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第2部 神の喪失  作者: 小島もりたか
2章 遺物
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一話 目的(22)

「嫌です! 私はその話は受けません!!」


世間では休日の日中。開けた窓からどこからかティーノの怒声が風に乗って入ってきた。


――何があったんだろう?


耳を澄まして聞きたいところだったけど、生憎仕事中だ。窓の枠をせっせと拭き上げる作業に戻る。


――今晩行く日だから、その時に何があったのか聞いてみよう。


早いことで、私がこのアイゼンベルク邸で住み込みで働くようになって約二年が経過した。気が付けば、ここでの生活や仕事が当たり前になり、エルザ以外の使用人の態度もかなり軟化してきていた。


初めて旦那様にマジックを披露して以降、月に一回程度披露し、タネを売る取引をしているけど、今のところなんとかなっている。


相変わらず、エルザの背後霊――もとい怨霊は増えていく日々だけど、エルザとは良好な関係を築けていると思っている。


「次の部屋行こうか、ハナ」

「うん!」


相変わらず女神のように美しいエルザが、物語のワンシーンのような所作で仕事をしていく。


「……若様、喧嘩してるみたいね」


クスリとエルザが微笑んだ。

エルザはゴシップネタが大好きで、本人曰く『生き甲斐』らしい。

まぁ、本職に通じるものがありますしね……とは口が裂けても言えない。


「さっきの声はやっぱり若様なんだね」

「えぇ、たぶん許嫁の件で揉めてるんじゃないかしら?」

「許嫁……」


――そうか、ティーノは貴族で大金持ちの令息だもんね……。


許嫁なんて全く考えたことがなかったので、改めてティーノとの身分の差を思い出す。


エルザが私の顔を窺うように覗き込む。


「……どうしたの?」

「いや、どんなリアクションするのかなって」

「え? なんで?」


やはり私とティーノの関係を知っているのかと、冷や汗が流れる。


私を見て、エルザは改めてニコリと微笑んだ。


「意外と興味はないのね」

「若様とはほとんど接点がないからねぇ」

「そう?」

「しかも、結構年下でしょ。接点があったとしても、可愛い弟みたいな感覚だと思うよ」

「私からすると、五歳なんて誤差みたいなものよ」

「そうなの?」


エルザは確か今年で二十八歳くらいだったはずだ。


――私はまだ十五歳だけど、エルザからすると五歳下は二十三歳……まぁ許容範囲といえば許容範囲内か。


私の場合の五歳下は十歳……かなり幼く感じる。


――ティーノも許嫁かぁ……きっと可愛らしくてお上品なお嬢様なんだろうなぁ……。


いいなぁとほんわかとしていると、私の顔を覗き込んでいたエルザに笑われた。



その日の晩、いざティーノの元へ行こうと窓を開けると、隣の部屋のエルザと目が合った。


風に涼みながらビールを飲んでいたらしいエルザが「やっほー」と笑う。


「ジュース出すから、こっちで一緒に飲む?」

「――うん!」


何度も私の部屋で夜におやつを食べながらお話ししたことはあるけど、エルザの部屋に呼ばれたことは今回が初めてだ。断る理由なんて思いつかなかった。


心の中でティーノに謝りつつ、ニョルズに頼んでティーノに行けないことを伝えてもらう。


「お邪魔します」

「いらっしゃーい」


初めて入ったエルザの部屋は、彼女に似合わないほど簡素だった。

長く務めているらしいのに、私物も全然ない。

生活感もほとんどなく、単に寝るだけの部屋のような印象だ。


「はい、オレンジジュース」

「うわー、嬉しい!」


有難くジュースと肴のジャーマンポテトをいただく。

オレンジジュースは久しぶりに飲んだせいだろうか、美味しさの中に苦味がほんのりあって、少し違和感があった。


「今日はどうしたの?」

「んー、嫌な仕事が入ってね。心の整理をしていたの」

「嫌な仕事……?」


エルザは頷きもせず、私の髪に手を伸ばしてクルクルと遊び始める。


「私ね、ハナのこと、大好きなの」

「え?」


急な言葉に心臓がドキリと跳ねる。


「私も、エルザのこと大好きだよ……」

「ありがとう。嬉しいわ……ハナって、いつ死んでもいいやって思ってるでしょ?」

「……え?」


突然の図星を突く言葉に思考が停止してしまう。


不思議と目蓋が重くなってきて、視界がぼやけ始める。


エルザは私に構わず続ける。


「私も同じなの。本当は今死んでもいいと思ってる――だから、ハナに共感して、妹みたいに思ってた」

「……」

「でもね――」


声と視界が遠くなる。急激な眠気に襲われた。


――だめ、寝ちゃいけない……。


頭の片隅でエルザに薬を盛られたんだと思ったが、抵抗するには既に遅かった。


完全に意識を失う前に、エルザが「ごめんね――」と悲しそうに微笑んだのが見えた。

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