↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界事件簿 双月にほえろ!  作者: おっこの
8/31

第八話 靴底のエンブレム(ジン:二日目)

 貴族区画へと続く石畳の道は、商業区画のそれよりも一段と磨き上げられていた。


 轍の跡もない滑らかな敷石。 等間隔に並んだ街灯の柱には、細やかな彫刻が施されている。 両脇には剪定の行き届いた生垣がどこまでも続き、その向こうから屋敷の尖塔がいくつも覗いていた。 すれ違う馬車の車輪の音さえ、どこか上品に澄んで聞こえる。


(金の匂いってのは、こういう静けさのことを言うのかもな)


 葛城陣は咥えた禁煙パイポをカリカリと噛みしめながら、居心地の悪さを誤魔化すようにトレンチコートの襟を正した。 柄じゃない。 三十四年、生きてきて骨の髄まで染み付いた場末の空気の方が、まだ肌に合う。


 先頭を歩くのはルミナス警備隊長、ランドルト・バーグ。 頑丈な体躯を揺らし、周囲の豪奢な景色などまるで意に介さない足取りだ。 その後ろにルカ・クライン、そして警備本部でランドルトに言われて同行することになった新顔――ノーラ・ビショップが並んでいる。


 灰色の短い毛並みの猫耳をぴくぴくと動かし、しなやかな足取りで歩くノーラは、改造された制服のあちこちに下げたサイドポーチを揺らしながら、シュンと俯くルカの顔を覗き込んでいた。


「ルカっち、そんな辛気臭い顔してたらぁ、せっかくの別嬪が台無しだよぉ」


「……別に、辛気臭くなんてありませんし」


「嘘つけぇ。 門前払い食らう前から意気消沈してどうすんのさぁ。 あんたが気に病むことじゃないってのぉ」


 ノーラがルカの肩を小突くと、ルカはわずかに口元を緩めた。 だがその笑みはすぐに翳り、視線が石畳へと落ちていく。 地下牢での容疑者の変死。 あの現場を見てからというもの、ルカの表情には拭いきれない硬さが残っていた。


 葛城は横目にそんな二人を眺めながら、ノーラに問いかけた。


「そういや、あんたが被害者の身元を確認しに行った隊員なんだって?」


「そそ。 あの子が握りしめてた買い物リストの紙、あれの紋章を頼りにナルデニアン邸まで走ったんだよ。 応対したのはエマってメイドの子でねぇ。 門の中には門番に邪魔されて入れてもらえなかったんだけどぉ。 そのメイドの子が警備隊本部まで一緒に来てくれて身元を確認してくれたのぉ」


 歩きながら喋るノーラの声は軽やかだが、そこに滲む苦味を葛城は聞き逃さなかった。


「マルコの死体を見せたら、真っ青になっちゃってぇ。 可哀想だったよぉ、ほんとあの子。 屋敷まで送り届けて、本部に戻ったらさぁ、容疑者が死んだとかでぇ大騒ぎじゃん。 もぉため息しかでないよぉ」


 ランドルトが振り返らずに低く口を挟んだ。


「ナルデニアンは男爵家だ。 平民が名乗って中に入れてもらえる相手じゃねぇ。 だから俺が出張る。 これでも俺は騎士爵もってるからな」


「男爵家ねぇ......」(俺にはちょっとピンとこないけど...... ってか隊長、貴族なの?)


 葛城が肩をすくめると、ランドルトは太い眉を寄せて小さく笑った。 四人の足音だけが、静まり返った貴族区画の石畳に規則正しく響いていく。



・・・・・



 やがて四人は、鉄柵に囲まれた壮麗な屋敷の前に立った。


 ナルデニアン男爵邸。 門柱には金の紋章が誇らしげに掲げられ、その向こうに広がる庭園は寸分の乱れもなく手入れされている。 だがその整いすぎた美しさが、かえって葛城には薄気味悪く映った。


 門番小屋から出てきたのは、頬に大きな傷痕のある大柄な男だった。 頑丈な皮甲冑に身を包み、腰には大剣を提げている。 見るからに武人然とした佇まいだが、その目つきには隠しきれない侮蔑の色が浮かんでいた。


「ここはナルデニアン男爵様の邸宅だ。 なんの用だ」


「ルミナス警備隊隊長、ランドルト・バーグ騎士だ。 昨夜の事件について、男爵様にお話を伺いたい」


 門番はランドルトを頭からつま先まで舐めるように眺め、ふん、と鼻を鳴らした。


「昨夜の事件……ああ、うちの従僕の件か。 ちっ……待ってろ」


 ぶつぶつと文句を垂れながら、門番は屋敷の方へ足を運んでいった。


 それから待たされること、優に十五分。 日は高く、貴族区画の静けさが逆に神経を逆撫でする。 ノーラが所在なさげに欠伸を噛み殺した頃、ようやく門番が戻ってきた。


「執事長がお会いになるそうだ。 ついてこい」


 ぶっきらぼうな案内に続き、四人は磨き抜かれた玄関ホールを抜けていく。



・・・・・



 通されたのは、重厚な調度品で埋め尽くされた執事長執務室だった。 壁一面の書棚、艶やかな飴色の机、精緻な細工の燭台。 すべてが「格」を誇示するかのように配置されている。


