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一話 抵抗(1)

「はぁ、自宅で茜ちゃんとゆっくりするのもいいわね」

「忙しいのにごめんね」

「私なしでも回るようになってきてるし、大丈夫よ」


ゆったり紅茶を飲みながら微笑む由香里さんに、私も笑みを返す。


クラゲ侵攻以来、契約者を失った機械的生命体のためのシェルターは、当初の想定以上に重要な役割を担うようになっていた。

シェルターの所長である由香里さんが忙しいのは言わずもがななのだけど、あの日――アイゼンベルクが急襲してきた日以降、ミライと由香里さんと、時々悟が交代で一緒に私と過ごすようになった。


「――はぁ、アイゼンベルクのせいで、こんなに天気が良い日も地上で過ごせないなんて嫌ね」

「本当にね」


抗うつ剤のおかげで食欲も戻ってきたため、それなりに食べるようになれたのだけど、今度は運動しないのに食べるので、ちょっと太り始めてきた。


しかしながら――


「あー、由香里さんのクッキー美味しい……」


ついつい、由香里さんが作ってくれたチョコチップ入りのドロップクッキーに手が伸びてしまう。


「茜ちゃんも一緒に作ったじゃない」

「いや、私は由香里さんが準備してくれた材料を指示通りにやってるだけだから」

「一緒に作ってるじゃない」

「まぁ、そうだけどー」


由香里さんと過ごす日は、地下でお菓子作りをすることが多い。そういう日は、朋里も優希も学校から足早に帰ってきて、掻っ攫うようにお菓子を食べていく。

ミライと悟も心なしか楽しみにしているので、笑ってしまう。


「午後からはガトーショコラ作る?」

「作る作る!」

「帰ってきたら争奪戦が起きそうね」

「仕事が忙しくて残業するミライと悟は不利ね」

「……二つ焼いちゃう? 材料余分に買ってきたし」

「焼いちゃおう」


二人でクスクス笑い合う。

ここ一ヶ月ほど、仕事量が格段に増えたらしく、ミライも悟も出社する日は毎回のように残業している。

その上で、帰宅後は村瀬たちと別枠で作業していたりするので、休む暇がない。正直、倒れないか心配ではある。


「二人とも頑張ってるしね」

「兵器目的の機械的生命体の発明ね……気は進まないでしょうね……」

「そうだね……」


ミライや由香里さんが兵器として扱われる場面を想像して、少し胸が苦しくなる。


――ティーノがもう行動を始めてるんだ。


その雰囲気を察することはあったけど、自宅隔離と情報収集禁止で全く外の情報が入ってこない。


悟たちが守ってくれてるのは分かるけど、外の情報が分からないのは不安ではある。


……ポコポコ


スマートフォンが鳴る。


「あ、悟からだ」

「どうしたの?」

「――魔法について、研究メンバーに情報開示を少ししたみたい。それで、パワーストーンを……え、山下さんが家に取りに来るの?!」


意外な流れにスマートフォンに唾が飛んでしまう。

慌てて画面を拭いた。


由香里さんを振り向くと、眉間に皺を寄せて、思い詰めた表情をしていた。


――まだ会わせない方がいいよね?


由香里さんと山下さんは、山下さんが発狂した日以来一度も会っていない。


茜:なんでよりにもよって山下さん?!

悟:皆忙しすぎて取りに行けないんだ……。

茜:明日じゃだめなの?

悟:政府に報告もしたいから、少しでも早い方がいいと、山下さんの希望で……。

茜:空いてる機械的生命体にお使い頼んだらいいじゃん?

悟:途中で何かあったら困るからって……説得する前に出発したんだ……。

茜:え、もう出発してるの? いつ出発した?

悟:五分前くらい?

茜:あと五分くらいで来ちゃうじゃん!

茜:石何個渡せばいいの?!

悟:五個くらい渡してあげて

茜:了解!

悟:急にごめんね……

茜:大丈夫!


急がなきゃ!――と収集したパワーストーンを五つ取り出して準備し始めたけど、それ以外は特に準備することがなかった。


由香里さんと地上に上がり、リビングで待っていると、少ししてから玄関のチャイムが鳴った。


「由香里さんはリビングで待っててくれたらいいから、石を渡すだけだから!」


私の言葉に由香里さんが薄く笑う。


「気を使ってくれてありがとね。ここで待ってるわ。何かあったら呼んでね」

「うん、ありがとう!」

「外に変な人見かけたら、すぐにドアを閉めるのよ?」

「わかった!」


パタパタと玄関を開けると、山下さんがいつものように立っていた。


「――っ」


でも何故だろう。どこが不気味で、山下さんと対面した瞬間、息を飲んでいた。


「久しぶり。調子はどう?」


ニコリと笑ってくれたけど、その笑顔にもどこか違和感がある。無意識に小さく一歩後退した。

山下さんが玄関扉を掴む――普段なら、気を使って支えてくれると思うのに、今日はそれを不安に感じた。


「――お陰様で、少しずつ良くなってきています。忙しいみたいなのにすみません」

「仕事は気にせず、ゆっくり療養してね」


――そうか、目が怖いんだ。


微笑んでいるのに目が笑っていない。

クロウリーさんやケラーさんを彷彿とさせる無機質な笑み。


山下さんが、知っている山下さんではない気がして、雑談も続けないまま石を渡すことにする。

早く由香里さんの元に戻りたかった。


「ありがとうございます――これ、悟に言われたパワーストーンです」


山下さんは「へぇ、これが……」と袋に入れられたパワーストーンを覗くと、私に微笑んだ。


「……普通に見た感じだと、ただの綺麗な石だね」


どこか壊れた微笑に、少し鳥肌が立つ。


――やっぱりおかしい。


まだ心の病気が治りきっていないのだろうか?

大丈夫か心配になって来ている間に、山下さんは続けて口を開く。


「――そういえば、君をアイゼンベルク様に引き渡せば、『選別』の基準を緩める話って知ってる?」

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