一話 目的(12)
あの日帰った後、私はパパにティーノを泣かせたことに関して、こってり怒られた。
「クビになったらどうしよう……?」
そんなふうに思い詰めていたけど、パパの仕事は普通に継続した。
ただし、私は出禁になった。
――ティーノ、拗ねてるかなぁ……。
そう思いながら、家をこっそり抜け出してアイゼンベルク邸に向かう。
魔法を使ってこっそり邸宅に侵入すると、ティーノが布団にくるまって団子みたいになっていた。
ティーノ以外誰もいないことを確認してから、開けられた窓から部屋に入る。
枕元に立ち、小声で声をかける。
「ティーノ……」
「?!」
ガバッと跳ねるように、ティーノは布団を跳ね除けて起き上がった。
「ハナ!」
目の輝かせ方が五歳児の喜びそのもので可愛い。
テンションは上がっているが、小声なのを忘れないのは流石の優秀さだった。
「約束通り、会いに来たよ」
「もう会えないかと思った!」
あまりの嬉しさに抱きついてくるので、そっと頭を撫でてあげると、嬉しそうに顔を綻ばせた。
が、すぐに我に返って離れていった。
――可愛かったのに、残念。
「ごめんね、お母様達がもう会うなって言ってきて……」
「いいよ、いいよ。そんな気はしてたから」
理由があろうと、貴族の息子が平民に泣かされたのなら、親としては気分が良くないだろう。
「今日はしばらく誰も部屋に近付かないはずだよ。誰にも会いたくないって言ったから」
「抜かりないねぇ……」
私が笑うと、「僕は優秀なんだ」と、いつもの台詞が返ってきて安心する。
「先週聞いて思ったんだけど、やっぱり魔法が使えないのは宗教観の差かなって……もう少しそこのすり合わせをした方がいいと思う」
「わかった」
ベッドの横の椅子に座り、二人で色々話し合いつつ試行錯誤するけど、やっぱり魔法は発動しない。
「うーん……普段から精霊への祈りをこまめにしないといけないのかな?」
「ハナはそうしてるの?」
「魔法をお願いしてるせいもあるけど、たぶんこまめに『ありがとう』とは祈ってるかな」
「それは、全くやってないね……これから祈ってみるようにするよ」
「うん。試してみて」
呼ばれた身ではないので、お菓子やジュースはない。けど、いつもより長く一緒にいられるから、魔法に関係のない話もたくさんした。
今までより、ずっとティーノを身近に感じる。
――ふふっ、可愛い弟みたい……私より頭いいけど。
さらっとした会話の中でも、ティーノに敵う部分はなかった。
――学校行ってないけど、私も頭はいいはずなんだけどな。
やはり本人も認めるほどの優秀さが、ティーノにはあった。
「ティーノって頭いいよねぇ……」
感心して言うと、ティーノは恥ずかしそうに頬を掻く。
「本当はそこまで頭良くないよ。すごく勉強しただけ……」
先週のティーノの境遇を思い出し、胸の奥から込み上げてくるものがある。
「ティーノ……君ってやつは……!」
頭をガシガシ撫でると、「痛い痛い!」と言いながらも、ちょっと嬉しそうにしていた。
ティーノとの交流が非公式になってから、だんだんと昼ではなく、夜に会いに行くことが増えるようになった。
昼間だと親の目もあるし、ティーノもいつ部屋に誰が来てもおかしくないからだ。
二日に一回、夜寝る前に一時間会いに行くことが習慣になった。
魔法の練習はもちろんするけど、魔法はついでで、遊ぶ方が中心になっていく。
私は最初からどっちでも良かったので、それでもいいかと思って何も言わなかった。
そうしている間に、半年、一年と月日が過ぎていき、気が付けばティーノと出会って約二年が経過していた。
「ねぇ、手加減してよ」
「今日は学校でイライラしたから嫌」
「私は今イライラし始めてますが?」
「……ふっ、僕のイライラを受け止めるがいい」
「……帰っていい?」
「ダメ」
「じゃあ手加減してよ。つまんない」
「……ちっ」
ティーノは拗ねたようにチェスの駒を倒す。
「あー、大人気なーい」
「まだ僕は七歳ですが?」
「精神年齢高いから大人でーす」
「何それ? ハナの方が年上だよね?」
「私、不登校なもんで、まだ子どもなんですぅ」
「いいよねぇ、勉強しなくていいんだから」
「代わりに就職先に困りますけどね」
「はぁ」とため息が漏れる。
「本当は魔法が使えるから、誰よりも優秀なはずなのにね……」
ティーノの言葉に、私もチェスの駒を倒す。
「魔法なんて使えても、現実社会じゃ怪しいカルトでーす」
「お父さんの医療技術を覚えたら?」
「無理無理。本は読んで知識はあるけど、基本現場を見させてもらえないもん」
「……めんどくさいね。人種差別と女性差別?」
「まぁそんなとこ……はぁ、このままだと本当に先がない……私の人生詰んでる……」
テーブルに項垂れる私に、ティーノが一つ微笑む。
「ねぇ、ここのメイドとかどう?」




