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モディーンとファイオスの罪

「お待ちしておりました、フェーデ殿下、アローン団長」


 アコッセの待つ基地本部に着いた時には、日が暮れ始めていた。


「留守にしてすまなかった。誘拐された被害者は、伝えた通りだ。しばらく様子を見るため隔離するので、飲食物などを届けなくてはならない」

「はい、担当の者を決めました。もちろん、むやみに患者には近寄らないよう、通達済です」


 屋敷を出立する前、患者である少女の家族がやって来た。すぐにでも娘へ駆け寄ろうとする両親を止めるのに、アローンたちは苦労した。病気についての噂は知っていたので、最終的には、なんとか納得してくれた。しかし、せめてドアを開けた廊下から、見守ることくらいは許してくれと懇願され、承諾した。


「しかし、恐ろしいことを考えるものですね。ただ誘拐するだけでなく、病気にまで罹らせようとは……」

「アローン団長を、病気に罹らせようという思惑があったのかもしれない。病に罹れば、前線に出ることはなくなる。敵にとって、これほど有利なことはない」


 馬から降りたフェーデの推測に、アローンも概ね同意する。


「私もそう思います。ですが、大がかりな割に、確実に病に感染させる方法ではありません。罹れば、幸運くらいなもので、一番の目的は、やはり足留めだったのでしょう」


 その時、ぶるんっ。と、馬の吐息が聞こえた。

 目をやると、そこにはセドナーがいた。


「セドナーじゃないか! お前、ジャスティーと一緒なのか⁉」


 フェーデが声をかけると、セドナーはなにも答えず、ただ寂しそうな目を作る。それだけで、一緒でないと分かった。


「たまたま町から逃げてきたセドナーを、見つけまして……。ジャスティーなら北の避難場所で、生存が確認されています」

「そうか! 良かったな、セドナー。お前の主人は、無事だそうだ」


 彼女の生存が分かり、フェーデは心底喜んだ。セドナーにも伝わったのか、目に明るさを取り戻し、嬉しそうにいなないた。

 今すぐにでも会いに行きたいが、自分の立場や状況を考えると、それは許されない。フェーデは歯がゆかった。もちろん、そんな本心はおくびにも出さない。


「屋敷に立入った全員、診察を受けていただきます。もし体調が優れないなど異常があれば、正直に伝えて下さい」


 説明を受け向かったのは、診察室代わりのテントだった。その中で無精ひげが伸び、まるで別人のように表情を無くしたファイオスが、黙々と診察行っていた。

 幸い異常を訴える者はおらず、一先ず安堵されたが、なにかあればすぐに隔離されると、全員に告げられた。

 それから今後の作戦を協議したり、リファレントに報告を行ったり忙しかったが、全て終え、ようやく一息つける間にと、フェーデはファイオスに、会いに行く。


「ファイオス殿。ジャスティーは……」

「北の方の避難場所にいるそうです」


 しかし表情は無に近く、娘の生存に喜んでいるようには見えなかった。


「どうかされたか? ジャスティーは、怪我でもしたのか?」

「いえ、怪我はなく……」


 それからしばらく逡巡し、ファイオスはようやく重い口を開いた。


「……モディーンが……。ジャスティーをかばって、命を落としました……。偶然駆けつけた団員が、その瞬間を見たと……。私もここへ向かう途中で、妻の遺体を見つけました。あと少しで基地という路地に、倒れていました……」

「そう、だったのか……」


 夫婦仲が良いことは、フェーデも知っていた。彼から感情が無くなったように見えるのは、妻を亡くしたからに違いない。

 今ごろアローンもモディーンについて、きっとレイネスから聞かされているだろう。実の妹のように思っていた女性を亡くし、彼もまた、強い衝撃を受けているに違いない。


「妻は、満足そうな顔でした。きっと娘をかばうことができ、誇らしい気持ちで、眠りについたのでしょう。

 娘が王都で、虐待を受けているに違いないと分かっていながら、長い間、助けることができず……。マシェットに連れ去られ、殺されそうになっていたのに、居場所が分からず、なにもできなくて……。

