一話 目的(4)
魂は情報構造体であり、情報構造体は肉体を巡る――所謂、輪廻転生だ――つまり、情報構造体が視える人は、その情報構造体の記録の履歴も視ることができる。
「あります……」
小さく答える。
中学生の多感な時期にこれでもか、というほど調べた。結果、『安部茜』としての境界が揺らぎ、自分が誰なのか曖昧になって、やめた――正確には、悟に怒られて禁止された。
私の前世は他の人と同じようにいくつも存在したが、今はもうほとんど覚えていない。今は黒歴史と化したノートを確認すれば思い出せるけど、それもできるだけしないようにしている。今世の記憶だけで十分だ。
目の前の男は優しく、囁くように私に問いかける。
「(一番最後の前世の名前は『ハナ』ではないかな?)」
「ハナ――」
男は優しく私の手を取り、私の手の甲を撫でる。
「(そうです、よく思い出してみてください。あなたは知っているはずだ)」
「ハナ……」
「(そうです、ハナです)」
記憶が呼び起こされる。
――彼は、ティーノは小さいのに、いつもつまらなさそうな顔をしていた男の子だった。
豪邸に住んでいるお金持ちなのに、見上げる度にいつも頬杖をついて、ブスッと外を眺めていた。
「――」
ふと、目の前にティーノの面影が残る青年がいることに気がつく。
「ティーノ……?」
「!?」
キツく手が握られる。痛みに顔を歪めると、力が緩んだ。
「ハナ……」
頭がぼぅっとして、『ハナ』という単語が頭の中で繰り返される。
――そうだ私は……ハナ
様々な前世の記憶が呼び起こされ、『私』の定義が曖昧になっていく。
――……違う……ん? ハナだっけ?
「(大丈夫です、今度は守り抜きますから……)」
男が優しく囁く。
――なんだろう、大切なことを忘れかけてる気がする……。
ふわふわするような不思議な感覚に、抗いたいという気持ちが、ポロポロと指の間からこぼれ落ちていく。
――(私はだれだっけ?)
「(ハナ、私と共に行きましょう)」
――(そうだ、私はハナ……ハナ・シュミット……)
頭の中でカチリと何かが切り替わろうとしているのがわかる。
――(ドイツにいて、お母さんが日本人)
「(ねぇ、ティー)」
「?!」
突如、目の前でオレンジ色の光が弾けて消えた。
それはいつだったかに見た光――そうだ、クラゲ侵攻の時に悟が祈った時の石の光だ。
「――っ?!」
ズキンと一度頭痛がした。思考が一気にクリアになる。
――私の情報構造体が干渉されかけていた……?!
急にクリアになった頭で、自分の思考にモヤがかかっていたことに気がつく。
――抗うつ薬の影響もあるだろうけど、それ以上に思考力が奪われていた……?
ティーノとの再会を喜ぶ私の記憶を、頭を振って追い払う。記憶は悲鳴を上げながら、頭の片隅に追いやられていった。
――思考や記憶まで書き換えようとするなんて……!
MRグラスをかけていたクロウリーは面白そうに笑み、アイゼンベルクは一瞬残念そうに眉尻を下げた。
――ふざけないで!
胸の奥で火の玉が弾けた。
「違います。私の前世は『タマ』です。日本で飼われていた猫でした!」
私が鼻息荒く答えても、それでも男は余裕たっぷりに微笑んだ。
「(それは、残念です)」
急に外が騒がしくなる。希望の気配に私は背筋が伸びた。
バタバタと激しい音をさせながら、誰かが駆けてくる。
「――茜!」「お母さん!?」
リビングに転がるように駆け込んできた二人は、部屋の状況を見るなりテーブルに座るアイゼンベルクとクロウリーを睨んだ。
「(もう少しで、手が届きそうだったんですがねぇ……)」
残念そうなその声だけが、やけに近くに聞こえた。




