一話 抵抗(12)
『とうとう決めたんですね……』
「うん。私にしかできないから」
『すみません、ありがとうございます』
暗い木陰ちゃんの声に、私は見えないはずなのに、装置へ向かって笑いかける。結婚するとしか具体的には宣言していないのに、謝罪と感謝が返ってくるあたり、やはり木陰ちゃんは最初からその答えを導き出していたのだろう。
「まだ作戦は考えないといけないけどね。チャンスは一回と考えた方がいいし」
『そうですね……実行は茜さんしかできませんが、それくらいなら、私達と一緒に考えましょう』
「ありがとう、心強いよ」
『いえ、これくらいしか協力できなくてごめんなさい』
木陰ちゃんには見えていないのに、またしても私は小さな箱へ笑いかけてしまう。
「もし、悟と連絡が取れたら、悟に謝っておいて」
『分かりました』
アイゼンベルクを殺せば、必ずミラ島の人達から報復を受けるだろう。
もう家族とは二度と会えない可能性の方が高い。
それを自覚すると、悲しみが胸の内から広がってきて、大粒の涙となって瞳から零れた。
私は服の袖で涙を拭う。
腹を括ったからには、立ち止まってはいけない。
アイゼンベルクを止められるのは、私しかいないのだから。
――手紙を書いておこう。
家族には届かないかもしれない。
けれど、届くかもしれない。可能性があるのなら、言葉を残しておきたい。
悟を裏切ってしまう形にはなるけど、本当の夫は悟だけであること、家族を愛していること。
気持ちは表現しなければ伝わらない。
伝わらなければ、相手には存在しなかったことと同じだ。
その夜、私は家族一人ひとりに手紙を書いた。
便箋が涙で滲んで、何度も何度も書き直す。
私の周りが書き損じの便箋だらけになっていく。
陽だまりのような私の家族。
由香里さんに手紙を残せないことが、より一層悲しみを増やした。
私は、アイゼンベルクと結婚する。
けれど、これは世界のためだ。
私は、アイゼンベルクを殺す。
けれど、これも世界のためだ。
私は、殺人を犯す。
けれど、これは罪になるのだろうか?
もし、天国と地獄があるのなら、私はどちらへ逝くのだろう?
善行を積めば天国。
罪を犯せば地獄。
世界を救うのは善行だけど、人を殺すのは罪だ。
輪廻転生がそんな基準で巡っていないことは理解しているけど、人を殺めること自体がどうしようもなく恐ろしい。
――私に、本当に殺せるのだろうか?
手紙を書いている時に気が付いて、手が震えた。
――違う。可否じゃない。やらないといけないことなんだ。
あまりの使命に、また涙が滲んでくる。
殺める相手が魔王の方が、まだマシな気がした。
――やるの。やらないといけないの。
何度も自分に言い聞かせて暗示をかける。
――アイゼンベルクを殺すことで、ミラ島の信仰も崩れ、魔法も使えなくなるはず。これが最適解なの!
気が付けば、悟に向けた手紙が途中から『会いたい』ばかりになっていた。
自分に苦笑いして、便箋を丸めて捨てる。
――作戦は決めた。後は結婚して、実行するのみ。
悟との結婚指輪は外したくなかったけど、少しでも怪しまれないように外し、便箋と一緒に封筒へしまう。
「――エルザ、この手紙、木陰ちゃんに渡せる? 悟達に渡して欲しいの」
「分かった。茜の家族には渡せないかもしれないけど、とりあえず隙を見て木陰には渡すようにしておくわね」
「ありがとう」
エルザが服に手紙をしまい込んだのを確認すると、私は続けて伝える。
「アイゼンベルクに、一妻多夫ではなく、一夫一妻で結婚したいって伝えてくれる?」
「分かったわ」
厳かに頷き、エルザは部屋を出ていく。
普段と同じ所作をしているはずなのに、気になって、部屋の扉に鍵がかけられるまで目で追ってしまった。
引き金は引いた。
後は、もうやり遂げるしかない。
終わりが始まる。




