二話 介入(6)
朝食を食べた後、ティーノが公務に向かい、他のメイドも出払うと、久しぶりにエルザと二人きりになった。
「ごめん――失敗した……」
「謝ることはないわ。まだまだチャンスはあるもの」
「うぅ……覚悟してたのに……」
あんな呆気なく眠ってしまうなんて……。
昨夜は色んな意味で、肩の力が抜けた。
正直、身体を重ねることも覚悟していた。
――まさか、私の気持ちを尊重してくれるとは……。
長期的に見れば、一時の欲で信頼を損ない、関係に亀裂を入れるより、我慢して信頼を積み上げる方が合理的ではある。
合理的ではあるが、優しさも感じるのが、また憎めない。
――でもティーノは私と家族を引き裂いたのも事実。
一妻多夫でもいい、と提案はしてくれたけど、まず最初に私を拉致している。
一定以上、心を許してはいけない。
――私が殺さなくてはいけない人なのだから……。
「そういえば」と、エルザが口を開く。
「木陰から預かったものがあるのよ」
そう言ってエルザは小さなメモを渡してきた。
予感がして、逸る気持ちを抑えながらメモを開く。
『大丈夫』
筆跡に癖のあるたった三文字の言葉に、一瞬で涙が溢れてきた。
――悟!!
私が書いた手紙は悟に届いたらしい。
色々と書きたかっただろうに、全てを考慮し、全てを満たす言葉がこの三文字だったのだろうと考えると、胸が痛んだ。
――会いたい……悟に、会いたい。
「うっ……う……」
感情が溢れ出して涙が止まらない。
エルザが私を抱き締めて背中を撫でてくれる。
――どうして、私なのティーノ……。
他に結婚したそうな信者は何人もいたのに、何故既に家族がいる私なの?
答えは分かっている。
だけど、どうしても納得したくなかった。
一頻り泣いて落ち着く頃には、昼食の時間になっていた。
どうやら一緒に食べるつもりなのか、ティーノが部屋に帰ってきた。
「泣いたのかい?」
そう言って微笑みながら、ティーノは私の目を魔法で癒す。
理由は聞かないまま、食卓用のテーブルについた。
「新婚ということで、何かしたいことはあるかい?」
突然の質問に、私は何度も目を瞬かせる。
「――したいこと……?」
「そう」
「新婚旅行?」
「いいね。場所は?」
「日本?」
「ぷっ」
「正直だね」と、ティーノが一頻り笑うのを、私は膨れっ面で見つめた。
「――いい。もちろんいいよ」
「え? いいの?」
「いいさ。君の望む場所だ! なんなら、宿泊先は君の家にするかい?」
「……本気でそうするよ?」
「すまない、流石に家は冗談だ。宿泊施設が大前提としよう」
「ぬぬぅ……」
顔を顰めていると、ティーノは楽しそうに私の眉間を突く。
「君は本当に可愛い」
「可愛いなら、例のあれ、やめて」
「それは別問題」
「ぐぬ……」
パンを一ちぎり口に入れてティーノを睨むが、ティーノはどこ吹く風で楽しそうにしている。
「とりあえず、明後日から日本へ新婚旅行に行こう」
「気軽に言ってるけど、そもそもティーノは日本に入国できないんじゃないの?」
「入国審査なんて、社会秩序が壊れた今は、あってないようなものだよ」
「つまり、新婚旅行は不法入国から始まると」
「そうさ」
したり顔で言うティーノがおかしくて笑ってしまう。
犯罪から始まる新婚旅行とは、私の中では前代未聞である。
「日本のどこに行きたい?」
「自宅」
「よし、自宅訪問もルートに入れよう」
「待って、本気でいいの?」
「泊まりじゃなければいいさ」
――私が悟に取り返されることは想定していないのだろうか?
もしくは、そうならない準備がすでに完了しているのか……?
結婚式の宣誓と左手の指輪の存在を思い出す。
「……ねぇ、結婚式の宣誓の時の魔法陣は、それっぽい演出だけだったの?」
「茜はどう思ってるの?」
「少なくとも、『魔法陣』という表現は演出」
「それは正解」
「でもその後は、あなたには神に近い情報構造体があるから、予想ができないの」
「神に近いじゃない、実際に神だよ」
「あなたは人間」
「私は神だ」
微笑みながら断定するティーノに薄ら寒さを感じる。
――『私は神だ』なんて、まともな人間なら冗談でもない限り口にしない。
溜息を吐くと、ティーノがデザートのリンゴを差し出してきた。
「そういえば、日本的には離婚届出してないけど、ティーノ的にはいいの?」
「いいさ。あんな紙切れ一枚の契約――こちらは魂を結んだのだから」
「あ――」
ティーノがサラリと言った言葉に、先程の疑問の答えが詰まっていた。
――司祭が『魂の契約』と言っていたのは、比喩じゃなくて、やっぱり本当にそうだったのか。
そりゃあティーノも余裕が出る訳だと、色々と納得した。




