘さひかえめでサクサクほろほろだ。これは目の前のお兄さんがうばっていくのもうなずける。

「それで? 今度はどんなストーカーだったんだ?」

「俺たち見世物じゃないんすけど」

「まあまあ、話してみて気づくこともあるかもしんねえだろ? お兄さん面白い話なら聞くよ?」

 本当にこのお兄さんは図々しいよなあ。とはいえ、他に相談相手もいない俺は、この日も手助けしてくれたトキに起こったことを話すのだ。


「人違いです!」

 ハンマー男と対峙する羽目になった俺の第一声はそれだった。またカグヤ姫か、しかも一昨日と全然違うやつだし。あれこれって夢かな、夢かもしんない。現実逃避しかけた俺の右手には、知らぬ間にひんやりとした刀の柄が握られていた。うっそだろ、勝手に出てくるんじゃねよ馬鹿!

「その刀、月のチカラを感じる。やはりその方がカグヤ様、邪魔建てするならば容赦はせんぞ!」

「うげえええ!」

「きゃあああ」

 濃い顔の筋骨隆々の男がハンマー握りながら走ってくるのは怖すぎた。右手には姫刀、左手には日永の手を掴んでUターン。男の野太い声を背中に浴びながら、またしても逃走開始。あんな強そうなやつとハンマー相手に、こんな折れそうな刀一本で勝てるわけない。というか戦いたくねえどうにかしてくれ!

「逃げてばかりか臆病者!」

 目に入った角を曲がって逃げた。ふざけんなこちとら普通の高校生なんだよ、ちくしょうなんだって俺がこんなわけわかんねえ事態に巻き込まれなくちゃならないんだ。いやだこんなつらいことやめたい!

「み、やのくっ」

 泣きそうな俺の耳は、同じく泣きそうな女の子の声を拾った。そうだ日永だ、やつらは日永を追いかけてるんだ。はあはあ、苦しげな呼吸音が耳の奥まで響いていた。俺が手を引かなくたって、日永はうまく逃げてくれるんじゃないのか。だって俺、関係ないじゃないか。

 気が付けば足が止まっていた。


「……なんで。こんなことばっかり」


 息を切らしてぼやく日永の顔は濡れていた。泣きそうだったんじゃない、彼女はずっと泣いていたんだ。その表情を見た瞬間、ずしりと胸に重い石を乗せられたように感じた。

「ひなが」

「む、ようやく戦う気になったか」

 意味もなくつぶやいた名前に返ってきたのは、ハンマーを担いだ男の声だった。気持ちよく汗をかきましたみたいなていの男の前に出て、刀の柄を両手で握りしめた。深呼吸して、男を観察する。

スポーツ刈りに白シャツにゴムパンツと、装甲はかなり薄い。筋肉は俺の倍はあるように見えるし、力もかなり強いんじゃないかと思う。あのハンマー、当たったら痛そうだなあ。当たったら、苦しいだろうな。

 奥歯をかみしめて、ガタイのいい男の目をにらみつける。ここには降りかかる理不尽に泣いている女の子が一人いて、いま彼女を守れるのは俺しかいないんだ。だったら、やるしかないじゃないか。

 振り下ろされたハンマーを、淡く輝く刀身で受け止める。ストーカーの体をすり抜けた刀だけど、武器はちゃんと受け止めてくれるらしい。交差する武器の向こうで、ひげに覆われた口が大きく開いた。

「追いかけっこは性分に合わない! 私はアキバレという、名前を聞こうか!」

「一介の男子高校生だよばかやろう!」

 名前なんて名乗って、覚えられてたまるか。両足を踏ん張ってはいるけど、アキバレの力が強すぎるのかじわじわと押されていく。重い重いこんな馬鹿力だとか聞いてねえよ、勇者の剣ならそれらしくなんとかしてくれよくそっ。そもそも、普段から鍛えてるわけでもない俺が、こんな相手に勝負になるわけない。

 あれ、なんで俺こいつと力勝負してるんだっけ。

 疑問が頭に沸いて、刀を握る手の力が抜けた。その分だけ迫ってきたハンマーを弾くように、軽く横に振る。斜め横に動いて、軌道のずれたハンマーから完全に逃げ切る。

アキバレの唖然とした顔が一瞬見えて、俺は刀をやつの胴体めがけて振り切った。とたんに、体が一気に重くなり、呼吸すらままならなくなる。

「ひのか、さん」

 ひのかさん。唸るようにつぶやかれた名前が、やけに耳に残っていた。


「はーん、ひのか、ねえ」

「そう聞こえたんすけど、トキさん知り合いにひのかって人いませんか?」

「知らね」

「おーい、もうちょっと考えてから返事してくれませんかねー?」

 即答されてがくりとうなだれる。からかったり素っ気なかったり、なんか俺、ずっとこの人のペースに乗せられっぱなしじゃない。

「名前だけで特定できるかよ。俺だって万能じゃねえんだから」

「いや俺家まで運んでもらったの以外にトキさんの有能さ見てないんすけど」

「そういうこと言ってんなら話聞かねえぞミヤノ」

「ええー。すいません、本当助かってます」

 不本意ながら俺は深々と頭を下げる。だってこんなアリエナイ現実の話信じてくれんの、このお兄さんくらいだし。わかればよろしい、とか上から目線の言葉が降ってきた。くそう、ボリボリクッキー食いやがって。……クッキー?

「ああっ、また俺のクッキー食ってる!」

「ケチケチすんなよミヤノ」

「ほんと意地汚いですねトキさん」

 今日はおしぼりで指先を拭った意地汚い成人男性は、携帯を操作して画面を見せてくる。秋葉礼二、三十二歳。証明写真は昨日追いかけっこしたハンマー持ちの男だ。

「やっぱり名前が違いますね。この人、昨日はアキバレって名乗ってましたよ」

「あー、もう一枚はそうなってた。秋の晴れで秋晴、住所も月界の三〇〇番の一だ」

「また、例の月の人かあ」

 前回のナイフ男といい今回のハンマー男といい、絶対普通の人間じゃないんだよな。そんなやつらがなんで日永を狙ってくるんだよ、よっぽどただのストーカーのほうがマシだぞこれ。なんか頭痛くなってきたんですけど。

「まあ、俺も少し調べてみるわ。ひのかって女のこと。珍しい名前だしな」

「頼みます」

「じゃ、俺仕事戻るわ。また面白い土産話期待してるぜー、ミヤノ君」

「笑いごとじゃないんですって」

 トキは楽しげに言いながら、空のカップを持って厨房に消えてしまった。こっちは必死なのに、なんというか面白半分で聞いてる気がする。日永が困ってるのわかってないのかなー、あのお兄さん。



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