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結婚直前に捨てられた私を、嫌いだったはずの上司が迎えに来ました。  作者: 結城つむぎ
第1章 結婚直前に捨てられました

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第2話 好きな人ができた

翌朝。


菜々子が目を覚ますと、和樹はもう起きていた。


カーテンの隙間から入る朝の光。

テーブルの上には、飲みかけのコーヒー。


和樹はスマートフォンを見ている。


「早いね」


菜々子が声をかけると。


「うん」


短い返事。


「今日休みでしょ?」


「午前だけちょっと出る」


「仕事?」


「そう」


また。

仕事。


最近、そればかりだった。


「お昼は?」


「分からない」


「じゃあ私、式場に連絡しておくね」


「ああ」


菜々子は少しだけ黙る。


昨日。

莉奈からのメッセージ。

気になっていないわけではなかった。


でも。

聞くほどのことでもない。


会社の後輩。

仕事の連絡。


そう言われれば、それまでだ。


「和樹」


「何?」


「来週の土曜、空けておいてね」


「何で?」


菜々子は思わず和樹を見る。


「式場の最終打ち合わせ」


「ああ」


「忘れてた?」


「いや」


「今、何でって言ったよね」


和樹は小さく息を吐いた。


「ごめん。頭回ってなくて」


「そんなに忙しいの?」


「まあ」


菜々子は少しだけ笑った。


「無理しないでね」


「うん」


そのとき。

和樹のスマートフォンが震えた。


画面を見る。


そして。

すぐに伏せる。


菜々子は何も言わなかった。


でも。

胸の奥の小さな引っかかりが。

昨日より少しだけ大きくなった。


昼過ぎ。

菜々子は式場へ電話をした。


「はい。来週土曜日でお願いします」


『承知しました。ご新郎様もご一緒でよろしいですか?』


「はい」


そう答えながら。

一瞬だけ迷った。


本当に来るのだろうか。

そんなことを考えた自分に驚く。


「大丈夫」


電話を切ったあと。

自分に言い聞かせる。


結婚式まで、あと二か月。

ここまで準備してきた。


家族にも。

友人にも。

会社にも。


もう結婚することは伝えている。


今さら。

何かが変わるわけがない。

菜々子はそう思った。


いや。

そう思いたかった。


夕方。

和樹からメッセージが来た。


今日、少し話したい。


その文を見た瞬間。

菜々子の胸がざわついた。


何時に帰る?


七時くらい。


分かった。


たったそれだけ。

いつもなら、もっと普通のやり取りだった。


夕飯どうする?


何食べたい?


