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一話 抵抗(9)

「霊……霊かぁ……」


思わず言葉が濁ってしまう。


「ここの島って、霊が少ないんだよね……たぶん、死後にアイゼンベルクのところに行って吸収されてるから」


以前この島にいる時に見た、取り込まれていく霊たちを思い出し、思わず寒気がした。


『じゃあ精霊は?』

「うーん、ほとんど見ないかな。みんなアイゼンベルクを信仰してるから、他のものをあまり想像しないみたい」

『他の地域にいる精霊を呼び出すのは?』

「できることはできるけど、弱体化はするかな」

『うーん……ダメですか』

「いや、いい線いってる気がする」


私は何度も頷く。


なにか光明が見えた気がする。


しかしながら――


「でも、ごめんだけど、今日はもう頭が回らないや」

『ごめんなさい。まだ治りきってないのに』

「いやいや、付き合ってくれてありがとう」

「続きはまた明日にしましょう。通信端末があれば、いつでも木陰と連絡は取れるわ」

「ありがとう」

『では、また明日』

「うん、明日もお願い」


翌日も策を考えようと思っていたら、アイゼンベルクから昼食に招待された。


「最近の調子はどうかな?」

「まぁ、ぼちぼちかな」

「少しでも良くなっているようなら良かったよ……エルザから聞いただろうが、山下は日本に戻ったようだ。降霊できる人を見つけたらしい」

「うん。そうみたいね」


サラダのプチトマトをお箸で突く。

アイゼンベルクはプチトマトを器用にフォークに刺して食べていた。


「茜は、降霊がどうなると思っているんだい?」

「成功してると思うよ」

「朋里に転生しているのに? それとも霊媒師は偽物ってことかい?」


アイゼンベルクは試すように笑む。私はしまったと顔を顰めた。


――康生くんにあんまり興味を持ってもらわない方が良かったのに……やらかした。


「やっぱり君の仕業だったのかな?」

「――バレた?」

「そうだね」


愉快そうに笑われたので、一部白状することにする。


「とりあえず、SNSでそれっぽい霊媒師を見つけたから、エルザに情報を流してもらっただけ」

「しかしながら、転生済みの魂の降霊方法が気になるね」

「本物の魂じゃなくても、それっぽい魂っぽいものを作って交流させたら満足しない?」

「なるほど」


彼は顎を擦りながら悪役の笑みを浮かべる。


「呼び出したい者が考えている『その人』が降霊されるのか……場合によっては、本人より本物と認識されるだろうね」

「山下さんにはちょうどいいんじゃない?」

「確かに。そうだね」


メインの若鶏の照り焼きをナイフで切りながら、私はアイゼンベルクを窺う。


私と楽しそうに食事する彼は、先程まで人類を虐殺してきているようには思えなかった。


――前より、大きくなっている気がする……。


視点を切り替えると、直視できないほど眩しい輝きを放つようになったアイゼンベルクの神は、会う度に肥大化しているように思えた。


清浄化に伴い、信者を着々と増やしているのだろう。


「不便なことはないかい?」

「――ネットに繋げられないこと?」

「君が私を受け入れてくれたら、それくらいいくらでも使わせてあげるよ」

「ぐ……」


私の反応にアイゼンベルクは笑う。


「拉致したのはあなたでしょ?」

「そうさ。せっかく連れてきたのに、逃げられたら意味がない――私は君に執着しているからね」

「私はもうハナじゃないよ」

「でも、ハナではあった。それに、私は今の君も十分に好きだよ」

「……」


私より若く、美貌溢れる男性に甘い視線を向けられて、思わず息を飲む。


――いやいや、イケメンだけど、心変わりはしませんから!


「清浄化を止めてくれたら、靡くかも……?」

「――ハッハッハッ!!」


大声でひとしきり笑うと、アイゼンベルクはナプキンで口を拭いた。


「清浄化と選別は止めない」

「なんで?」

「ハナを殺した社会だからさ」

「ハナを殺したのはエルザだし、エルザに命令したのはあなたのお母さんでしょ?」

「そうだね。でも、それ以前にハナは死にたがってた――社会のせいで」


微笑むアイゼンベルクの瞳が笑っていないことに気付き、小さく身震いする。


「でも、こんな形で清浄化しても、新しい歪みを生むだけだよ」

「そうかもね――でも、私はそうしたいんだ」

「ハナであった私が望んでなくても?」

「そうだね……これは私のエゴだ」

「……」


自覚し、開き直られると説得のしようがない。


「茜は私に清浄化と選別をやめて欲しいのだろうけど、私はこれだけはやめないよ」


微笑みの中に強い意志を感じて、私は俯いてしまう。

デザートのショートケーキの端を切る。


――弔い合戦のようなものかもしれない。


世界規模で行う、たった一人に向けての弔い。


もしくは、お葬式。


大切な人を失った人の、心の整理に必要な過程……。


アイゼンベルクは、それの規模が大きく、残酷すぎてしまっただけなのかもしれない――それが許される行為ではないとしても。


「大切なことを聞くのを忘れていた」

「……なに?」


なんとなく嫌な予感がして、聞き返すのが嫌だった。


「もし今の肉体が損傷してしまって使い物にならなくなった場合、次の身体はどんなものがいい?」


子どもに「将来の夢は何?」と軽く聞くような調子で言ってきた内容に、私は硬直する。


「無難なのが、機械的生命体の肉体かとは思うけど、やっぱり君の希望を尊重したいからね」


彼の言葉に、私は奈落の底に落とされたような気がした。


至って当たり前のことを話すように、彼は続ける。


「私は神だからね。君の魂を好きな肉体に入れることなんて造作もないことだよ」


「さぁ、好きな希望を言って」と微笑みながら言うアイゼンベルクの顔を見て、私の視界は暗転した。

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