二話 魔法国家(1)
「茜――?!」
急に倒れ伏した茜を揺り起こそうとして、思いとどまる。
――脳卒中……いや、どちらかというとオカルト寄りか?
茜の前世録を見ている最中だった……なら、前世に関する可能性が高い。
「お父さん、どうしたの?」
異変を察知したらしいミライと子どもたちが、ぞろぞろと寝室に入ってくる。
中途半端な体勢で倒れた茜を見つけた瞬間、駆け寄ってきた。
「お父さん、お母さんどうしたの?」
「分からない……急にこれを見ていたら倒れたんだ」
「このノートは何?」
覗き込もうとする優希と朋里をそっと遠ざけ、前世録を閉じる。
――これは、見せたら後から怒られる……。
「これは……お母さんの黒歴史だから、見たらだめ」
「黒歴史って?」
「恥ずかしい記憶ってことよ、優希」
「お母さんにも、恥ずかしい記憶あるの?」
「お母さんも優希たちくらいの時があったんだから、あるよ」
少し笑いながら答えると、優希は「そっか!」と笑って返してきた。
――理解してるんだか、してないんだか……。
「お母さん、大丈夫かな……」
朋里が心配そうに茜の背中を撫でる。
「そうだね、心配だよね……お母さんも頑張ってるから、僕たちも応援しようね」
「うん」
心配する子どもたちに、寝室から追い出されるようにして、リビングで由香里さんのご飯を食べてくるよう促す。
不承不承ながら由香里さんのありがたく美味しいご飯を完食し、一通りの家事を終わらせてから寝室に戻る。
「お帰り、お父さん」
「ただいま」
「あら、川の字? 可愛いわね」
優希と朋里は、そのまま歯磨きもせずに寝入ってしまったようだ。
「いっか、今日はこのまま寝てしまおう」
「ちょっと狭くない?」
「抜け出して広いところに行けばいいよ」
「えー……それはいいや」
「ふふふ。じゃあ、みんなおやすみね」
「おやすみ、由香里さん」
「今日もありがとうございました」
「いえいえ、おやすみ」
少し手狭になってきたベッドで、久しぶりに家族一緒に眠る。
茜は優希と朋里に挟まれて窮屈そうだったけど、まぁ許容範囲内だと思う。
日中、アイゼンベルクたちが家に来ていたことは忘れて、束の間の幸せに浸ることにした。
翌朝になっても、茜は目覚めなかった。
心配そうな朋里と優希を見送り、職場にも休むことを伝えると、寝室で作業を始める。
目覚めない茜は心配だったけど、昨日一日で得た情報が多く、まとめるにはちょうど良かった。
「お父さん見て――お母さんの前世録に『アイゼンベルク』の名前があるよ」
「……どうやら、茜の前前世は本当にアイゼンベルクと関わりがあったみたいだね」
ノートの記録を改めて確認する。
ノートは一番最近の前世から順に記録されている。
ちなみに前世は猫のタマ。
一緒に暮らしていたのは、先に妻を亡くした高齢者――前世の僕だ。
中学生の頃、茜が楽しそうに語っていたのをよく覚えている――運命の人だって。
――中学生の頃は、まだ付き合ってもなかったのにね。
軽く苦笑いしながら、前前世であるハナ・シュミットの記録を確認する。
ドイツ人と日本人のハーフ
霊が視えた
水晶の勾玉を通して精霊にお願いごとをしていた
ティーノという仲の良い年下の友達がいた
アイゼンベルク邸でメイドとして働いた
エルザという仲の良い同僚がいた
最期はエルザに殺された。恨みはなかった――
「この水晶の勾玉って、たぶんパワーストーンのことだよね?」
「その確率が高いだろうね」
「このティーノっていうのが、アイゼンベルクのことかな?」
「コンスタンティン・フォン・アイゼンベルク……ティーノ……なるほど?」
記録を読んでいる間にも、アイゼンベルクへの敵対心がマグマのように湧き上がってくるのが分かる。
「お父さん、イライラしすぎじゃない?」
「あ、ごめんごめん。茜のことになるとつい……」
「ホント、良くも悪くもだよねぇ」
「しょうがない。僕は茜の『運命の人』なんだから」
「ほらー、それすらも敵対心煽ってるよ。僕に言っても意味ないのに」
「ごめんごめん」
この敵対心は止められない。
僕にとって、茜は世界そのものなのだから。
他の誰かに奪われることは、すなわち世界の崩壊に繋がる致命打だ。
「それにしても、茜の前前世と今がこんなに繋がるなんて……」
「変な偶然もあるもんだよね」
「それこそ、本当に運命なのか……人生、よく分からないね」
「僕は機械的生命体だから、あんまり関係ないけどね」
「そこ逃げないでよ」
「事実だし?」
前世録を改めて眺めていると、茜がむくりと起き上がった。
だが、起きてすぐの表情は、茜の顔なのに茜のものではなかった。
「あ、お母さん――」
「(ここは――?)」
突然発せられた言葉に、僕とミライは硬直した。




