一話 目的(2)
「(それでは、建前はこれで終わりにして、本題に入りましょうか)」
アイゼンベルクさんがMRグラスをカチャリとかけ直しながら言った。
彼の言葉に、指先から冷えていくのが分かる。
薬を飲んでいてもなお、恐怖や不安が押し寄せてくる。
相変わらず禍々しいオーラを放つアイゼンベルクさんの存在も、それに拍車をかけてくる。
――悟、お願い、帰ってきて……。
固く目を瞑り、ズボンの膝あたりの布を強く掴んだ。
「今、何を念じているんですか?」
「――?!」
クロウリーさんの言葉で我に返る。
霊視装置で観測されるのは、完全に不意打ちだった。
――こんなことまで観測されるなんて……。
――最終手段まで奪われた。
背筋が冷たくなる。
私の反応を見て、クロウリーさんは口角を少し上げる。
「(今は私達とゆっくり話してくださると嬉しいです)」
――無理ですが……?
そんな私にお構いなしに、アイゼンベルクさんは持参したコーヒーを飲み始める。
そうして優雅に飲んだ後、パワーストーンを一つ、ことりとテーブルに置いた。
「(実は、情報構造体の可視化に成功したものの、こちらの研究の糸口が掴めないままなのです)」
「――」
私の表情をうかがうような視線に、頭がクラクラし始める。早く解放されたい、悟や家族に会いたいと強く思った。
「(私の勘はよく当たるのですが、茜さんは何かご存知なのではないでしょうか?)」
「……」
思わず視線を逸らす。その仕草だけで、もはや答えを返しているようなものだったけど、今の私にはうまく適切な行動ができなかった。
クロウリーさんが、薄く笑う。
「何か知っているようなら、今答えていただければ嬉しいのですが……」
「いえ……特には……」
「茜さんの今の不調は、日本で暮らしているせいではありませんか? 我々はあなたを心配しています。場合によっては、茜さんの意に反しても、一般世間から隔絶した社会で保護することも検討しています」
クロウリーの言葉に鳥肌が立った。
――つまり、教えなければ、拉致するってこと??
彼らは意図的に、悟やミライや、私の家族がいない時を狙ってやって来ている。
ミライや悟が想像した最悪のパターンを実施しに来ている。
――どうしよう。どうしよう。どうしよう……?
視界が揺れる。
身体が震える。
彼らはそんな私を観察するように、じっと視線を外してくれない。
「――」
――もし、伝えたら、世界はどうなる……?
世界に復讐しようとしている可能性が高いアイゼンベルクが、パワーストーンの使い方を知ってしまったら……?
――いや、現段階では、パワーストーンで出来ることは……そう、現段階では、あまりない。
ただし、それは検証していないからという前提は、胸の奥に押し込める。
「――っ」
強く瞼を閉じて、覚悟を決める……。
――今の私には最善の選択は選べない。
「……祈りに手順があると思っています」
「……ほう?」
クロウリーとアイゼンベルクが少し前のめりになる。
「日本の神社での参拝方法は知っていますか?」
「二礼二拍手一礼ですか? ――それは試しました」
「形式的にはそれですね。では、祈る内容は試しましたか?」
「いえ、試してません。どんなものでしょう?」
「簡単にまとめると、名乗って、神様に感謝して、お願いして、よろしくお願いしますで締めるというものです。知っていますか?」
「聞いたことはありますね。が、試してはいません」
不気味に笑うアイゼンベルクは視界に入れないようにしながら、できるだけ表情のないクロウリーに集中する。
が、しかし、話しかけてきた。
「(あなたは試したのですか?)」
「……はい」
「(何かあったのですか?)」
「……ありました」
「(素晴らしい……! 今、再現可能ですか?)」
「……はい」
アイゼンベルクとは視線を合わせないまま、テーブルに置かれたトパーズのパワーストーンを両手に握る。
祈る内容はもちろん
――悟、ミライ、早く帰ってきて……!
石がピィィィンと鳴き、黄緑色の光の輪が石から出ると、一瞬で広がって消えた。
「アウスゲツァイヒネット!」
アイゼンベルクの歓喜がリビングに響く。
クロウリーも恐ろしいほどの笑みを讃えていた。
「素晴らしい……茜さん、素晴らしいです!」
私は震える手で石をテーブルに戻す。
「恐らく、石の起動には、自己定義、現状定義、依頼、開始命令が必要です」
「なるほど……」
クロウリーが石を手に持ち、祈るが何も起きなかった。
「祈りは、恐らく心の底から祈ったものしか反応しません」
「……」
クロウリーは再度石を持ち直し、祈った。今度は石が反応する。
――ああ、成功してしまった……。
「――Yes!!」
「アウスゲツァイヒネット!」
二人だけでなく、警護の人達も狂喜してガッツポーズをする。
あまりの喜びように、私は固まって動けなかった。
「(茜、やはり君は私の『運命の人』だ)」
アイゼンベルクは私に握手を求め、私の手を強く握る。骨が折れそうなくらい強く握られ、振り払うことも出来ない。痛みで少し顔が歪んだ。
「(私と共に生きませんか?)」




