二話 介入(1)
「茜はそれで本当にいいのかな?」
アイゼンベルクはエルザと共に部屋にやって来て、私に問いかけてきた。
「うん」
私の表情を観察するように、アイゼンベルクがじっと私を見つめた後、ゆっくりと微笑んだ。
――たぶん、私の作戦は見透かされている。
「君がそれでいいのなら、私は本当に進むよ?」
「いいよ。悟達がいない方が、やりやすい事に気がついたから」
「ふふっ――そうだろうね」
そう言って、アイゼンベルクは優雅にコーヒーを飲む。
私が彼の暗殺を試みようと画策していることすら、彼は予想している。しかし、それでもなお、彼は私を手元に置くことを望む――それが、アイゼンベルクの大きな欠点だ。
「では、式の準備を始める。希望があれば、できるだけ希望に沿うよ」
式までするの? という疑問は置いておき、素早く希望を考える。
「式はいつ頃、どこでするつもりなの?」
「君の希望がなければ、一週間後に、この島で行おうかと思う」
「それでいいよ――でも、式までの間は、清浄化はやめて欲しい」
「ふふっ、君らしいね――いいだろう。中止しよう」
「ありがとう」
実行日まで虐殺行為が止められることに、安堵のため息が漏れた。
「露骨だね」
「そりゃあもう」
「そんな分かりやすい所も好きだよ」
「露骨だね」
「ダメかい?」
「ダメではないけど……」
お互いに、くくくっと笑い合う。
久しぶりにティーノと笑い合った気がした。
それからハナ時代からの私と、アイゼンベルクやエルザとの思い出など、とりとめのない過去の話をした。
あっという間に夜が更けていき、日付を越える直前に、アイゼンベルクが立ち上がった。
「そろそろお暇するよ。遅くまですまない」
「いいよ。明日からしばらく清浄化中止なの、忘れないでね」
「分かった」
「お休み、ティーノ」
「お休み、茜。色々と楽しみにしているよ」
アイゼンベルクが部屋から出て行ってから、大きなため息が漏れる。
――普通に接すれば、普通に良い人なのに……。
それは私がハナだったせいもあるだろうけど、とてもじゃないけど、世界中で虐殺をしている人との会話とは思えなかった。
「……エルザ、抱き締めて」
私のお願いに、エルザは女神のような微笑みを浮かべ、言葉もなく抱き締める。
柔軟剤のいい匂いが私を包み込む。
温かくて優しい心地が、少しだけ私を慰めてくれた。
それから結婚式までは、なかなか忙しい日々だった。
悟との結婚式は半年ほど準備期間があったけど、今回は一週間だ。
島の裁縫師が特急仕事でドレスを制作したり、披露宴の演出の打ち合わせや手配でてんてこ舞いだった。
そもそも、二回目の結婚式になるし、もういい歳なので見苦しくないドレスで十分だったのだけど、ティーノにとっては初めてだったためか、島の住人もティーノ本人も私以上に気合いが入っていた――勘弁して欲しい。
「インターネットはまだ解禁してくれないの?」
「結婚式の後、鬱が治ってから解禁するよ」
「別にもう逃げないからいいじゃん?」
「私は心配性だからね。あと、鬱の再発の方が心配だ」
「鬱は、清浄化をやめてくれたら再発しなくなると思うよ」
「解禁は、清浄化が完了してからにした方がよさそうだ」
「くっ……!」
できれば、本当に虐殺が中断しているかとか、今の世界の状態とかを調べておきたかったけど、それは叶わぬ夢らしい。
――確かに、虐殺状況とか、客観的なティーノの評価を知ったら再発しそうではある。
結婚式までの間は虐殺もなかったので、それに関しては思い悩むことなく過ごすことができた。
そして結婚式前日には、装飾品を含めた全ての衣装を着て、最終チェックを行った。
「え――私、総額いくら分身につけるの?」
巨大な宝石が付けられたティアラを見て、私は震えた。
「いくらだろうね」
私の姿を楽しげに見ながら、ティーノは言う。
「あー、言わなくていい。言われたら動けなくなる」
「そう思って、言うつもりはないよ」
メイドさんに豪奢なティアラを装着させられると、結局私は動けなくなった。
「動いてみせてよ」
「……きつい」
しかしながら、姿見に映る自分の姿を見て感心する。
ミラ島の人々のセンスは良く、三十半ばの私でも、思っていたよりずっと綺麗に見えた。
ティーノもニコニコと満足そうに私を見つめる。
「綺麗だよ、茜」
「うん……まぁ、ありがとう」
状況が状況でなければ、悟にも見てもらいたかったな……と心の中で呟く。
この姿なら、子ども達にも褒めてもらえるだろう。
――まぁ、美には執着してないんだけどね。
ティーノもティーノで、白ベースのタキシード姿はとても格好良かった。
親戚の結婚相手とか、その辺のポジションだったら、それはもう褒め称えるのに……とても残念である。
ふと、外の窓を見た。
空は相変わらずどんよりと曇っているが、明日は強制的に快晴にさせられるのだろう。
――皆、どうしてるのかな……。
明日はとうとう結婚式だ。
私がこの島に拉致されてきてから初めて、この建物から出ることができる。
私がいるこの建物は、どうやら以前滞在したアイゼンベルク邸ではないようだ。
アイゼンベルク邸は三階までしか無かったはずだけど、ここはどうやら四階以上ある。
しかも、巨大なホールや教会まで併設されている。
教会で結婚式を挙げた後、パレードで町を一周して、その後ホールで披露宴を行うらしい。
――しっかりしなきゃ。
私の予定では、今日が最後の平穏な夜だ。
ティーノをちらりと見ると、目が合った。
ティーノは、とても甘い顔で私を見ていた。




