一話 抵抗(5)
「茜、一つ報告がある」
急に私の部屋に訪れたアイゼンベルクが、珍しく真剣な表情で言ってきた。
「何?」
「山下哲郎が、君の娘を狙う可能性が高い」
「は?」
急な話に、座っているのに立ちくらみがした。
エルザが当たり前のように私の身体を支えてくれる。
「ちょっと状況がよく分からないんだけど……」
「私は以前、山下に君を連れてくるようにさせたのは理解しているね?」
「そうね……」
由香里さんのことを思い出し、呼吸が浅くなるのを感じた。
由香里さんの悲惨な最期がフラッシュバックして、手が震え始める。
「すまない。山下はなかなか惨いことをしたようだね」
「……」
震える手で、エルザに促されるまま薬を飲む。
エルザもアイゼンベルクも、私が落ち着くまで焦らずに待っていた。
「――私は山下に、彼の死んだ妻の魂を探して、新しい身体に憑依させる約束をしていた」
「……」
なんとなく、聞いたような聞いていないような気がしたが、山下さんが言っていたことは、由香里さんの最期の姿で全て吹き飛んでしまっている。
「私も早々に見つけて、対応してあげるつもりだったのだが、そうもいかなくなってしまったので、実は保留していたんだ」
「……なんで?」
アイゼンベルクが私の目を真っ直ぐに見てきた。
嫌な予感がした。
「――彼の探している魂は、既にこの世界にいる」
彼の言葉に一瞬思考がフリーズする。
「転生してるってことね?」
自分で言葉にして、なぜか鳥肌が立った。嫌な予感が膨らんでいく。
「そうだ」
そして、アイゼンベルクの瞳に見つめ返されて、気がついてしまう。
「……もしかして、朋里か優希に転生してるってこと?!」
一瞬にして血潮が沸き立ち……立ちくらみでその場に崩れ落ちた。
「流石、茜――そう、朋里が彼の探している魂だったんだ」
「そんな……」
ありえない……と言いかけて口ごもる。
死んだ人が身近な人に転生しているのは、何度か見かけたことがある。
――でも、そんなのって……。
記憶を忘れた本物の由香里さんの魂と、由香里さんのコピーが、ひとつ屋根の下で同居していたなんて、なんて奇妙な話だろうか。
――アイゼンベルクが嘘をついている可能性もある……。
でも、そんなこと、私が透視したら一発でバレてしまう。
そんなリスクを負ってまで嘘をつく理由が、今は見当たらない。
――嘘をつく必要は……ない……。
時間稼ぎの可能性も頭をよぎるが、今の私には考えきれない。
こんな時に悟やミライがいたら、可能性を分析し合えるのに……。
家族のことを思い出すと胸が締め付けられる。
もう何ヶ月もみんなに会っていない。
みんなはどうしているだろうか……?
「山下に催促されないように手は回しているが、痺れを切らした彼が、専用の神を創るのも時間の問題だろう」
エルザが出したコーヒーを飲みながら、彼はわずかに眉間に皺を寄せた。
「そういうことで、君に一つ提案がある」
「なに?」
「守山一家をこちらに呼び寄せられないだろうか? そうしたら、こちらで朋里の安全が確保できる」
「それは……」
私は下唇を噛む。
この前の一妻多夫を受け入れることが大前提になる。
つまり、最初に私は悟を説得しなければいけない。
――まだ決めあぐねていたのに……。
悩む私に、アイゼンベルクは一つ微笑む。
「以前の話は一旦忘れていい。まずは君の家族の安全が第一だ」
「……」
正直に言うと、そこまで言われると心が揺れてしまう。
しかし、ここで家族を呼んでしまえば、家族が集まってしまえば、もう後戻りはできない。
――どうすればいいの……?
アイゼンベルクは微笑みながら言う。
「答えは急がなくていい。今日はまず報告のつもりで来ただけだから」
「……分かった」
アイゼンベルクが去ってから、不安定になった私は、エルザの言う通りに薬を追加で飲んだ。
――朋里が本物の由香里さんの生まれ変わりなんて……。
朋里としての記憶をなくし、前世としての由香里さんに戻ってしまったらどうしようかと、焦燥感に駆られた。
激しい嵐が私の心の中を引っ掻き回していく。
「茜、今日はもう寝よう」
「……うん」
エルザに促されるまま寝支度していくと、布団に入ったタイミングで落ち着き始める。
「おやすみ、茜」
「おやすみ、エルザ」
いつも通り、エルザは私の手を握って子守唄を歌う。
美しい旋律に身を任せながら、瞳を閉じた。
――由香里さんの魂の複製が作れたらいいのに……。
そうしたら、朋里も奪われない。
そんなことをうっすらと考えていると、以前悟から聞いた話を思い出した。
――そういえば、康生くんの創った神様……イオリちゃんだっけ? は、クラゲに食べられた魂も降霊させるって言ってなかったっけ?
悟は、あれは願った人の記憶から創った魂の模倣品を降霊させていると言っていた気がする。
――康生くんなら、山下さんの記憶から、山下さんの理想の由香里さんの魂っぽいものが創れて、誤魔化せるのでは……?
上手くいけば、誰も奪われずに済む。




