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一話 抵抗(10)

私は死後の世界が明確にあることを知っている。


それは、実際に視えることに起因するけど、『現世』だけではなく、明確に『あの世』があることを肌で感じ取っている。


また、私には『現世』で生きた記憶しかないけど、『あの世』が存在しなければ成り立たないと考えられることがいくつもあることも、理由の一つだ。


明確に天国や地獄があるとは思わない。


けど、輪廻転生システムと言えばいいだろうか。転生するための待機場所としての『あの世』は存在すると思っている。


死んだ魂を評価し、次の転生先や目標等の業カルマを決め、転生のための初期化処理を行う場所……。


そもそも、なんで魂――情報構造体を使ってそんなことをしているのかは分からない。

けど、この世界のシステムとして、輪廻転生システムは明確に存在していると思っている。


最終的に『解脱』が目標なのかとも思う時があるけれど……それは、このシステムを作った存在――それこそ、この世界の創造主である『神』にしか分からないだろう。


自然発生のケースも可能性としてはあるけれど、ここまで効率が良い状態が偶発的に生まれる可能性は、とても低いと思う。


あの世は天国に該当するけど、地獄はどうなのだろうか?

その疑問には、私は『魂の破棄施設』と答える。


無意味に他の生命体を苦しめたり、虐殺したりするような、歪んだり壊れてしまった魂を分解・消滅させる場所。


もし、アイゼンベルクが死んだら、魂は破棄されるんじゃないかと思っている。


彼の魂は壊れてしまっている。


そもそも、神としての情報構造体と一体化してしまっている。そういう意味でも、彼の魂はもう輪廻には戻れないと思っている。


私は今世では病んでしまったけど、魂までは壊れていない自信はある。つまり、輪廻転生はまだ行える。魂は再利用される。けど――


「――死んで魂が自由になることすら、許されないの……?」


窓にはめられた鉄格子の向こうにある夕焼けを見ながら、呟いた。


エルザが無言でオレンジジュースを差し出してくる。

ありがたく受け取り、一気に飲み干すと、酸っぱさが口の中に残った。


――死後の魂を『あの世』に逝く前に捕まえられてしまったら、輪廻からは外れてしまう。


一度外れたところで、魂が壊れなければ輪廻には戻れると思うが、死ぬ度に捕まってしまえば、魂が望むような転生はできないだろう。


――アイゼンベルクは、私が死んでも自由にはしてくれない。


それはどれだけ絶望的な状況だろうか?


グラスを握る手が震えた。


エルザがそっと私の手を包み込み、上目遣いで優しく微笑む。


「大丈夫、茜。あなたはもう答えに気が付いている」


女神のような顔で紡がれる言葉に、私は少し寒気がした。


「エルザは解決方法を知ってるの……?」

「そうね……でも、これは茜が導き出さなければいけない答え」


ふと、懐かしい腐敗臭が鼻を突いた気がした。


――死の女神様……。


答えはもう分かっている気がした。


でも、それをすることは、私にはあまりにも重い。


今までの輪廻の中で、それを直接自分の手でしたことは、一度もなかった。


熱い涙が頬を伝って冷えていく。


「……悟に会いたい。皆に会いたい」

「ごめんね……」


エルザが私を優しく抱きしめてくれる。

懐かしいあの臭いがする代わりに、柔軟剤のいい匂いがした。




その日の夜、ふわりと頬を風が撫でた気がして目が覚めた。


「……ん?」


エルザはいないらしい。物音一つしない部屋の中、常夜灯の薄赤い光が夜の部屋を薄暗く照らしている。


私の枕元がぼぅっと青白く光った気がした。

振り向く。


「――朋里?」

『お母さん!!』


青白く光る朋里が私を抱き締めてくるが、触れ合う感覚はない。

抱き返そうとして私の両腕が空を切り、顔を顰める。


朋里のみの、一方通行の触れ合い。


『お母さん、会いたかった……!』


目の前で号泣し始める朋里。背中を摩ってあげることができないのが、酷くもどかしい。


「生霊なんか飛ばして……無理しちゃだめだよ」

『でも……でも……!』


私にしがみついて泣きじゃくる朋里に、「ごめんね」と謝ることしか出来なかった。


「……みんな元気?」

『お母さんがいないから、元気じゃない……。お父さんもミライも知らない人みたいに、毎日ピリピリしてる』

「お父さんに、私は何とか考えてるから、無茶し過ぎないように伝えてくれる?」

『うん……』

「ごめんね……本当は私から行きたかったのに、うつの薬のせいで上手いことできなくて……」


咄嗟に頭を撫でようとするが、やっぱり何も感触はない。


「……山下さんは来てないよね?」

『山下おじさん? 来てないよ』


刺々しい言葉が返ってきたので、少し驚く。


『なんであの人?』

「……まぁ、ちょっと色々あって……。もし見かけたら絶対逃げてね」

『うん。っていうか、もう二度と会いたくない。お母さんを連れて行って、由香里さんまで殺した』

「――」

『由香里さんまで奪っていった……もう二度と会えない……』


そう言ってから、朋里は小さい子供のように声を上げて泣き始めた。


抱き締めて、撫でてあげられないのが酷くもどかしい。暫くの間、言葉もなく朋里を見守ることしかできなかった。


「……朋里に会えたのは、泣きたいくらいに嬉しいけど、生霊を飛ばすのはとっても危険だから、しないようにね。身体に戻ったら揺り戻しが来るから、無理しないで休むんだよ?」

『分かった……』


本当は朋里を通して悟やミライに伝えるべきことが沢山あった。

けど、そんなことがどうでもよくなるくらい、朋里に、家族に飢えていて、そんなことすらどうでもいいと思って、二人で他愛のない話をした。


「お休み、朋里……」


朋里が私に甘えに甘えて少し落ち着いた頃、朋里はゆっくりと消えていった。


朋里がくっ付いていた場所を思い出すと、我慢していた涙が止まらなくなって、泣いているうちに気絶したように寝落ちしていた。

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