ルーチェの戦い~1~
「お聞きになりましたか、皆様」
ゼーベルが妻に合わせるよう水晶玉を取り出すと、それは光り、空中に映像が流しだす。
そこに映しだされたのは、王女の生誕祭に呼ばれ、すでに帰国したはずの、各国の面々だった。
「このように、国の一大事だというのに、私たち夫婦を留まらせようとしています」
「ユレントロ国王、なぜでしょう?」
映しだされた一人、とある国の王子が口を開く。
「貴国がインバーション帝国と手を組んだという噂がありますが、そのことと、なにか関係があるのでしょうか。噂が真実ならば、コベルタ侯爵と夫人を貴国に留まらせ、ホーベル王国の侵略行為に手を貸している行為にも、納得できるのですが」
「他国の侵略行為に、手を貸すなど……。本気でお考えかな?」
じわりと、ユレントロ国王に汗が浮き出る姿を、水晶玉を通して見ている全員が、見逃さなかった。
「私を留まらせるのは、侵略に手を貸しているも同等です。私を国に帰し、侵略者の討伐に参加させないように、邪魔をされているのでしょう? 違うと仰るのなら、留める理由を教えて下さい」
「……っ。だからっ、それはつ、貴女の安全を考えてのことで……っ」
「現在私は、兵団に入団している身。その話はすでに伝えておりますし、その上で心配されていますか? 軍人が国の危機に立ち向かわず、他国で守られる……。そんなおかしな話、ありますか?
国王陛下も、私の噂はご存知でしょう? 一体、なんの心配をされていますの? 本当に、私の身ですか? それとも、インバーション帝国からの報復?」
ぞくりと、ユレントロ国王は寒気がした。親子ほど年齢の離れている、この娘に自分は怯えていると気がつき、それを振り払うように叫ぶ。
「うるさい! インバーション帝国と我が国が手を組んだと言うのなら、証拠を持って来い!」
「証拠でしたら、はい」
あまりに軽い物言いに、ユレントロ国王は一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。
返事をしたのは、一人の少女。見覚えのある箱を掲げている。ある国の皇女である彼女が持つ箱、それがなにか理解した国王は、驚きで言葉を失う。
なにしろその箱は、厳重にユレントロ城内で保管されているはずの物だから。何人も入手できないよう、魔法も駆使した。その中には、インバーション帝国と協力関係を結んだ誓約書が入っているのたから。
その箱がなぜ、あの皇女の手の中に?
「開け!」
少女が魔法を使えば、いとも簡単に箱は開いた。
「ば、馬鹿な……」
「私は開錠魔法の名手なので、これくらいの魔法、朝飯前です。私に開錠されたくなければ、もっと複雑な魔法を使わないと」
開いた箱を手に胸を張る少女の言葉に、国王は目まいを感じる。
「内容の確認をお願いいたします」
ゼーベルの呼びかけに、皇女は明るく答える。
「はい、コベルタ侯爵。箱の中には、誓約書が入っています。ユレントロ王国、インバーション帝国の母国語で書かれたものが、一枚ずつ。
内容は、要約しますと……。ユレントロ王国は、インバーション帝国に、協力をすることを誓う。その見返りとして、向こう五十年。インバーション帝国は、ユレントロ王国に侵入行為を行わない。
しっかりお互いの国のサインも入っていて、日付もあります。二国間で交わされた、正式な誓約書に違いありません」
皇女は生誕祭を終えた翌日、国を発った。それから今日まで、箱はちゃんと、いつもの場所に置かれていた。箱の無事を確認することが日課となっているので、間違いない。それがいつの間に盗まれた? それともいつの間にか、偽物にすり替えられていたのか?
そんな国王の心を読むよう、一人の女性が口を開く。
「すり替えではなく、幻です。魔法で何重にも錠を施していたので、国王自身、直接箱に触れて確かめることが適わなかったでしょう? だから目視でしか確認できず、気づかなかったのですよ」
映像に映しだされている、ある国の王女がそう言うと、ころころと笑う。
ようやく分かった。ここに映しだされている国は、インバーション帝国と、協力関係を結んでいない……。言わば、敵国だと。しかも彼らは協力関係にあり、自分を追いつめに来ているのだと。
しかしいつこの国々は、協力関係を結んだのだろうか。これでも各国に密偵を潜らせているが、そんな報告は上がっていない。
返ユレントロ国王は、段々脳が追いつかなくなる感覚に襲われるが、敵は容赦なかった。
「ユレントロ国王、貴殿……。誓約書の内容を、理解しておらぬのか?」
一番年配である、整った髭をなでる一人の王が、呆れた口調で尋ねてきた。
侮辱されたように思い、国王は怒鳴り返した。
「理解しておるわ! 我が国は、帝国からの侵略を受けず、安寧が向こう五十年、約束されたと!」
その返事を受け、年配の王は首を振りながら嘆息する。
「よく誓約書を読んでおらんようだな。インバーション帝国に限り、という一文があっただろう? つまり、ホーベル王国のような、帝国の従属国は、誓約に含まれんのだ。
インバーション帝国からの侵略は五十年間、確かに心配せんでもよい。だが、他国……。帝国の従属国からの侵略には、気を付けねばならん状況に、なんら変わりはないのだよ」
「なに⁉」
「しかもご丁寧に、帝国以外の国が侵入行為を犯しても、帝国は無関係。その問題を帝国に問わないことも誓います。そう記されていますのにね。いくら従属国とはいえ、その国は、インバーション帝国ではありませんよ?
なぜホーベル王国が帝国に吸収されず、従属国になったのか、理解しています? ユレントロ国のように、この誓約書にサインした国を侵略できる、帝国側の国を作るためですよ」
皇女の言葉に、ユレントロ国王は現実が見えてきた。
誓約書を交わすことで、帝国と協力関係を結び、侵略の危機から脱したと思ったのに……。従属国は無関係? それどころか、彼らが侵略してくる可能性は大いにある。そんな馬鹿な! 侵略の脅威に再び襲われ、ユレントロ国王は青ざめる。
「そんな、まさか……」
「ご自分で誓約書にサインしておきながら、なにを言っているのです?」
実物の契約書をわざと見せびらかすよう、ばさばさと振る皇女は、明らかにユレントロ国王を馬鹿にしている。しかしそれを咎める者は、誰もいなかった。
ユレントロ国王の動揺は、ルーチェを取り囲む兵にも広がっていく。
国王から内々に、向こう五十年、帝国の脅威に怯える必要はないと教えられていたのに、話が違うではないか。多くの兵が、憤りを覚える。
「この契約書の内容を一読し、協力関係を断った国もございますよ? 帝国からの侵入はないという餌につられ、ろくに内容を吟味しないとは……。愚かとしか言えませんわね」
王女の発言に、幾人もが頷く。
「フレイブ王国は、協力関係を申し込まれていません。なにしろ今まさに、帝国はフレイブ王国への侵略の最中なのですから!」
そう言うと、ルーチェは隠し持っていた水晶玉を、取り出す。
ここに発つ前、父親であるフレイブ国王より預かった、大切な水晶。これを使えば世界連合の本部と、直接通話が可能となる。
そんな大切な水晶を託してくれたのは、信頼に他ならない。そんな父の期待を裏切れない。ここが勝負時と、ルーチェは叫ぶ。
「世界連合! フレイブ王国、国王代理、ルーチェ・コベルタが申請する! フレイブ王国は、ユレントロ王国へ開戦を申し込む!」
お読み下さり、ありがとうございます。
今回より、しばしルーチェ側の話となります。




