一話 目的(11)
「神様……? なんで急に?」
「いや、僕が魔法を使えない理由に、君との宗教観の差があるかと思って」
「なるほど……」
確かに……と思ったけど、考え方が五歳のそれじゃない。「頭良すぎじゃない?」と呟くと、「僕は優秀だからね」といつものが返ってきた。そこはしっかり五歳なので面白い。
「私は、神様自体は視えるからいるのは分かってるけど、基本的にそこにいるだけの存在って思ってるよ」
「神が視えるのか……?」
「そりゃ、お化けが視えたら視えるよ」
「いや、そこは……うん……」
「なんか違う気がするが……」と頭に手を当てながら悩むティーノだけど、すぐに顔を上げた。
「ハナの言い方だと、主は僕たち信者を助けてくれないみたいな言い方だけど、主は教徒である僕らを助けてくれないの?」
「助けてくれたら、飢え死にする教徒はいないよね」
私は思わず鼻で笑ってしまう。
信仰している神様が、祈ったら助けてくれるのなら、この世に不幸な死や悲しみはほとんどないだろう。
「それは……」
ティーノは言葉に詰まったのか、何か思うところがあったのか、難しい顔をして押し黙ってしまう。
「神様はね、たぶん沢山の人をまとめて導いてくれることはあるかもしれない。けど、個人は助けてくれない。だから、私は神様に祈らない」
「だから、魔法も精霊に祈っているのか?」
「そう。私は、私を護ってくれる周りの人や精霊を信じてる。神様に祈っても無駄だもの」
「しかし、神はこの世界の創造主で、この世界の主ではないか?」
「創造主でも、私たちの生き様を試したり、箱庭を放置しているような主だよ?」
「それは……」
ティーノは口を強く引き結んだ。
熱心な宗教家であれば、私は殴られてもおかしくないことを言っている自覚はある。
「……死後に地獄に行くかもしれぬのだぞ?」
「地獄って……」
ティーノの言葉に私は笑ってしまう。
「地獄って……私にとってはこの世界も大概地獄よ。ティーノみたいな純粋なドイツ人で貴族の大金持ちなら知らないけど」
「ハナ……」
眉尻を下げたティーノの表情に、私は苛立ちを覚える。
「私はこの世界が大嫌い。別に今死んだって構わないと思ってる。なんでこんなに苦しい思いをし続けなければいけないの? なんで神様はこんな世界を創ったの?」
自然と涙が零れ落ちた。一度零れたら止まらない。ティーノは無意識に私が抑え込んでいたものを一気に解き放ってしまった。
ティーノが私に駆け寄ってきて背中を撫でる。その焦りようは友だちを泣かせてしまった五歳のちびっ子そのものなのに、五歳年上の私はそれに甘えてしまう。
「ごめん、ごめんね、ハナ……こんな会話をするつもりじゃなかったんだ……ごめん」
冷たい手が私の背を撫でる。熱くなった身体にはそれが心地よかった。
「……ティーノは、苦しくないの?」
私の言葉にティーノは驚いたように、少し目を見開いた。
「僕は……僕も、本当は辛いよ」
「ドイツ人で貴族の大金持ちの子供でも?」
ティーノは悲しげに一つ頷く。
「僕には、自由がない。大きくなるまで、親に決められた時間に勉強して、ご飯を食べて、寝て、言われた通りの人と、言われた通りの会話をして……大きくなったら、一族の繁栄のために親が決めた人と結婚をする」
想像もつかなかった世界に、私は何度も目を瞬かせた。
「籠の鳥みたいね……」
「そうだね、僕は籠の鳥だ」
――だから、いつもあんなにつまらなさそうな顔をしていたのか。
やっと窓辺の彼の表情の根源にたどり着いた気がした。
そして、私を見て微笑む。
「だから、ハナとこうして会うようになって、毎日が凄く楽しくなったんだ。……ハナは違う?」
「私は……」
五歳とも、それ以上に落ち着いた大人のようにも見えるティーノの言葉に、私は何度も目を瞬かせる。
「私は、ティーノに会えて楽しくなった」
「?!」
急にティーノに抱きつかれて、驚く。
「死にたいなんて言わないで……」
小さいのに冷たい身体をした彼は、ぎゅーっと強く私を抱き締める。
「僕をまた独りにしないで」
「あ……」
泣き出した瞬間に、ティーノが五歳だったことを改めて認識する。
「ごめん……ごめんね、ティーノ。独りにしないから。呼んでくれたらまた魔法教えに来るから。呼べなくなっても、魔法でこっそり会いに来るから……」
「やくそくだよ?」
涙を零しながら下唇を出す様は、五歳児のちびっ子そのものだった。
「うん。約束する」
抱き締め返したティーノが少し暖かくなっていたことに、私はどこか安心感を覚えた。




