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第2部 神の喪失  作者: 小島もりたか
2章 遺物
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一話 目的(23)

「……?」


強い血の匂いで目が覚める。

目を開いた先にいたのはエルザだったけど、その背後には独房のような格子が見えた。


「――?」


身体が動かない。俯くと、椅子に縛り上げられていた。


「――ひぇ」


周りを見渡すと、棘だらけの椅子や三角形の奇妙な台、枷の付いた台に鞭らしきものが並んでいる。

血の跡は一つも見当たらないのに、不思議と鉄臭い匂いだけが濃く残っていた。


私が驚く様子を見て、エルザが眉尻を下げながら微笑んだ。


「ようこそ、私の本当の部屋へ」

「エルザ……」

「やっぱりあんまり驚かないのね」

「その……」


どう言おうか迷っていると、エルザは私の顔を両手で包み込んだ。

嗅ぎ慣れた、エルザの腐敗臭に包まれる。


「――何か視えてるの?」

「うん……エルザ、いっつも怨霊を引き連れてたから……時々増えるし」

「私が怖くなかったの?」

「怖いとも思ったけど……私には優しかったし」

「ふふっ」


エルザは自身の額を私の額に当てる。


「本当に、可愛い――」

「でも殺すのね?」

「うん、ごめんね。奥様から言われたの」


「はあ」とエルザは深いため息を吐いた。


「若様が縁談について反対しなければ問題なかったのよ……でも、ハナに恋心を抱いたせいで……本当にとばっちり」

「え? ティーノが私を?」


いきなりの発言に、乾いた笑いが漏れる。


「ないない――ただの友達だよ」

「ハナ、あなたが一方的にそう思ってるだけで、若様は結構好きだったみたいよ」

「えぇ……」

「本人的にはアピールしてたみたいだけど、気が付かなかった?」

「え? 全然……」


困惑する私に、エルザは呆れたように首を振った。


「ちょっと若様が可哀想になったわ……」

「えぇ……殺されるのは私なのに?」

「でも、ちょっと嬉しいんでしょ?」

「え……嬉しいわけ……ある……のか?」


――いや、少しだけ、あるかもしれない。


自分の本心に気付いて、少し焦る。


正直、自死が嫌なだけで生き続けていた日々だった。

このまま死ねるのなら、楽になれてちょうどいいと思っている自分が、はっきりといる。


「――でも、楽しいこともあったよ?」

「そうね……私もあなたと過ごせて、とても楽しかったわ」


悪戯の共謀者のように、私とエルザは笑い合う。

そしてエルザは再び悲しそうに眉尻を下げた。


「だから本当に残念なの。どちらかというと、ハナより若様の方を屠りたいくらいだわ」

「それはダメでしょ……?」

「そうなのよ……」


目の前で女神のように美しい女性が悩む姿は、とても絵画的だった――場所が拷問部屋なのが台無しだけど。


「あぁ、私の大好きなハナ……」


エルザは本当に悲しそうに私を抱きしめる。

そして頭を撫でながら、耳元で囁いた。


「――実は、魔法の秘密も教えてもらわないといけないの」

「……あれは、マジックだよ」

「しらばっくれてもダメよ。若様の部屋であなたの魔法を見てたのは、若様だけじゃないのよ?」

「え……? あ……」


――つまり、ティーノが知らないだけで、常に誰か護衛がついていたのか……。


エルザが悪戯っぽく人差し指を口に当てる。


「これは誰にも言っちゃだめよ?」

「言えないじゃん?」

「ふふっ、そうね」


エルザはとうとう私の膝の上に座り、寛ぎ始める。


「それで、魔法の使い方を教えて?」

「――教えないと……?」

「ご・う・も・ん。でも、ハナは綺麗なまま終わりにしたいから、その前に教えてほしいの」

「拷問は……嫌だなぁ」


周りの拷問用具を見渡して、苦笑いしてしまう。

せがむように、エルザは「ね?」と小首を傾げた。


「いいけど、ティーノも使えなかったから、他の人も使えないかも」

「いいわ。方法さえ教えてくれれば、奥様も旦那様に叱られないと思うし」

「えーっとね……」


服の中から、首飾りの勾玉を取り出してもらう。


「いつも握っていた物ね?」

「そう。この石を通じて、精霊たちにお願いするの」

「どんな感じでお願いするの?」

「呼び出したい精霊を呼んで、お願いする感じ」

「試すわ――石は貰うわね」

「うん――」


いつも身につけていた首飾りが首元からなくなり、ふと不安になる――どうせもう死ぬのに。


エルザが石を握って祈るが、やはり何も起きない。

――それでも、石を握り祈る彼女の姿は、とても美しかった。


「うん、やっぱりだめね。神様なんて信じてないもの」

「神様じゃなくて、精霊なんだけどなぁ……」

「精霊と仲良くないと叶えてくれないんじゃないかしら?」

「それは……あるかも?」

「じゃあ私には一生無理そうね」


妖しく、エルザは笑う。


「ティーノでも無理だったから、他の人も難しいかもしれない」

「そうね。そういうことにしておくわ」


「さて」と、エルザが優雅にオレンジジュースを運んでくる。


「あなたが大好きなジュースよ」

「ありがとう」

「この中に強めの睡眠薬が入ってるわ。飲んだら、そのままあなたは目覚めない」

「毒ってこと?」


「違うわ」と、エルザは微笑みながら首を振る。


「ハナが深く眠ってから、あなたの首の骨を折るわ。二階の窓から落ちたことにするから」

「痛くないようにしてくれるんだね。ありがとう、エルザ」


エルザは手の紐を解いてくれた。

ジュースの入ったコップを受け取るとき、エルザの手が一瞬止まったけど、ちゃんと渡してくれた。


「ごめんね、ハナ。大好きよ……」

「あ、ティーノ――若様にごめんって謝っておいてほしいんだけど、いい?」

「分かったわ。可能な限り伝える」

「ありがとう、エルザ」


そうして私は、薬入りのジュースを飲み干した。

さっきのジュースとは違って苦味はなく、ただただ甘酸っぱい味が私の胃を満たしていく。


強いと言っていただけあって、あっという間に眠くなってくる。


強い眠気に抗いつつ、最期に口を開く。


「おやすみ、エルザ――これで自由になれる、ありがとう……」


最期に目にしたのは、死の女神様の優しい微笑み。


――ごめんねティーノ、先に自由になるよ……。


「おやすみ、ハナ……」


どこからか雫が落ちて、頬を伝っていった気がした。

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