一話 抵抗(11)
カチャリという食器の音で目が覚めた。
起き上がると、エルザが朝食の用意をしてくれていた。
「おはよう」
「おはよう、茜。あと少しで準備ができるから待ってて」
「はーい」
改めてベッドに転がり込み、昨晩の朋里の余韻に浸る。生霊とはいえ、朋里に会えてかなり心が満たされている気がした。
「……」
――いや、やっぱり、早く皆の所に戻りたい気がしてきた……!
「お待たせ」
「はーい」
起き上がってテーブルに向かうと、スクランブルエッグとパン、サラダが並んでいた。
ここでの定番の朝食の一つだ。ありがたく頂く。
「いい夢でも見たの?」
「え? 分かる……?」
「うん。いつもより口角が上がってる」
「そんなに分かりやすいかなぁ……」
頬を手で挟んでいると、エルザに笑われた。
「機械的生命体だから、数値で分かるからね」
「そうだったわー」
笑いながら朝食を食べ終え、朝の支度がひと段落すると、アイゼンベルクの話を思い出して、また暗い気持ちに戻る。
「――ねぇ、私、これからどうなるのかな?」
「このままだと、一生どころか、死んでからもアイゼンベルク様と共に在ることになるんじゃないかしら?」
「だよねぇ……」
片付けられたテーブルに突っ伏していると、エルザは木陰ちゃんとの通信機をことりとテーブルに置いた。
「私、そんな大した人間じゃないのに、なんでそんなに執着するかなぁ……」
「人間の、特に男性の初恋の相手は、特に記憶に残りやすいからねぇ」
「残りすぎだわ」
広げてもらった紙に、バツ印を無駄に描いていく。
「――ねぇ、エルザ。抗うつ剤って、飲むのやめたりできないよね……?」
「昨日、ストレスで気絶した人が何を言ってるのかしら?」
「ぐぅ……あれは、アイゼンベルクのせいだよ……」
「誰のせいでも、ストレスで気絶したのは同じだから、まだ薬をやめるのは主治医として許可できないかな」
「うぅ……」
抗うつ剤をやめれば生霊を飛ばせるのだけど、それが叶わず、私はグリグリと目の前の紙に八つ当たりする。
「なんで私なの……?」
目の前にいないアイゼンベルクに問いかける。
私はただ家族と一緒に暮らしたいだけなのに、そんな簡単な希望ですらまともに叶わない。
――一妻多夫かぁ……。
そもそも今の私には、アイゼンベルクの好意を受け入れるキャパシティは、とてもじゃないが存在しない。
たとえ美男子で、私に対しては優しくても、受け入れられない。
――答えに気がついているかぁ……。
それなら恐らく、木陰ちゃんも気が付いている。
でも、私に提案してこないのは、エルザと同じ理由だからなのだろう。
私は、その答えに目を背け続けている。
現状、私にしかできない、致命的な一撃を与える一手。
『……』
「……」
今日は木陰ちゃんは、まだ何も話しかけてこない。
私はずっと、紙にバツ印を描き続けている。
私がこうして無為に時間を過ごしている間にも、アイゼンベルクとミラ島の住人は、世界のどこかで清浄化という名の虐殺を続けている。
――あぁ、そうか。今も世界のどこかで、アイゼンベルクのせいで家族が引き裂かれているのか……。
目の前で母親が、選別の名のもとに殺される。
あるいは父親。
あるいは兄弟。
あるいは祖父母。
あるいは子ども。
家族でなければ、親友。
友達。
近所の人……。
誰かの大切な人――たとえ大切でなくても、縁のある人が、選別の名のもとに殺される。
――そうか、私にしかできないのなら、私がやるしかないのか……。
すとん、と何かが腑に落ちた。
私は神にも、英雄にもなりたくはない。
けど、私にしかできないのなら、私がやらないといけないのだ。
もう、アイゼンベルクは死ぬまで止まらないのだろう。
ミラ島の住人も、アイゼンベルクが止まらない限りは止まらない。
それなら、アイゼンベルクとミラ島の住人を止める方法はただ一つ。
アイゼンベルクを殺すことだ。
そして、恐らく――私にしか、アイゼンベルクは殺せない。
――それなら、私がアイゼンベルクに引導を渡すしかない。
私は左手の薬指の指輪を撫でながら、覚悟を決めて立ち上がる。
「エルザ、木陰ちゃん、私決めたよ」
エルザを見上げると、私の答えを待っていたかのように、美しい笑みを浮かべた。
それは、ハナが死ぬ間際に見た笑みに似ていた。
「――アイゼンベルクと結婚する」




