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第2部 神の喪失  作者: 小島もりたか
2章 遺物
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一話 目的(20)

「前に話したエルザさん、覚えてる?」


いつもの夜の邂逅。チェスの駒を一つ進めながら、私は問いかける。


「覚えてるが、どうした?」

「やっぱり何も知らない?」

「私は会ったことがないな」

「そうか……」


――始末人がいることは、子どものティーノにはまだ知らされていないみたい……。


「だから、エルザというメイドがどうしたんだ?」

「――エルザさんに、私が夜に窓からどこかに行っているのがバレているかもしれない」

「――なっ、魔法は使っているんだろ?」

「流石に出る時には窓を開けるから――今日は出た後、閉めてきたけど」

「流石に気にしすぎではないか? 三階なのだろ?」

「そうだけど……」


――エルザさんは始末人だから、もしかしたらティーノに会いに行っていることに気が付かれているかもしれない。


とは言えない。


「メイドとしても家で会えないのに、夜来ることが減ったら意味がないではないか……」


しょぼしょぼと言うティーノ――先手を打たれた。


「やっぱり、減らしたら悲しむ?」

「悲しい。非常に悲しい」

「だよねぇ……」


よしよしと頭を撫でてあげると、クシャッとした可愛い笑顔を浮かべた。


どうしようか……と悩んでいる間に、エルザ経由で旦那様から呼び出しを受けた。


――やっぱりバレてた……?


と震えながら面会に行くと、書類仕事をする旦那様が忙しそうに執務机に座っていた。


「今日の昼食時に、君の手品を披露してもらってよいか? 緊張しなくていい、妻と私しかおらぬ」

「――はい……」


――いや、無理だよ。緊張は絶対するって! 今だって凄く緊張してるのに……!


それだけ伝えられると、執務室から早々に追い出される。


エルザを見上げると、楽しそうに笑んでいた。


「エルザさん……緊張しすぎて無理なんだけど……」

「大丈夫よ。いつも通りスープを熱々にしたらいいんじゃない?」

「いや、緊張しすぎて失敗しそう……」

「大丈夫、大丈夫。失敗したくらいで使用人をクビになったりしないよ」

「うぅ……」


――そういう問題じゃないんだけど……。


エルザに頭を撫でられていると、少し落ち着いたけど、午前中は緊張でまともに掃除ができなかった。


ソワソワしている間に昼食の時間になる。

旦那様達の食堂に通されると、早速マジックを催促された。


「――何か、ご希望はありますか?」


震える声で旦那様に問いかけると、「取って食いはしない」と笑われた。


「では、一番得意な手品を頼もうか」

「分かりました……」


――得意な手品って何?!


考えるけど何も思いつかない。


――え、どうしよう。何もない……。


咄嗟に一緒に立ち会ってくれたエルザの顔を見ると、いつもの女神みたいな笑顔で一つ頷いてきた。そして口を少し窄める。


――あ、スープね、スープ!


「……では、何か冷たい飲み物はありますか?」

「このコップの水はどうだ?」

「……」


旦那様は透明なグラスを手に取った。


――ぐっ、想定外! グラスに氷水……!


「……分かりました。では、ちょっと自信はないですが、そちらのグラスの水を熱々にしてみま――あ、グラスは耐熱ですか?」

「……まあ、割れたら割れた時だ」


笑う旦那様。


――そのグラスも高級品な気が……まあ、もうなるようになれ。


「では、始めます」


私は服の上から石を握り、ウンディーネにお願いをする。

グラスの水からウンディーネが氷をカランと言わせながら顔を出して、手を振ってくる。


――お願いします。


ウンディーネが水の中に姿を消すと、みるみるうちに氷が小さくなり始めた。


「おぉ……」

「凄いわね……」


すぐに氷はなくなり、今度は小さな気泡が現れ始める。


――終わったかな。


グラスが割れなかったことに安堵しつつ、報告する。


「――どうぞ、熱々になりました」

「どれどれ……熱っ! これは持てないな」

「本当に熱いですわね」


ご夫妻、給仕の人たちがみんな興味津々でグラスを見る。


「凄いな……タネが全く分からない」

「本当に魔法のようですわ」


目を爛々と輝かせながら、旦那様は私を見た。


「素晴らしい、本当に魔法みたいだ。他に何かできるか?」

「えーっと……火を出してみましょうか?」

「やってみなさい」


今度はロギにお願いして、ティーノに何度もせがまれて見せた青い炎を手に出してみる。


「おぉ……!」

「まあ!」


パチパチと拍手してくれる夫妻に曖昧に笑いながら、火を握り潰す。


旦那様が少し前のめりになっていることに気がつく。

目の色が変わっていた。

さっきまでの貴族の顔ではない。獲物を見つけた人間の目だ。


――やらかしすぎた?


そう思ったが、既に遅かったようだ。


「――先程の二つの手品、タネを明かしてもらおうか? 対価は払う」


視界の端でエルザが楽しそうに笑んでいるのが見えて、詰んでいることを悟る。

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