一話 目的(20)
「前に話したエルザさん、覚えてる?」
いつもの夜の邂逅。チェスの駒を一つ進めながら、私は問いかける。
「覚えてるが、どうした?」
「やっぱり何も知らない?」
「私は会ったことがないな」
「そうか……」
――始末人がいることは、子どものティーノにはまだ知らされていないみたい……。
「だから、エルザというメイドがどうしたんだ?」
「――エルザさんに、私が夜に窓からどこかに行っているのがバレているかもしれない」
「――なっ、魔法は使っているんだろ?」
「流石に出る時には窓を開けるから――今日は出た後、閉めてきたけど」
「流石に気にしすぎではないか? 三階なのだろ?」
「そうだけど……」
――エルザさんは始末人だから、もしかしたらティーノに会いに行っていることに気が付かれているかもしれない。
とは言えない。
「メイドとしても家で会えないのに、夜来ることが減ったら意味がないではないか……」
しょぼしょぼと言うティーノ――先手を打たれた。
「やっぱり、減らしたら悲しむ?」
「悲しい。非常に悲しい」
「だよねぇ……」
よしよしと頭を撫でてあげると、クシャッとした可愛い笑顔を浮かべた。
どうしようか……と悩んでいる間に、エルザ経由で旦那様から呼び出しを受けた。
――やっぱりバレてた……?
と震えながら面会に行くと、書類仕事をする旦那様が忙しそうに執務机に座っていた。
「今日の昼食時に、君の手品を披露してもらってよいか? 緊張しなくていい、妻と私しかおらぬ」
「――はい……」
――いや、無理だよ。緊張は絶対するって! 今だって凄く緊張してるのに……!
それだけ伝えられると、執務室から早々に追い出される。
エルザを見上げると、楽しそうに笑んでいた。
「エルザさん……緊張しすぎて無理なんだけど……」
「大丈夫よ。いつも通りスープを熱々にしたらいいんじゃない?」
「いや、緊張しすぎて失敗しそう……」
「大丈夫、大丈夫。失敗したくらいで使用人をクビになったりしないよ」
「うぅ……」
――そういう問題じゃないんだけど……。
エルザに頭を撫でられていると、少し落ち着いたけど、午前中は緊張でまともに掃除ができなかった。
ソワソワしている間に昼食の時間になる。
旦那様達の食堂に通されると、早速マジックを催促された。
「――何か、ご希望はありますか?」
震える声で旦那様に問いかけると、「取って食いはしない」と笑われた。
「では、一番得意な手品を頼もうか」
「分かりました……」
――得意な手品って何?!
考えるけど何も思いつかない。
――え、どうしよう。何もない……。
咄嗟に一緒に立ち会ってくれたエルザの顔を見ると、いつもの女神みたいな笑顔で一つ頷いてきた。そして口を少し窄める。
――あ、スープね、スープ!
「……では、何か冷たい飲み物はありますか?」
「このコップの水はどうだ?」
「……」
旦那様は透明なグラスを手に取った。
――ぐっ、想定外! グラスに氷水……!
「……分かりました。では、ちょっと自信はないですが、そちらのグラスの水を熱々にしてみま――あ、グラスは耐熱ですか?」
「……まあ、割れたら割れた時だ」
笑う旦那様。
――そのグラスも高級品な気が……まあ、もうなるようになれ。
「では、始めます」
私は服の上から石を握り、ウンディーネにお願いをする。
グラスの水からウンディーネが氷をカランと言わせながら顔を出して、手を振ってくる。
――お願いします。
ウンディーネが水の中に姿を消すと、みるみるうちに氷が小さくなり始めた。
「おぉ……」
「凄いわね……」
すぐに氷はなくなり、今度は小さな気泡が現れ始める。
――終わったかな。
グラスが割れなかったことに安堵しつつ、報告する。
「――どうぞ、熱々になりました」
「どれどれ……熱っ! これは持てないな」
「本当に熱いですわね」
ご夫妻、給仕の人たちがみんな興味津々でグラスを見る。
「凄いな……タネが全く分からない」
「本当に魔法のようですわ」
目を爛々と輝かせながら、旦那様は私を見た。
「素晴らしい、本当に魔法みたいだ。他に何かできるか?」
「えーっと……火を出してみましょうか?」
「やってみなさい」
今度はロギにお願いして、ティーノに何度もせがまれて見せた青い炎を手に出してみる。
「おぉ……!」
「まあ!」
パチパチと拍手してくれる夫妻に曖昧に笑いながら、火を握り潰す。
旦那様が少し前のめりになっていることに気がつく。
目の色が変わっていた。
さっきまでの貴族の顔ではない。獲物を見つけた人間の目だ。
――やらかしすぎた?
そう思ったが、既に遅かったようだ。
「――先程の二つの手品、タネを明かしてもらおうか? 対価は払う」
視界の端でエルザが楽しそうに笑んでいるのが見えて、詰んでいることを悟る。




