二話 介入(12)
*** ヨハン視点 ***
陛下の新婚旅行初日。
私はほぼ一日を車の中で過ごした。
歳も歳なので関節が悲鳴を上げたりもしたが、仕方がない。
同行している機械的生命体のエルザは、ほぼ苦にならなかったらしく、飄々としていた。
エルザは非常に見目が良く、所作も美しいが、何を考えているのか分からない。
車で待機している間も、基本的に笑顔を保ったまま、ずっと陛下たちが滞在している民家を見つめていた。話しかけても特に会話が続くこともなく、ほとんどの時間を、お互い無言のまま過ごした。
昼食前に陛下は一度一人で車に戻られたが、特に気を悪くする風でもなく、むしろ機嫌が良さそうに過ごしていたのは意外な出来事だった。
陛下の筆頭執事になってから、それなりの年数が経過しているが、陛下が譲歩し、またぞんざいに扱われているのを見るのは今日が初めてだった。
ぞんざいに扱う皇妃陛下に怒りが湧いたが、一介の執事である私にはどうすることもできなかった。
――若手に任せなくて良かった……。
夕飯を終えてしばらくしてから、独りで車に戻って来られた陛下を見て、しみじみと思った。
皇妃陛下が現れるまで、陛下が誰かに好意を寄せている姿を一度も見たことがなかったが、好意を寄せた場合、ここまでになるとは思ってもみなかった。
――島の者に好意が寄せられれば良かったのだが……。
何故よりにもよって、既婚で子どもがいる女性に好意を抱いてしまったのか。それが私達側仕えの、大きな悩みの種だった。
「一日すまなかったな。今日一日、茜の家族と共に過ごして問題なかったので、明日は送ってくれたら、どこか別の場所で待機しているといい」
「お気遣い、痛み入ります」
トイレに行くのも不便だったので、有難く受け入れる。
「今日は、いかがでしたか?」
ゆっくりと車を発進させると、ミラー越しに頬が緩んだ陛下の顔が見えた――このような顔は、今までほとんど見たことがない。皇妃陛下に関わることだけ、陛下はこのような顔をするのが少し妬ましく感じる。
「茜の手料理を食べた。美味しかったよ。日本の庶民の生活も体験できて、とても面白かった」
「それはそれは、良かったです」
「――娘二人は、勧誘が容易そうだったが、ミライが難しそうだな。悟は条件次第でいけそうだ」
「……本当に聖魔導帝国に誘致するつもりなのですか?」
「可能ならね。その方が茜が安定する」
「……」
今の皇妃陛下――茜様を、幼少期に死に別れたハナと認識してから、陛下の中心が茜様になったことを、ふつふつと感じる。
それを面白く思わない臣下は、それなりの人数がいた――もちろん、陛下には隠しているが。
――一体、皇妃陛下の何が、それほどまでに陛下を心酔させるのだろう……?
私にはただの普通の、研究が好きな女性にしか思えない。そこまで色々なものを捧げてまで手に入れたいと思える人物には、全くもって思えなかった。
「明日は、何か美味しいものを食べてくるといい――『鰻丼』が美味しいと聞いた」
「ありがとうございます」
陛下をホテルの部屋に送り届け、入浴のお手伝いをさせて頂くと、あっという間に就寝時間になる。
――本当は、皇妃陛下もいるべきなのに……。
何故、皇妃陛下は陛下にここまで気を遣わせるのか?
何故、皇妃陛下は陛下を蔑ろにするのか?
皇妃陛下が島に連れられて来た時より積もり続けている不満が、どんどん山のようになっていくのを感じる。
――結婚式もしたのに、初夜も迎えていない。
何故、そこまで譲歩させて平気なのか?
不満の矛先は当たり前のように、陛下ではなく皇妃陛下に向かう。
初夜に関しては、ごく一部の者しか知らない。
そんなことを知ってしまったら、皇妃陛下への不満が爆発してしまう。結婚してまだ数日だが、二人の関係がもっと長いのは周知の事実だ。
――陛下のためにも、皇妃陛下は他の、もっと陛下を愛する人になってもらうべきだ。
日に日に思考が、より強固なものになっていくのを感じる。
若者にはさせられない。きっと陛下は、実行した者に厳しい罰をお与えになるだろう。そんなこと、若者には負担させられない。
皇妃陛下の元夫を、陛下と並ぶ配偶者として迎えるなどという話が広まってしまえば、皇妃陛下への不満が爆発する。
それまでに、早急に対応しなければいけない。
もし皇妃陛下が死んでも、陛下は魂を探して手元に置くだろう――その場合、皇妃陛下の家族はついてこないはずだ。
――ただ、問題は皇妃陛下にかかっている守護だ。
皇妃陛下は認知されていないが、かなり厳重に陛下が守りを固めている。
皇妃陛下のメイドであるエルザは使えない。陛下に対する忠誠心が足りていない。
――しかし、これは聖魔導帝国として、乗り越えなければならない問題だ。
魔法を覚える前からの寝る前の習慣、仕込みナイフと拳銃の手入れを行いながら、思考を巡らせる。
カチャリ、と冷たい音が室内に響いた。




