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一話 抵抗(4)

それから拘束が外れたのは、約二週間後だった。


記憶はあまりないけど、私はあの日以降も時々発狂していたらしい。


「ふぁー……おふろサイコー」


ガリガリに痩せた身体を熱めのお湯に浸らせる。


湯船に入る前になるべく身体を念入りに洗ったけど、それでも垢は気になる。

エルザがなるべく手入れしてくれていた髪は、しかしガチガチで、三度もシャンプーした。


「良かったね」


メイド服を着たままのエルザが、私の隣で微笑む。

正直、服を着たままの人が浴室にいることに違和感なのだけど、監視も含むのでしょうがない。


「あんまり長湯はできないからね」

「はーい」


ぶくぶくと湯船に鼻まで沈む。

やはり日本人として、お風呂は最高と感じる今この時……。


――ふぁ……気持ちいい……寝落ちしそう……。


まだ強めの精神安定剤を飲んではいるけど、拘束が解除されたのは有難かった。

なにせ拘束されているとトイレにも行けない。

オムツとカテーテルだ――ある意味人権がなかった。


ぼうっとする頭で浴室の天井を見上げていると、エルザに両脇を掴まれて強制退場させられた。

どうやら、エルザが出る時間と言っていたのが聞こえていなかったらしい。


エルザにお世話されるまま、部屋着に着替えさせられ、湯上がり後の手入れをされる。本当は動けるのに、動く気には全くなれないので、正直助かる。


なんだか五歳児になった気分だった。


食事は重湯からで、あまり食べた気にはならなかった。

まだ食欲もないので、流し込むだけなのはある意味助かった。


世界がどうなったかは、考えないようにした。

唯一私の部屋に入ってくるエルザも特に何も言わなかった。

アイゼンベルクも部屋には入って来なかった。


皆、まだ私が治っていないのがよく分かっているようだった。


鉄格子がついた窓から見える空はどこまでも青く広がっていて、それが恐ろしかった。


重湯を飲んだら歯磨きをして、すぐに布団に入る。

毎日二十時間は寝ているのではないだろうか?


「おやすみ、エルザ」

「お休み、茜」


エルザが私の手を握り、習慣になった子守唄を歌う。


乳幼児のような生活が、少しずつ私の心を修復していった。


心の修復には約三ヶ月かかった。

それでも、抗うつ剤はまだ服用しているけど、島に拉致された直後と比較すると雲泥の差だった。


そうして、主治医も兼ねていたエルザがアイゼンベルクとの対面を許可すると、アイゼンベルクは颯爽と私の元を訪れた。


「やぁ、茜。ここでの生活も慣れたかい?」

「お陰様でね」


嫌味たっぷりに返したつもりだったけど、アイゼンベルクはそれを笑って流す。


「いつの間に流暢な日本語が話せるようになったの?」

「私は神だ。言葉くらいどうとでもなる」

「神にしては個人に執着し過ぎじゃない?」

「私以上に個人に執着した神々なんて、神話にはいくらでもある」


肩を竦めるアイゼンベルクに私は苦笑いする。


「――先日、主要都市の清浄化が全て終わったよ。降伏した国は残ってるけどね」


勝ち誇ったような顔をするアイゼンベルクに、無意識に眉間に力が入る。


ティーノの虐殺を止められなかったことを、悔やむのはもうやめた。

その罪を、私が背負えるほど強くはない。


「降伏した国も、選別はするつもりなのでしょ?」


私の指摘に彼はクスッと笑う。


「そうさ。安心しているだろうが、後回しにしているだけで選別はする予定だ」

「無慈悲ね」

「選別に慈悲は必要ない」

「基準はどう決めているの?」

「私の力と霊視装置を融合して、一定水準を超えた場合のみ、合格としている」

「どれくらい合格になってるの?」


アイゼンベルクはわざとらしく顔を歪ませて「二割以下かな」と言った。


「厳しいんじゃない?」

「本来は全員浄化してもいいと思っているくらいだから、かなり多めに見ているよ」

「殺すのは救いじゃない」

「でも、ハナは死んで救われた」

「それは――……」


口ごもった私に一つ微笑みを浮かべ、アイゼンベルクは話題を変える。


「悟は凄いね。日本でも魔法使いを増やして浄化作業に抵抗しているよ」

「――悟は、子ども達は無事なの?!」

「無事だよ」


あっさりと言うアイゼンベルクに、私は疑いの目を向けると、諦めたように両手を上げた。


「実際は死んだとしても、生きていると伝えないと君がまた壊れる」


私は下唇を噛む。


飲んでいる薬のせいで、透視が上手くできない。

正確な安否が分からないのはそれなりの不安だった。


「安心していい。本当に生きているよ」


悪戯っぽい笑みを私は睨む。


「茜がまた発狂しては意味がない。だから君の家族は殺さずにこっちに連れてくるつもりだ」

「連れてきてどうするつもりなの?」

「一緒に家族として暮らすのさ」

「夫は悟よ。あなたはどのポジションになるつもりなの?」


私の皮肉にアイゼンベルクは鷹揚に笑う。


「夫が二人いてもいいじゃないか」

「え?!」


まさかの一妻多夫制の提案に目の前がチカチカする。

流石にその発想は狂気じみていて思いつかなかった。


「そもそもだけど、私はもうハナじゃないのよ?」

「そうだね。今は守山茜だ。でも、僕は君にも好意がある」

「……ちょっと待って、もう限界かも」

「それはいけないね。今日はお終いにしよう」


クラクラする頭をなんとか制しつつ、立ち上がろうとすると、エルザが軽々と私を抱きかかえた。

そのまま有無を言わさず部屋にまで連行され、部屋着に着替えさせられる。

仕上げに薬を飲まされる。


「今日はストレス負荷が高かったから、もう寝ましょうね」


幼児のようにあやされる。


――悟達は無事だった……。


ひとまずの安心感が体を覆う。


しかしながら、一妻多夫はどうなのだろうか……?


正直、アイゼンベルクの元から離れて日本の家に帰ることしか考えていなかったので、混乱した。


悟はアイゼンベルクの敵であり、削除対象かと思っていたので、一妻多夫という発想は全くもってなかった。


ありえない提案だと思う。


――でも、一妻多夫なら、ティーノも悟もどちらも死なない……。


私の手を、エルザが握る。

温かくて心地良い。


――合理的な悟なら、受け入れるかもしれない……。


「お休み、茜」

「お休み、エルザ……」


BGMにエルザの子守唄を聞きながら、暗い眠りに落ちていった。

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