一話 目的(19)
「タネは明かせませんよ。マジックですから」
「えー、残念。温かいスープ飲みたいから、知りたいのに」
「え? 熱いじゃなくて?」
「私、熱いの得意だし、好きなの」
「……」
――いや、得意とか好きとかそういうレベルの熱さではなかったはずなんだけど……。
エルザの口が火傷していないか心配になってくる。
「あら、心配してくれるの? 優しいのね」
「ふふふっ」と、エルザは私の頭を撫でる。意外と心地よくてうっとりしてしまう中、ふと、異臭が鼻をつく。
――何か腐った臭い……?
疑問に思っている間に、撫で撫でタイムが終わり、手が離れていく。
それと同時に臭いもなくなった。
――腐敗臭? どこから?
そう思っていた矢先、エルザの手が血で真っ赤になっていることに気が付いた。
「?!」
「? どうしたの?」
「エルザさん、手が真っ赤――」
言っている途中で気がつく。これは霊視の方の視点で視えているものだと。
「え――?」
エルザも自分の両手を確認する――が、やはり何もなくて首を捻る。
「すみません、見間違いでした……」
「そう?」
そして、少し愉快そうにするエルザを霊視して――後悔した。
――なにこれ……?
エルザに怨みを持っていそうな霊が、彼女の背後を取り囲んでいた。ゾンビのようにボロボロになった怨霊達はエルザの顔を睨みながら覗き込んでいるが、それを知らないエルザは飄々としている。
――なんで、こんなに怨霊が……?
そして、気がつく。先程の腐敗臭もエルザからしていたのだと。
「……」
冷たい汗が背中を伝う。
――アイゼンベルク家の始末人だ。
「? どうしたの? ハナ?」
「いえ……なんでもないです……」
――やっぱり、とんでもない人だった。
と思ったが、しかし、恐らく旦那様に先輩達の件が伝わり、監視命令が出されたのだろう。
――やらかした……。私なんかに絡みにくるなんて、絶対理由があるに決まってるじゃないの……。
しばらく大人しく生きようと心の中でひっそりと誓って、私はスープを飲み干した。
しかし、監視目的か、あるいは本当に気に入られたのか、エルザはことあるごとに私に絡んでくるようになった。
「ねぇ、ハナ。私、動物の解体が好きなのだけど、今度私の手作りソーセージ食べる?」
――動物は人間ですか?
「一人で豚を捌くんですか?」
「そうよ。豚を捌くのも意外と楽しいわよ。今度一緒にしてみる?」
――人間の豚ということですかね?
「いや、私にはちょっとキツそうなので、大丈夫です」
「あら残念。ならソーセージは食べる?」
「エルザさんの捌いた豚のソーセージなら、ぜひ食べてみたいです」
「あら嬉しい。じゃあ、今度持ってくるわね」
「ありがとうございます」
気がつくと、私の教育担当が先輩からエルザに変わっていたし、昼食時に先輩や私を虐めていたメイド達を見ることもなくなっていた。
心配になって、エルザの背後にいる怨霊たちの中に新顔のメイドがいないか探したけど、見つからなかったので逆に安心した。
「先輩達、最近見ないんですけど、どうしたか知っていますか?」
大丈夫そうだったので、逆に聞こうと思えた。
エルザは可愛い目をクリっとさせて笑う。
「理由は知らないけど、クビになったみたいよー」
「そうなんですね」
「魔女の呪いが効いたわね」
「そこまでは呪ってませんよ?」
「少しは呪ったんだ?」
「それは言葉のあやです」
「熱々スープ飲めてたのにねー」
「いや、熱々というか、熱湯ですけどね」
あの日以来、エルザは毎日のようにスープや飲み物を熱々にしてとおねだりしてくるようになった。
――まぁ、別の人に毎日してたからいいんだけども……。
その代わりか、エルザなりのお礼なのか、時々お手製のソーセージ等をくれる。人肉でできていないか不安になることも多々あるけど、とりあえずかなり美味しいので、貰えると嬉しかったりする。
あまりに不安だったので、一度だけ精霊に人肉じゃないか調べてもらったら、『違うよ』と言われたので、それはもう安心した。
今日もエルザは私と一緒の部屋で作業している。素早く丁寧な動きでベッドのシーツを付け替えている様子はとても絵になる。
「――そういえば、昨日は寒かったのに窓を開けて寝ていたの?」
「――っ」
エルザの何気ない質問に心臓が跳ねる。
昨晩はティーノの所に行っていた日だ。扉からだと屋敷の人間に見つかる可能性が高くなるので、窓から移動しているのが仇になったらしい。
「――探し物してたら、埃が酷くなっちゃって……私、埃で鼻が詰まってきちゃうみたいで、なるべく換気するようにしてるんです」
全てを見透かしているように、エルザは怪しく笑う。
「あら、それは大変ね。風邪を引かないようにね――夜は冷えるから」




