一話 抵抗(2)
一部暴力的なシーンが含まれます。
ご注意ください。
「――え? 選別……? どういうことですか?」
「やっぱり知らされていなかったか」
山下さんはわざとらしくため息を吐く。
「アイゼンベルク様は一ヶ月前くらいから、世界的な罪の清算と人類の選別を行ってるんだ」
「罪の清算と人類の選別って……」
つまり、クロウリーが以前言っていた『清浄化』のことだろう。
――基準に合わなかった人間を殺しているのね……。
間に合わなかった絶望感に、私は膝から崩れ落ちた。
山下さんはそんな私の手首を掴む。
「でも、大丈夫。君がアイゼンベルク様の元に行けば、選別の基準が緩む――つまり、生き残る人間が増えるってことだ」
「そういうことでは、なくて……」
――あれ? でも、生き残る人が増えるのはいいこと?
急激なストレスに、頭がフリーズしてまともに考える能力がなくなる。
勝手に涙が溢れてきて、頬を伝ってどんどん落ちていく。
「茜ちゃん!」
突如、リビングの方から激しい音が駆け寄ってきた。
「哲郎! なんてことを伝えるの!?」
由香里さんが私を抱きしめて山下さんの手を払いのけようとしたけど、強く掴まれて失敗した。
「由香里の偽物、俺の名前をその顔で呼ぶんじゃない!」
「あなたこそ、この手を離して!」
「俺に指図するな! 茜さんはこのままアイゼンベルク様の元に連れて行く!」
「茜ちゃんは望んでないわ!」
「俺は望んでいる! 連れて行けば、本物の由香里に会わせてくれると約束した!」
「本物の由香里さんは死んだのよ!」
由香里さんの言葉に、私の手首を握る力が強くなる。
――いたい。
でも、力が入らない。
「由香里は生き返るんだ!」
「まだ私の失敗から学んでいないの?! 死んだ人は生き返らないわ!」
「生き返る! 魂さえあれば、どうとでもなる!」
「魂なんて、見つけられるわけがないわ!」
「神であるアイゼンベルク様なら可能だ!」
「アイゼンベルクは神じゃない、信仰があるだけのただの人間よ!」
「うるさい、黙れ!」
バチンと大きな音が聞こえた。衝撃と共に、由香里さんの温かさと、手首の痛みが離れていく。
山下さんが鬼のような形相で、由香里さんに馬乗りになって何度も強く殴っている。
「偽物はいらない! 壊してやる! 壊してやる! 壊してやる!」
鈍い音とともに、辺りに茶色い飛沫が広がっていく。
――由香里さんが……。
現実を拒絶するように、視界がどんどんぼやけていく。
――やめて!
助けたいのに、指先すら動かせない。
私はその光景を呆然と見守ることしかできなかった。
――そんなに、強く殴ったら、メモリまで壊れてしまう……。
ガンと嫌な音がした瞬間、由香里さんが動かなくなった。
「フーッフーッフーッ! やっと壊れたか!」
――嫌だ!
山下さんは動かなくなってからも、由香里さんの頭部の破壊を続ける。
「――っ」
頭の中からメモリ部分が出てくるまで破壊を続け、メモリが出てからは徹底的にそれを踏みつけて壊した。
――嫌だ……。
「――これで二度と復活できまい!」
――由香里さん……。
さっきまで一緒にくつろいでいた家族が、仲間であり、大先輩と思っていた人に見るも無惨に殺された。
――イヤダ……。
受け止め切れない現実に、私はあっさりと意識を手放してしまった。
手の冷たさで、意識が重くも浮上する。
「……?」
目を開けると、全く知らない場所にいた。
シックなアンティークの天蓋に、ゆっくりと目を瞬かせていると、私の手が誰かに握られていることに気がついた。
冷たい冷たい、氷のような手……。
「ハナ……」
若い金髪の男性が私の顔を見て、綻ぶように笑った。
「ここは……?」
「僕の家だよ」
「ティーノの?」
「そうだよ、ハナ」
ズキンと頭が痛む。
私が誰であるかを正すように。
「……私は守山茜よ」
「ふふっ、そうだね、茜」
ゆっくり起き上がろうとすると、アイゼンベルクは恭しく手伝ってくれた。
――そう、私は攫われたのね……。
周囲をうかがう。私のいる部屋は映画の中で暮らす貴族のような部屋だった――ただし、窓には鉄格子がついている。
「――私は、ハナは、人類の清浄化なんて望んでなかった」
「……そうだね。でも、僕は望んだ。心の綺麗な人だけの世界なら、僕やハナみたいな人生は存在しなかった」
「今、あなたが新しい元凶になってるのはわかってる?」
「必要悪さ」
アイゼンベルクは肩をすくめながら顔をしかめる。
話が通じてるのに通じていないのがもどかしかった。
「……」
――由香里さん……。
ズキンとまた痛みが走る。
――死んでしまった……。
涙が零れ落ちる。アイゼンベルクが私の背を撫でた。
「君が気に病む必要はない」
「……死んだの。私の大切な家族が、殺されたの……気に病まないわけないよ!」
今も誰かの大切な人が、目の前の男の命令のせいで殺されているかもしれないと思うと気が狂いそうだった。
――いや、狂った方が楽かもしれない。
「あ――っ!!」
大声をあげて泣き叫んだ。
どれだけ悲しみを爆発させても、死んだ人は戻ってこない。
アイゼンベルクは「それは悲しいね」と少し困ったように微笑みながら、私の背を撫で続けた。
「君の涙はこんなにも綺麗なんだね」
冷たい手が、私の熱を奪っていくのを感じた。




