終幕 1
それからまりあは部屋に戻ると、早速動画を幸代に送った。送信を知らせる数値が百に達するのをじりじりと見守り、シャワーを浴びると早々に眠りに就いた。それまでの緊張と疲れ、安堵、様々な感情が入り混じって、丸一日ぐったりと眠ったのだ。
明けて翌日、まりあは朝を知らせるけたたましいインターフォンで目が覚めた。控え目に言っても、最悪の目覚めだ。
「はぁ───い……」
目が開かない。左右に体をふらりふらりと揺らしつつ、なんとか玄関までたどり着く。スコープを覗くと、そこには瞼を腫らした幸代が立っているではないか。そこで一気に目が覚めた。チェーンを外して扉を開けると、やはり、そこに立っているのは幸代だった。
「まりあ! ごめん、ありがとう!」
勢いよく抱きつかれて支えきれず、幸代ごと玄関の上がり框に尻餅をつく。
「イタタ、びっくりするじゃん」
「だって、だって!」
それ以上は言葉にならないのか、幸代はまりあの首を抱いたままで動かなくなる。ぎゅうぎゅうと締め上げられて苦しい。それでも、まりあの顔はクシャリと笑顔に歪んだままだ。
「幸代、落ち着いたんだね。よかった」
「まりあと先生のおかげだよ! ありがとう!」
顔を上げた幸代の顔が涙でぐしゃぐしゃだ。それでも、腫れぼったいまぶたの奥には、彼女の明るく生き生きとした瞳が垣間見える。元気を取り戻した友人の姿は眩しくて、そのうち、その姿が滲み始めた。瞬きをすると、ぼたりと涙が落ちる。以前よりも細くなった友人の体を抱き締めると、その体から熱がしっかりと伝わってきた。
───生きてるんだ。
小松のおかげで、幸代は助かったのだと改めて実感する。
「幸代、もう大丈夫なんだね?」
「大丈夫だよ! 送ってくれた動画には、男の子が偶然を装って悪ノリしたことを謝ってくれてくれていたもん。いろんな偶然が重なっただけなんだって分かって、もう怖くない」
小松と少年がどういった動画を撮ったのか知らなかったまりあは、そこまで聞いてなるほどと得心した。確かに、少年は幸代たちを招いたが、干渉したのはそれだけだと言っていたからだ。不意にコン、コン、と音が耳に届く。鳥が外にいるのか、それとも風で何かが飛んできたのだろうか。しかしそれよりも何よりも、まずはこの一言は幸代に言わなければならない。
「もう絶対に、こっくりさんとかやらないでね」
「うん、絶対にもうしない」
「じゃあ、約束のパフェ、おごってもらおうかな」
「そのつもりできたからね。どこからでもかかってこい!」
夏の朝、キラキラとした二人の笑い声が重なり合う。
まりあの夏がやっと始まったのだ。夏休みも半ば、幸代と陽子を誘ってどこへ出かけようか。大学生初めての夏休みが、輝きを増してみえる。ともかくシャワーを浴びて出かける準備をしなくては。
それから、小松にもお礼をしたい。相談ではないことでLINEを送ってもいいだろうか。まりあにとっては恐ろしい事件を経て、少しだけ距離の縮まった小松ともっと仲良くなりたい。差し当たっての作戦を幸代に相談しようと心に決め、まりあは立ち上がったのだった。




