薬の完成
「エルーノ・ノンロイ……? 誰だ? って……。ホーベル王国、宰相の娘⁉」
アコッセの代理を務めているオードルが、エニュスの連れ帰った女性の正体を知り、驚きの声をあげる。
もちろんオードルだけではない。周りの誰もが、顔に傷痕のある女性に驚愕の目を向ける。
「なんでそんな人物が、アボッカセに……」
「そんなことは後回しだ! エルフィールは⁉ あったのか⁉」
ドヴァルはエルーノより、薬を作れるかどうかの方が大事だった。
「ありました」
摘まれたエルフィールを奪うように受け取り、ドヴァルは震える息を吐く。
「……これで殿下も助かる。ファイオス! 薬を作るぞ!」
慌ただしくドヴァルはフェーデが横たわるテントに飛びこむと、中にいたファイオスと一緒にすぐ飛び出し、別のテントへ向かう。
「エニュス王女、フェーデ殿下ですが、目を覚まされました。意識もあり、会話も可能です」
「本当⁉」
オードルからの報告を受け、シャボン玉のような膜で自分を覆うと、急いでフェーデのいるテントへ向かう。
この膜が防護服の役割を果たしている。
病気の感染ルートが不明なので、膜を張ることで空間を切り離し、ウイルスから身を守るのだ。
テントの中へ姿を消したエニュスの後ろ姿を見送り、ラウルは父親に尋ねる。
「……親父。今、なんて言った?」
「ああ。お前がエルフィールを摘みに行ったすぐ後で、フェーデ殿下が目を覚まされたんだ。熱は下がった訳ではないが、意識が戻られ、会話もできる」
「そうじゃない! レームのことを、なんて呼んだ⁉」
「レーム?」
エニュスが『レーム』と名乗っていることを知らないオードルは、息子の質問の意味が分からなかった。
「殿下のテントに向かった奴だよ!」
「おい、王女殿下に向かって『奴』だなんて、とんだ口の利き方だな。俺はそんな風にお前をしつけた覚えはないぞ」
「だって! デューネの運命の相手は、レームだろ?」
「なにを言っているんだ。デューネ様の運命の相手は、エニュス王女だろ。レームって誰なんだ」
かちかちと、頭の中でこれまでの様々な出来事が思い返され、繋ぎ合わされていく。
デューネ『様』? エニュス王女が運命の相手? 偽名? ひょっとして、レームが偽名で、本名がエニュス?
王女だと周りに悟られないよう、いつも顔を隠すような恰好だったのは、そのため?
彼女が王女なら、魔法を使えて当然だ。
「そういう大事なことは、王都へ行く前に言ってくれよ、デューネ!」
遠く王都で暮らしている友人に向け、ラウルは叫んだ。
「だからお前、なにを言っているんだ?」
そんな息子の姿に、オードルは首を傾げた。
◇◇◇◇◇
エルフィール以外の薬の材料は、用意している。
この薬の調合に、時間はかからない。それがまた不思議だと、ドヴァルは思う。
思えばエルフィールに関することは、不思議なことだらけだ。これから起きる反応もまた、その不思議の一つ。
ファイオスは医師の顔を取り戻し、ドヴァルの言葉を聞き漏らさないよう、集中していた。
「これを数滴垂らし……。光ったら成功だ」
「光る?」
ファイオスの呟きを無視し、ドヴァルは、ぽちゃん……。ぽちゃんと、試験管の中身を数滴、ビーカーの液体の中に垂らす。
直後、ビーカーの中の液体が光り始めた。
その光はまるで、種飛ばしを思い出させるものだと、ファイオスは目を離せなかった。
「この光だ! いいか、ファイオス! 成功したら、こうやって光が現れる! 失敗すれば光らない!」
成功に興奮しつつ笑みを浮かべるドヴァルの言葉に、ファイオスは頷きながら、不思議な光景に見とれた。
光はやがて、ゆっくりと収束すると、完全に消えた。
「これで完成だ。さあ、早く殿下に飲ませよう」
「服用し、どれくらいで効き目が現れますか?」
「殿下の状態なら、ほぼ即効だ。中期なら約一日。末期でも二、三日だな」
「そんなに早く? あり得ない……。なにからなにまで、不思議な植物だ……。こんなに即効性がある薬なんて、聞いたことがありません」
「そうだな。この植物に関することは、とにかく不思議だ。分からない点も多いし。だが光ることといい、性能といい、きっと神がもたらした恩恵に違いない」
ドヴァルの口から『神の恩恵』という言葉が出るとは、ファイオスには意外だった。
神への信仰心は持っているが、恩恵という不確かなものより、目の前で起きた現実しか信じない性格だと思っていたからだ。
試験管を抱えたドヴァルを先頭に、二人はテントを飛び出すと、フェーデのもとへ向かう。
エニュスは二人が姿を現すなり、すぐに数歩下がり、やり取りを固唾を呑んで見守る。
「殿下、こちらをお飲み下され。薬です」
信頼できるドヴァルからの薬を、フェーデは躊躇なく受け取り、一気に飲んだ。
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