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第2部 神の喪失  作者: 小島もりたか
1章 霊視装置
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三話 革命(2)

『魂と情報構造体について論文を出しませんか?』


クロウリーさんからの提案メールを見た瞬間、鳥肌が立った。


――無理無理無理無理無理無理無理無理!


「どうしたの? 顔色悪いよ?」


私の異変に気付いた悟に、メール画面を見せる。


「あー……来ちゃったね」

「私は、出したくない」

「一回断って、様子見してみようか?」


私は無言で頷き、メールの文面を打つ。

悟とミライにチェックしてもらい、そのまま送信――すると、ほとんど間を置かずに返信が来た。


「ひぃ! 早すぎる――!」

「どれどれ?」


マウスすら触りたくない私の代わりに、ミライがメールを開く。


「えーっと……『できれば、アニミズムが息づく日本人であるあなた達に執筆していただきたい。査読が通る程度の、霊視能力者の脳波と霊視装置の結果を比較した検証データも提供します』……って、めっちゃ譲歩してくるじゃん。怖っ」

「怪しさ満点だねぇ……」

「無理無理無理無理」

「彼らの目的はなんだろう?」

「お母さんたちを世界に認知させて、他の研究にも着手させたいんじゃない? ――パワーストーンとか」


「ひぃ……」


小さく震えが漏れる。


「ダメだよ、悪用される気しかしないよ!」

「そうだね。幸か不幸か、ミラ島の研究者たちは僕たち――とりわけ茜の能力を高く評価してる。このまま縁を切られるのが嫌なんだろうね」

「夜逃げしたい!」

「たぶん無駄だねぇ。むしろ悪化するんじゃない? 幽閉とか」

「無理ぃ!」


私は頭を掻きむしり、そのままテーブルに突っ伏した。


――無理……本当に無理……。


「茜、僕から断りの返信をしておくよ。ちょっとオレンジジュースでも飲んできたら?」

「そうそう、それがいい。ほら、冷蔵庫行っておいで!」


優しい二人にうまく部屋を追い出される。

もちろんノートパソコンは没収された。


リビングでのろのろとオレンジジュースを飲み干し、書斎に戻ると、悟が穏やかに微笑んだ。


「断れたよ」


どんな交渉をしたのか気になったが、もう聞く気力も残っていなかった。


世界は進み続ける。


半年後。 ケラーさんとクロウリーさんの連名で、「情報構造体と神」に関する論文が発表され、大きな話題となった。


協力者として、悟とミライの名前も記載されている。


――あぁ、ここが交渉の落とし所だったのか。


ぼんやりと理解する。


この論文によって、信仰――すなわち祈りが、神という情報構造体と密接に関わっていることが立証された。

ただし、「人間の祈りが神を生み出す」とは明言されていない。おそらく一神教への配慮だろう。


霞む思考のまま論文を眺めながら、また世界が変わっていくことに、底知れない恐怖を覚える。


SNSでは、日本の神社の“信仰力ランキング”まで登場し始めていた。


かつてはオカルトとされていた生霊や呪いも、今では科学的に説明され、さらには「生霊の飛ばし方」や「呪いの方法」まで解説される始末だ。

もちろん、その対処法も同時に広まってはいるが――。


――まるで、昔のシャーマンや陰陽師の時代に戻っているようだ。


そう思っていたら、日本に陰陽省が設立され、本気で笑ってしまった。


平安時代かよっ!


「神様、妖怪、霊……“見える人だけの世界”だったものが、ついに国家レベルで認知されたね」


夜、寝る前。

悟がぽつりと呟く。


「うん……私は、怖い」


するりと手を握られる。

冷え切った私の手に、悟の体温がじんわりと広がる。


「茜、どんどん痩せてる。明日、病院に行こう。薬をもらおう」

「……鬱なのかな?」

「それに近いと思う。仕事も休んで、一緒に行こう」


少しの沈黙のあと、私は小さく頷いた。


「……うん。そうする。ありがとう」


認めたくはなかった。

けれど――もう、限界に近いのかもしれない。


最近は、気が付くとぼんやりしている時間が増えていた。

仕事でのミスも増えている。


――早く治さなきゃ……。


ぎゅっと手に力を込めると、悟も優しく握り返してくる。


顔を上げると、視線が重なった。


「ごめんね……」

「なにが?」

「僕がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかった」

「皆で考えて決めた結果でしょ? 悟のせいじゃないよ」

「でも、茜を傷つけてしまった」

「まだ全部が決まったわけじゃない。でも、それでも……私も選んだ道だよ」

「……そうだけど」


悟は私の手を、自分の額に当てる。


「僕の世界には、茜が必要なんだ。茜がいなければ、僕は生きていけない」

「朋里の出産のときも、似たようなこと言ってたよね」

「そうだっけ。よく覚えてるね」

「いやいや、一回で何でも覚えて忘れない人に言われたくないよ」


ふっと笑いがこぼれる。


「ていうかさ、今は子どもたちもいるんだよ? もし私が死んで、悟まで死んだら、誰があの子たちを守るの?」

「そうだね。もしそうなったら、僕は生きる屍になってでも守るよ」

「いや、それ結局死んでない?」

「守れてるなら、生死は関係ないんじゃない?」

「いや、子どもたちが気にするわ」


くだらないやり取りに、少しだけ心が軽くなる。


いつの間にか温もりを取り戻した手を、悟は離さず――

私が眠りにつくまで、静かに温め続けてくれた。

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