二話 介入(9)
ピンポーン
心臓が早鐘のように鳴る中、自宅のチャイムを鳴らした。
日曜の十時頃。
買い出しに出ていなければ、家にいてもおかしくない時間だ。
ゴクリと唾を飲み込んでいると、インターホンから返事がある前に、ドタバタと家の中から激しい音が聞こえてきた。
「――茜!」「「「お母さん!!」」」
悟と子ども達が、玄関から揉みくちゃになりながら飛び出してきた。
皆、一斉に「会いたかった」と私に抱きつき、そのまま涙目でティーノを睨んだ。
「――ティーノにお願いして、連れてきてもらったの。中に入ってもいい?」
「お母さんだけならいいよ」
ミライがつっけんどんに言うので、思わず笑ってしまった。
「ごめんね、ミライ。リビングまでなら入れてあげる約束なの」
「――おじさんだけならいいよ」
朋里が、暗にエルザと執事は入ってくるなと言うので、二人には車で待機してもらうことになった。
――私の家って、こんな匂いだったんだ……。
久しぶりに自宅へ入ると、優しい匂いが私を包み込んだ。例えようのないこの匂いは、間違いなく守山家の空気の一つだ。
自宅の匂いを分かってしまうほど、違う環境にいたことを思い知り、胸が少し痛くなる。
朋里と優希が、それぞれ私の手を引いてリビングのテーブルへ案内する。
二人は椅子を移動させ、私にベッタリくっつくように座り、ティーノは由香里さんの椅子に座った。
家の中に由香里さんが居ないことに、違和感と悲しみを覚える。
悟は、私にオレンジジュース、ティーノに珈琲を入れてくれた。
「もう、帰ってくるなら連絡が欲しかったよ」
「ごめんね……一昨日決まったばかりだったし、まだ連絡手段がなくて……」
チラリとティーノを見ると、営業スマイルを決め込んでいた。
「これを機に、スマホの支給があると嬉しいんだけど……」
「日本に来たついでに、契約していこう」
「――契約しなくても、元々のやつ壊れてなかったから、あるよ?」
バッとティーノを振り向くと、可笑しそうに笑った。
「――じゃあ、それをそのまま持ち帰ってもいい」
「やった!」
思わずガッツポーズすると、ティーノはさらに笑みを深くした。
悟が私達のやり取りを見て、苦い顔をしているのに気が付く。
――そうよね、拉致加害者と拉致被害者が仲良くしてるのって、アレよねぇ……。しかも夫になってるし。
「――お母さん、本当にお父さんを捨てて、おじさんと結婚したの?」
「……」
優希からの答えづらい質問に、一瞬困ってしまう。
その隙に、ティーノが返答した。
「君たちのお父さんは捨ててない。私も拾ってもらっただけさ」
「この前、すごい結婚式やってたじゃん?」
「私のパートナーは、聖魔導帝国の皇妃になるからね。しなきゃいけなかったんだ……それに、君たちのお母さんの花嫁姿を、私も見たかった――綺麗だっただろ?」
「そう! お母さん、すっごく綺麗でびっくりした!」
「ははは……」
ティーノの口車に乗り始めてしまった優希に、朋里が頬を抓る。
「お母さんを返してください」
「もう聖魔導帝国の皇妃だから、日本に住まわせることはできない」
「勝手に拉致したのは、おじさんでしょ?」
「じゃあ、守山家全員を拉致しようか? そうしたら一緒に暮らせる」
――また、とんでもないこと言ってる……。
いや、でもティーノは普通にやってのけるだろう。
「ねぇ、ちょっといい?」
不機嫌そうに、ミライが手を挙げる。
「僕たちさ、すごく久しぶりにお母さんと再会したわけなんだけどさ――」
「そうだね」
「僕らだけの、感動の再会タイムが欲しい」
普通なら、とても了承されない要求だ。
だけどティーノは、それをいとも簡単に受け入れる。
「いいだろう。どれくらい時間が欲しい?」
「とりあえず、一時間?」
「待機場所は?」
「……自宅外?」
「ふふっ、強気だな――いいだろう。外で待つ」
「終わったら呼んでくれ」とだけ言い残し、ティーノは易々と家の外へ出て行った。
ティーノが駐車場の車へ入ったのを見届けた瞬間、皆が私に抱きついて泣き始めた。
言葉もなく、声を上げて泣くばかりだ。
私も待ち望んだ家族に、涙が零れて止まらなくなる。
「ごめん、ごめんね……」
私はただ、謝ることしかできなかった。
十五分ほど泣き続けると、皆も少し落ち着いたようだった。
泣き腫らした目の奥に、今度は強い決意の色が宿っている。
「――失敗したんだね」
悟の、目的語のない言葉に、私は頷く。
「うん――ダメだった。結婚式、見たんでしょ? あの結婚式で、お互いの考えてることが筒抜けになるようになった」
「それは――」
「そういうことか……」と、悟が納得する。
けど、子ども達は理解が追いつかないようで、顔を見合わせていた。
「筒抜けってことは、お母さんに、こちらの作戦は伝えられないってことだね?」
「そう。だから、絶対言っちゃダメよ」
「茜と連絡手段ができたのに、良し悪しだね」
「そうなのよ……」
私が露骨に肩を落とすと、悟は笑いながら私の頭を撫でた。
大好きな手のひらの温かさに、思わず笑みが零れてしまった。




