二話 波紋(2)
「……視えてはいました」
「ほう」
クロウリーさんが身を乗り出してくる。
「でも、それが何なのかは分かりません。アイゼンベルクさんも仰っていましたよね? 『自分と合う霊能者は怯える』と――それです」
「なるほど……霊能者が怯える元になっているものが、霊視装置で可視化されたという可能性が高いのですね」
「はい。ただ、本当に不具合の可能性はあるので、一度確認させていただきたいです」
腕を組み、顎に手を添えながらクロウリーさんが頷く。
「(茜さんは、アイゼンベルク様のそれが何だと予想していますか? 予想で構いません)」
「……」
返答に困ってしまう。無意識に悟を見ると目が合った。代わりに悟が口を開く。
「島の皆さんは、アイゼンベルク氏に祈りを捧げていますよね?」
「(はい、そうです)」
「僕たちは、島の人々の祈りの塊だと予想しています」
二人の目が見開かれ、顔が紅潮する。
「(なるほど、それは良いお話を聞けました。ありがとうございます)」
ケラーさんとクロウリーさんはメモを取っている。ことさら隠そうともしていない喜びが滲み出ていて、私はそれが恐ろしくてたまらなくなった。
隣にいたミライが、机の下で手を握ってくれた。握られて初めて、自分の手が震えていたことに気がついた。
半月後、クロウリーさん経由で霊視装置の発注依頼が届いた。まだ販売するつもりはなかったので、かなり驚いた。
「アイゼンベルクさん経由で、宗教家の人たちの間で話題になってきてるみたい……」
「宗教改革が目前に迫ってきてるね……」
「お父さん、お母さん、発注どうする? 引き受ける? 一応、数台ならできると思うけど……」
ミライの問いかけに、悟は顔を歪ませる。
「依頼は二台だよね? 引き受けておこうか。ただし、ベータ版でまだ動作は完璧じゃないことは念押ししておこう。あと今後の受注は研究に差し障りが出るから、こちらでは受注できない旨も伝えておこう」
「そうだね。なんなら、資料渡すからそっちで作っていいことも伝えてみる?」
「そうだね……伝えてみてもいいかも」
「特許とかは、もはやどうでもいいんだよね?」
「うん。僕らの安全の方が重要」
普通なら特許だの何だので死守すべき案件だろう。けれど私たちは、すでにお金には困っていない。それ以上に、アイゼンベルクさんとの関わりをできるだけ早く断ちたかった。
「分かった。じゃあとりあえず二台作るね」
「頼んだ」
「お願いね、ミライ」
「頼まれたー」とミライは、せっせと製作に取り掛かり始めた。
資料はクロウリーさんに渡したし、「自分たちでも作ってみる」とも言われたが、「研究はまだ続けてくださいね?」と念押しされた。
作り始めて約一ヶ月で二台完成する。他にも多くの仕事を抱えているのに、作業が早い。さすがミライだ。
装置をクロウリーさんに送付して一ヶ月後、SNSで気になる動画を見つけた。インプレッションが数千に伸びているその動画は、賛否両論のコメントで溢れかえっていた。
「これは――」
思い当たるらしい悟が、その幻想的な映像に言葉を失う。
それは、どこかの礼拝堂。
椅子に座り、熱心に祈る多くの人々から光の粒子が現れ、光り輝く偶像へと吸い込まれていく。
蛍のような光が次々と偶像に吸い込まれていく光景は神秘的で、とても現実のものとは思えない。
「霊視装置の映像だよね……?」
「そうだろうね」
「AIのフェイク動画ではないよ」
「だよね……」
英語で投稿された動画のコメント欄では、AIや加工だと主張する人々と、信者らしき人々が論争を繰り広げている。
恐らく、フェイクだとする側が間違っている。
「――とうとう、世界に拡散されたね」
悟の呟きに、重く頷く。
「まだまだ、スピリチュアル系の怪しい装置扱いだろうけど、そのうち宗教家が飛びつくようになるだろうね」
「スピリチュアルの一部を証明する装置でもあるから、そっちの界隈も欲しがるかもね」
悟とミライの会話を、私は無言で受け止める。
以前も宗教改革が起きると言われ、受け止めたくなかった。けれど、今はその前兆がはっきりと見え始めている。
――私と悟の、小さな頃からの大きな目標が、世界を変えてしまうかもしれない。
その事実に、凍りつくような恐怖が体の奥から湧き上がってくる。
顔色が悪くなっていたらしい。私を見るなり、悟が慌てて抱き寄せた。
「ごめん。無神経だった。茜が抱え込まなくていい。元々、僕が言い出したことなんだ。茜は何も悪くない」
「でも……」
私の言葉に、悟は首を横に振る。
――でも、私も欲しいと思ったんだよ……。
悟はやわらかな笑みを浮かべながら、泣きそうになる私の頭を優しく撫でた。
ミライは何も言わない。いつもなら「またイチャイチャして」なんて言ってくるのに。
それだけ、私は傍から見ても怯えているように見えたのだろう。
――何も起きないで……。
心の中で願う。
けれど、縋りつけるような神様は、そこにはいなかった。




