一話 目的(9)
結局、その日は時間が来て、魔法について教える暇もなくお開きになってしまった。
その代わり、また翌週呼び出される。
ティーノの部屋に入ると、ティーノは颯爽と執事を追い出し、本題に入る。
「やっと魔法について聞ける……。もうここ二週間、気になって気になって、夜寝付くのに時間がかかって困ってたんだ」
「それはそれは……」
――可愛いことで。
ふふふっと私が笑うと、私の内心を見透かした様にティーノは膨れた。
「ごめん、ごめん、可愛くて……」
「僕はかっこいい!」
「うん、そうだね。ティーノは格好いいよ」
そっと頭を撫でると、嬉しそうに顔を緩ませる――が、少しして思い出したように私の手を振り払った。
更に膨れる。頬っぺが弾けないだろうか?
心配だ、ちびっ子のプニプニ頬っぺが弾けるなんて、あってはならない。
「ちょっとハナ、顔を潰さないでくれる?」
「あ、ごめんごめん」
「おほん」と咳払いしてから、ティーノはソファに座った。私も勧められるまま、ソファに座る。
今日はテーブルにクッキーとジュースらしきものが置いてあったので、有難く飲む。
――美味しっ! 酸味が効いてるのに、しっかり甘くて、何この飲み物?!
初めて飲む味のジュースに、私は一気に飲みきってしまった。
「……オレンジジュース好きなの?」
「オレンジジュースっていうの? 初めて飲んだ! 美味しすぎるよこれ!」
「初めて飲んだの?」
「うん!」
「気に入ったのなら、今度も出すように言っておくよ」
「やったー! ありがとう!」
我が家は貧乏ではなかったけど、ジュースを飲む習慣がなかったので、かなり嬉しかった。
「それで、本題なんだけど……」
「魔法ね」
私は服の中から、石が付いたペンダントを取り出す。
透明な石のそれは、お母さんの国では『勾玉』と言われる形をしていた。
「何この石……?」
「『勾玉』っていうの。魔法に必要なんだよ」
そう言って私は勾玉を握って祈る。
――私はハナ・シュミット
――燃えて、全部を食べるあたたかい光、炎の精霊・ロギ、聞いてください
――私の手に青い炎をください
――お願いします
空いていた手のひらの上に青い炎が現れた。
不思議と熱くないこの炎は、ティーノの瞳を熱く照らしていた。
「――すごい! すごいすごいすごいすごい!」
「ふふふ、すごいでしょ?」
「すごい! マジックじゃないんだよね?」
「マジックじゃないよ。あ、正確には魔法でもないかも?」
「え、魔法じゃ……ないの……?」
急にしょんぼりするティーノに、私は慌てて手を振る。
「あ、ごめんごめん。正確には精霊の力を借りてるだけって言いたかったの」
「え? 精霊? 精霊も、いるの?」
再び目をキラキラさせ始めたティーノの頭を撫でながら、青い炎を握って消す。
「うん、皆には視えてないけど、いるよ」
指を上に向けると、閉じられた部屋のどこからか風がふわりと流れる。揺らりと現れたニョルズが、長い髭を揺らしながら指先の上に降り立った。
「ティーノ……視えない……?」
恐る恐る、ニョルズを指さす。ティーノは指さした場所を凝視してから首を横に振った。
「視えない。本当にいるの?」
「いるんだって! 皆いっつも私の頭がおかしいって言うの!」
パパには好奇心を向けられるけど、ママには拒絶される。ママの家族は視える人がいるらしいけど、ママはそれが嫌で逃げてきたのにって悲しんでいた。
鼻息荒く怒っていると、ティーノはしょんぼりとした。
「やっぱりさ、そういうのは一部の『選ばれた人』にしか視えないんだね……」
意外な発言に私は目を瞬かせる。
肩を落としたティーノは、本当に残念そうな顔をしていた。
――そうか、ティーノは『信じたい側』なんだ!
小さい男の子が魔法や精霊や特別な力に憧れるのは世の常であることを思い出す。
「精霊が視えない僕には、やっぱり魔法なんて特別な力は使えないよね……」
年相応にしょんぼりと――いや、泣きそうに落ち込むティーノの肩を思わず叩く。
「この魔法に力はいらないんだよ! 必要なのは特別な石と、信じる気持ち!」
「石と気持ち……?」
「そう! 石は、これみたいに、なんかメラメラって燃えてる光が出てる石!」
「メラメラが視えないから、石を見つけられないよ……」
「あー……」
私はポリポリと頭を掻く。
「とりあえず、今日は私のを貸してあげるよ」
「ありがとう……」
「こういう石って、パワーストーンって言われてることが多くて、だからパワーストーン売ってるところ探せば見つかるかも?」
「今度お母様にお願いしてみるよ」
「うん」
――お金持ちだから、今度来たらずらーってあったりするかも……?




