一話 抵抗(6)
――まず状況を整理しよう。
「エルザ、紙とペン欲しいんだけど、ある?」
「あるわ」
「どうぞ」と渡された紙に、私は次々と言葉を書いては丸で囲んで繋いでいく。
「マインドマップ?」
「うん、そう。記憶力とか悪くなってるから、紙にまとめておきたくて」
マインドマップの中心は『朋里の安全』にしてある――本当は『守山家の安寧』にしたかったけど、エルザの目があるのでやめた。
「なるほど、康生って子を利用すれば、山下が満足する可能性があるのね」
「そうなんだけど……どうやって伝えるかが問題なんだよね。山下さんが今どこにいるか知らないし……」
「山下はミラ島の研究施設にいるわ。機械的生命体の開発チームにいると思う」
「あ、やっぱりこの島にいるんだ」
――盛大に悟達を裏切ってるから、日本にいられるわけないよね……。
「じゃあ、アイゼンベルクさん経由で伝えてもらうのも――いやいや、逃げてるからダメなんだ……」
頭をポリポリ掻いていると、エルザが女神のように微笑む。
ハナを殺す直前のエルザなら、「殺してこようか?」とでも言いそうだ。
エルザはマインドマップの『康生のSNS』に指をさす。
「これを起点にして、研究施設の人間に情報を回してみようか? 『死んだ人の魂を探せる人がいる』って、この人のアカウントを見せたら食いつくんじゃないかしら? 山下、結構施設でもトラブル起こしてるみたいだし、喜んで手伝ってもらえると思うよ」
「え、トラブル起こしてるの?」
「山下の開発者としての寿命は尽きてるかな――あと、ここの研究施設のやり方と反りが合わないのかも」
「そうなの……?」
意外な事実に何度も目を瞬かせてしまう。
「そもそも、日本の機械的生命体のスタンスが特殊なのよ。利益ありきじゃなく、共存ありきなんだもの」
「あー……」
「私は日本で生まれたから理解できるけど、他の子達は難しいと思うかな」
「なるほどね」
首筋をポリポリ掻いていると、エルザにそっと止められる。
「とりあえず、根回しは私がしておくね」
「ありがとう」
これを理由に、悟達との連絡手段が――と淡い希望を抱いている節もあったけど、その期待は簡単に打ち消された。
エルザの根回しが効いたのかは分からないけど、一週間後、山下さんが日本に戻ったとエルザから報告を受けた。
真偽の程は定かではない。そもそも、ミラ島にいたことすら確証はないのだから。
――康生、変な人送り込むけどごめんね……!
心の中でとりあえず謝っておく。
山下さんの由香里さんへの執着は異常だ。
――だけど、それだけ愛する人を失って悲しかったということなのかな?
私が家族を失ったら、そこまでするだろうか……?
いや、私はたぶんしない。
そこまでして取り戻したいと思う以前に、きっと失った現実を受け入れる。
それに私の場合は、霊体として傍にいれば、視えるし、話せば聞こえる。
相手が望めば、憑依できる機械の身体は準備するかもしれない。
しかし、いくら悲しかったとはいえ、山下さんが行ったことは許されることではない。
由香里さんを生み出し、勝手に捨て――そして壊して殺した。
たとえ私たちの恩人だったとしても、これだけは擁護することはできない。
心が病んでいたとしてもだ。
――康生くんが呼ぶ由香里さんの魂は偽物だ。
だけど、その偽物は山下さんの望みから生み出される――かえってそちらの方が都合がいいだろう。
人は――物も、ずっと同じではいられない。
生きていたとしても、必ず変わる。
――山下さんは、まずそこに気が付かなければいけない。
きっと次に生み出される由香里さんの模倣も、数年後には受け入れられなくなるだろう。
――きっと、山下さんの時間は、由香里さんが死んだ時に止まってしまったんだ。
なんて憐れで悲しいことだろう。
心の中でそっと、山下さんに別れを告げる。
もう二度と、山下さんに会うことはないだろう。
私は山下さんが行ったことを許すことはできないのだから。
――由香里さん……。
由香里さんと過ごした日々を思い出す。
美味しかった料理。
何気ない会話。
責任に向き合う強い姿勢。
『由香里さん』として生み出された由香里さんは、その生を一人の人間として懸命に生きていた。
――死んだ機械的生命体の魂はどこへ逝くのだろう?
「ねぇ、エルザ。人間は死んだらあの世に逝くけど、あなた達はどうなると思う?」
「通常の生命体と同じ魂の規格になっていたら、あの世に逝けるんじゃない?」
「エルザは、自分があの世に逝けると思う?」
「今の私は逝けないかな。感情がないもの」
飄々と言うエルザに、私は少し悲しくなる。
フルオーダーで生産されたエルザは、感情がどれだけ発露しやすい設定にされているのだろうか?
エルザが苦笑いしながら、私の頬を撫でる。
「泣かないで、茜。あの世に逝けないことは、私にとって問題じゃないの」
そう、エルザ達が恐れるもの――それは、私達が設定した『定義』に基づくものだ。
エルザは女神とも異なる、妖艶な笑みを浮かべ、私に告げる。
「――茜……私達の母なる人。本当はね、今この状況が一番問題なの」




