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一話 抵抗(3)

――あたまがおもい……。


どれだけ私はここにいるのだろう?

ぼうっとする頭でうっすらと考える。


何も悲しくないのに、涙が零れる。

零れた涙が耳に流れていくのが不快だけど、怠くて動きたくない。


――しにたい。


手で拭うことはできない。

全身拘束されている。


私が覚醒する度に発狂していた代償だ。

ずっと何も食べていないのに、空腹感はない。

ただ、私の身体中から伸びる管が、私の生を保っている。


――きえたい。


天井を見つめることしかできない。


――しにたい。


どうしてこうなってしまったのだろう?


また人間に転生してしまったことが間違いだったのだろうか?


――きえたい。


口はカラカラで、声を発することも億劫だ。


「……」


いつもは部屋の中に私の世話をする人が一人はいるのに、今は珍しく誰もいなかった。


――きえたい。


ただぼうっと天井を見つめながら、願望を垂れ流す。


「――?」


ふと、身体――頭に温かいものが触れた気がした。


懐かしい気配がする。


(お母さん、どうか、壊れないで……)


音はしないのに、枕元から懐かしい声が聞こえた気がした。


「……み、らい?」


かすれた声で言うと、頭をそっと撫でられた気がした。


(死んだら、お父さんや、朋里、優希まで壊れる)


「――っ」


家族のことを思い出して絶望する。


――今世では死ぬことも許されないの?


(お母さんのせいじゃない。大丈夫。お母さんのせいじゃないから……)


慰めるような言葉に涙が増える。


「でも、ミライ、わたしのせいだよ……」

(違うよ。ハナもだけど、お母さんは絶対に何も悪くない)


ガチャリと部屋の扉の鍵が開く音がした。

気配が遠ざかっていく。


(お母さん……大好き……)


寂しさが胸に広がり、涙がさらに増える。


「――今日は落ち着いていますね」


部屋に入ってきたメイドが私に微笑み、私の顔の涙を丁寧に拭き上げていく。


絵画の中から出てきたような美しい、女神のような女性――。


「エルザ……?」

「あら、私が誰か分かるんですね?」


混乱して涙が引っ込む。エルザは私がハナの頃にこの姿だったはずで、生きていたとしても、アイゼンベルクより老けているはずだ。


そして気がつく。


――あ、『由香里さん』と同じか。


エルザの模倣体の機械的生命体――でも、なんで?


「お身体を綺麗にしますね」

「――」


混乱している間に、エルザは温かい蒸しタオルで私の身体の拭ける部分を拭き上げていく。

少し熱めなのもいいのだろう、拭き上げられた部位がスッキリする。


「本当は拘束部の下も拭きたいのですが、まだ様子見をしてからと指示があるので、お待ちください。特に異変がない間は、鎮静剤はなしにしておきましょうね」


一般的なメイドというか、昔よりあっさりとした物言いに、少し物足りなさを覚える。


「……えるざ――?!」


まともに声が発せられなくて驚いていると、エルザが口元に水の入ったボトルのストローを差し出してくれた。

水を口に含むと、口の中に広がり、潤していく感覚がよく分かった。


「――エルザは、昔の記憶をどれだけ与えられているの?」

「私に初期登録されているエルザとしての記録は、アイゼンベルク様視点および、アイゼンベルク様が伝え聞いている内容のみになります」

「あー……そういうことか……」


ティーノ視点からすると、エルザとの関係が少なかった分、本来のエルザとは異なる性格になっている。


――ちょっと寂しいけど、エルザの姿がまた見られるだけでも運がいいのかもしれない。


何せエルザは見た目だけなら、女神のように美しいし、所作も洗練されていて美しい――つまり、目の保養になる。


「ハナとしての記憶からすると、私は全く異なりますか?」

「うーん……ハナが見てたエルザは、もっと好奇心旺盛というか、面白いものに飢えてて、常に悪戯できることがないか探してる感じがあったかな。家主に対しては、今の感じだったかもしれないけど」

「そうなんですね」


少し俯き、顎に手を添えるエルザ――学習してますね、これは。


「あのね、だから、私に対してはもっと言葉を崩してくれると嬉しいというか……」

「分かった。二人の時は砕けた感じにするわね」


にこりと微笑むエルザの表情は少し悪戯っぽかった。


「学習が早いね」

「私は茜のために製造されたからね」

「え? そうなの?」

「そうなの。アイゼンベルク様はかなり前の段階から、あなたがハナの生まれ変わりであることを確信してたみたいよ」

「えぇ……」


かなり前の段階というのは……木陰ちゃんと一緒に発注された頃だろうから……かなり前だな、うん。


でも、私にはエルザの発注の話は回ってきていなかった――村瀬経由とは別だろうか?


とりあえず、ドン引き案件である。


――あ……。


「頭が痒いのに掻けない……」


拘束のせいで全く頭がかけない。正直つらい。


「どの辺?」

「左耳の上あたり?」


エルザが「ここかな?」と探しながら、ぽりぽりと私の代わりに掻く。


「あー……ありがとう」

「なるべく洗うようにはしてたけど、一ヶ月以上まともにお風呂で洗えてないからね、痒くなっても仕方ないわね」

「一ヶ月以上?!」


エルザは妖艶に微笑むと、私の額を撫でた。


「そう。正確には、四十三日かしら。今日はまともに会話ができて、私は嬉しいわ」

「――」


四十三日という数字に愕然とする。

私はどれだけの間、自分を投げ出していたのだろう……?


――日本にいる皆はどうなったの……?


急にまた大きな不安が膨らみ始める。


頭が真っ白になり、呼吸が浅くなる。


「だめよ、深く考えちゃだめ。今日は頑張ったから、おしまいにして、もう寝ましょうね」


そう言ってエルザは点滴に触れた。


エルザは私が眠りにつくまで、女神のような優しい微笑みを浮かべながら、美しい子守唄を歌ってくれた。


エルザはもっと音痴だった気がするので、少し違和感を覚えた。

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