そんなことを聞く。


でも今日は。

何も送れなかった。


菜々子は冷蔵庫を開ける。

まだほとんど何も入っていない。


買い物に行こうと思った。


でも。

その気になれなかった。


午後七時十五分。

玄関の鍵が開く。


「おかえり」


「ただいま」


和樹は昨日より疲れた顔をしていた。


「話って何?」


菜々子はすぐに聞いた。

和樹はジャケットを脱ぐ。


「座って話そう」


その言葉。

なぜか嫌だった。


「ここでいいよ」


「菜々子」


「何?」


「座ろう」


和樹はリビングへ向かう。

菜々子もついていく。


二人で向かい合って座る。


テーブルの上には。

昨日まで結婚式の資料が置いてあった。


席次表。

引き出物のカタログ。

二人で選んだ招待状の見本。


その全部が。

今日は妙に遠く見えた。


「何?」


菜々子が聞く。

和樹はすぐには答えなかった。


「何かあった?」


「うん」


「仕事?」


「違う」


胸が強く鳴る。


「じゃあ何?」


和樹は視線を落とす。


「菜々子」


「うん」


「俺」


一度。

言葉を止めた。


「好きな人ができた」


菜々子は。

意味が分からなかった。


「え?」


聞き間違えたと思った。


「今、何て言った?」


「好きな人ができた」


「誰が?」


「俺」


「何それ」


笑おうとした。

でも、笑えなかった。


「冗談?」


「違う」


「じゃあ何?」


「そのまま」


「そのままって」


菜々子は和樹を見る。


「私たち結婚するんだよ?」


「分かってる」


「あと二か月だよ?」


「分かってる」


「分かってないでしょ」


声が大きくなる。

和樹は黙る。


「ドレスも決めた」


「うん」


「招待状も出した」


「うん」


「新居も借りた」


「うん」


「それで好きな人ができたって何?」


自分でも。

何を聞いているのか分からなかった。


説明を聞けば。

理解できると思っているのか。


それとも。

今の言葉を取り消してほしいだけなのか。


「いつから?」


菜々子が聞く。


「最近」


「最近っていつ?」


「二か月くらい前」


息が止まる。


「二か月?」


「うん」


「じゃあ」


菜々子はテーブルの上を見る。


「その間も結婚式の準備してたよね」


「してた」


「何で?」


「分からなかったから」


「何が?」


「自分の気持ちが」


菜々子は呆然とする。


「分からないまま、私と結婚するつもりだったの?」


「最初はそう思ってた」


「最初は?」


「時間が経てば気持ちも落ち着くと思った」


「誰への気持ち?」


和樹は黙った。


その沈黙が。

答えだった。


「その人が好きなの?」


「うん」


今度こそ。

胸の奥が大きく崩れた。


「私より?」


聞いてから。

聞かなければよかったと思った。


でも。

もう遅い。


和樹はすぐには答えない。


「答えて」


「比べることじゃない」


「逃げないで」


菜々子の声が震える。


「私より好きなの?」


和樹は目を閉じた。


「そういう気持ちになった」


菜々子は何も言えなくなった。


五年。

その数字だけが頭に浮かぶ。


五年間。

一緒にいた。


旅行にも行った。

喧嘩もした。


仲直りもした。


両親にも紹介した。

プロポーズされた。


それなのに。


「結婚」


菜々子はやっと声を出す。


「どうするの?」


和樹は顔を上げた。


その表情で。

答えが分かった。


「やめたい」


菜々子の耳に。

その言葉だけが残る。


「何を?」


分かっているのに聞いた。


「結婚」


「本気?」


「うん」


「二か月前だよ?」


「分かってる」


「式場は?」


「キャンセルする」


「親には?」


「俺から話す」


「会社には?」


「それも」


「そういうことじゃない」


菜々子は立ち上がった。

椅子が大きな音を立てる。


「何でそんな簡単に言えるの?」


「簡単じゃない」


「簡単に聞こえるよ」


和樹も立ち上がる。


「俺だって考えた」


「何を?」


「このまま菜々子と結婚すること」


「それで?」


「でも」


和樹は視線を逸らした。


「気持ちが違うまま結婚する方が失礼だと思った」


その言葉に。

菜々子は笑ってしまった。


乾いた笑い。


「失礼?」


「菜々子」


「今さら?」


涙が出そうになる。


でも。

泣きたくなかった。


「二か月前に好きな人ができて」


菜々子は和樹を見る。


「今日まで何も言わなくて」


「うん」


「それで今、正直に言う方が誠実だってこと?」


「そんなつもりじゃ」


「じゃあ何?」


和樹は答えない。


「ねえ」


菜々子はゆっくり聞いた。


「その人」


一瞬だけ。

昨日の通知が頭に浮かぶ。


小野寺莉奈。

会社の後輩。


夜十時過ぎのメッセージ。

和樹が伏せたスマートフォン。

菜々子の胸が冷たくなる。


「私の知ってる人?」


和樹の表情が変わった。


ほんの少し。

でも、見逃さなかった。


「和樹?」


菜々子は息を吸う。


「知ってる人なの?」


長い沈黙。


そして。

和樹は小さく頷いた。


「うん」


菜々子の頭に。

一人の顔が浮かんだ。


違う。

まさか。


そう思うのに。

昨日の違和感が。


今。

一つにつながろうとしていた。

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