 妻はずっと悔み、自分を恥じていました。最期に娘の命を救え、本望だったのでしょう。だからきっと、あんな満足そうな顔で……」


 なんと慰めればよいのか、フェーデにはかける言葉が見つからなかった。だから黙って、ファイオスの話を聞くしかできなかった。

 やがて大きな涙の粒が、ファイオスの目から落ちる。


「きっとこれは、罰なのです。私たち夫婦が、神を欺いた罪の……」


 涙を拭うことないファイオスの言葉に、戸惑う。

 そんなフェーデの様子などお構いなしに、涙を流しながらファイオスは質問する。


「殿下は、ジャスティーのナンバーについて、ご存知ですか?」

「あ、ああ……」


 マシェットと対峙した、あの時。気を失う直前、切られた靴下の隙間から、ナンバーが見えた。その国文字は、確かに見たことがなく、現実を突きつけられて絶望した。忘れようにも、忘れられるものではなかった。


「あの子の左足……。国文字が不明のナンバーは……。偽物なのです……! 娘と離れたくなかった私たち夫婦が、入れ墨を施した、偽りのナンバーなのです! あの子の本当のナンバーは、右足の裏にあり……。それが……」


 一度そこで言葉を区切ると、ファイオスは驚愕の事実を告げてきた。


「殿下、あなたと同じナンバーなのです」

「なに⁉」


 一瞬と、隙間からだったので、入れ墨とは分からなかった。

 あの時、右足の靴下は切られることなく、足の裏は見えなかった。まさかそちらに本物のナンバーが刻まれていたとは……。


「王族の運命の相手に選ばれた平民は、王城にひきとられるか、どこかの貴族の養子なる。それを聞いた娘は、家族と離ればなれにされるのは、嫌だと……。私たちも娘と離れたくなくて……。

 運命の相手が見つからなくとも、王族ならきっと、相応の相手を見つけることは出来ると考え、あの子のナンバーを偽ることにしたのです。だから、あの子が寝ている間に……」


 震える手で、ファイオスは顔を覆った。


「申し訳ありません! 義父の手で離ればなれにさせられたことで! マシェットに殺されかけたことで! 余計にあの子と離れがたくなり、決心がつかず……! 娘の気持ちにも、殿下の気持ちにも気がついていながら……! これを罪と言わず、なんと言えばよいのか……!

 娘はなにも知りません! 王都へ行く前から、ずっと左足にナンバーがあると信じ、右足の裏には、全く気がついていません!

 成人を迎える誕生日で、事実を娘に伝えるつもりでした。でも、もっと早く打ち明けていれば、あの子は王都で平和に暮らしていたはず! モディーンだって、死ななかったかもしれない! ただ離れたくなかったのです! 手放せなかったのです! せめて成人するまでは私たちの子として、一緒に暮らしていたかった! 高貴な方との結婚は、名誉あることと分かっていても、愛する我が子をどうして手放せましょう! だから……!」

「分かった」


 フェーデは無感情に告げると、その場を去ろうと、背を向けた。


「あ、ああ……。本当に……。本当に申し訳な……。すみません……」


 残されたファイオスは、膝から崩れ、ひたすら泣き続けた。

お読み下さり、ありがとうございます。


今回は、一話の「ある日の家族」での会話に関係しています。

入れ墨を施したのは、一話と二話の、描かれていない間です。

81話、「エルフィールの種飛ばし~2~」での両親の会話も、結局はそういうことです。


ジャスティーの左足のナンバーは、偽物。と明記したのは今回が初ですが、ちょいちょい伏線というのか……。匂わせていました。

実は運命の相手に惹かれていたので、こういう作品タイトルにした訳ですが。

まさかタイトルの由来を語れるまで、104話も続くとは思っていませんでした。

しかも、まだジャスティーは主人公なのに真実を知らない。


そんな訳で、まだまだ最終回まで遠いです。

200話以内には、終わるかなぁ……。なんて、思っていますが、これからもよろしくお願いいたします。

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