 机の向こうに座るのは、鷲鼻の初老の男だった。 仕立ての良い黒の執事服を寸分の乱れなく着こなし、その表情はぴくりとも動かない。


「アルベール・クラウツと申します。……して、ご用件は」


 声にも抑揚がない。 まるで人ではなく、精巧に作られた人形と話しているような感覚に、葛城は背筋がざわつくのを感じた。


 ランドルトが用件を切り出した。 昨夜、当家の従僕マルコ・ベネッティが怪死を遂げたこと。 その犯人と目される獣人の容疑者が、警備隊の地下牢で同じく謎の死を遂げたこと。


「マルコが殺される理由に、何か心当たりはないか」


 アルベールは、まるで天気の話でもされたかのように眉一つ動かさなかった。


「さあ。 心当たりはございません」


「本当にか? 同じ屋敷に住んでた奴だぞ」


 葛城が思わず口を挟むと、アルベールの視線がすっと流れてきた。 今、葛城の存在に気が付いたかのように葛城の足元から頭までを視線を一周させる。 感情の読めない、底の見えない目だった。


「若い従僕の私生活まで、逐一把握しているわけではございませんので」


(この執事、目が笑ってねぇな……。 何を聞いても、のれんに腕押しだ)


 葛城はその冷たい応対に、腹の底から込み上げる不快感を押し殺した。

 ランドルトがなおも食い下がる。


「では男爵に直接お話を伺いたい。 従僕が殺されたんだ、無関係ってわけにはいかんだろう」


「グレゴーリ様はお忙しい身にございます。 従僕一人の些事に、当主自らお時間を割くことはございません」


 アルベールは片眉を微かに上げ、続けた。


「――それより、警備隊の地下牢で容疑者が命を落とすとは。 これは警備隊の大きな落ち度ではございませんか? 拘束していた者すら守れぬとは」


 嫌味ったらしい響きに、ランドルトの頬がぴくりと動いた。 武人としての矜持を逆撫でする一言だ。


(こいつ…… 人を煽って何が楽しいんだよ)


 葛城は膝の上で拳を握りしめる。 隣ではルカが、押し殺した怒りでアルベールを睨みつけていた。 ノーラだけが、興味深そうに部屋の調度をきょろきょろと見回している――どうやら緊張とは無縁の性質らしい。


「他にご用がなければ、お引き取りを。 当家も忙しい身にございますので」


 有無を言わさぬ口調で、四人は屋敷から追い出された。 重い扉が背後で音を立てて閉じられた。



・・・・・



 屋敷を出て少し歩いたところで、庭木の陰にちらりと人影が動いた。


「あれ?」


 いち早く気づいたのはノーラだった。 メイド服を纏った小柄な少女が、木立に身を隠すようにこちらの様子を窺っている。


「ちょっと待って、あんたエマだよね? 少し話聞かせて」


 ノーラが猫のような足取りで近づくと、少女――エマ・リンケは怯えたようにびくりと肩を震わせた。 大きな瞳に、隠しきれない不安が滲んでいる。


「わ、私……何も知りません」


「大丈夫、取って食いやしないから。 ちょっとだけでいいの」


 ノーラが優しく距離を詰めると、エマは明らかに怯えた。


「場所を変えよう......」と葛城が提案する。 静かに頷くランドルト。


 ルカとノーラがエマを庭の木陰に誘導する。


「マルコを殺した黒幕を捕まえたいの。 なんでも良いから。 知ってること教えて」とルカが真剣に尋ねる。


 エマはしばらく俯いていたが、やがて意を決したようにぽつりぽつりと語り始めた。


「昨日の夕方……マルコが、慌てて私の部屋に駆け込んできたんです。 それで、部屋にあった屋敷の紙を一枚破って……何か殴り書きして」


「殴り書き?」


 葛城が静かに促す。


「『俺はすぐに行かないといけない所がある。 裏口から見つからないように出るから、出たあと鍵を掛けてくれ』って……そう頼まれて」


 ノーラが懐から一枚の紙を取り出した。 マルコが握りしめていた、あの買い物リストだ。


「その紙って、これ?」


 エマは紙を見て、こくりと頷いた。


「それです…… 間違いありません」


 葛城は靴の裏で庭の土を軽く踏みしめながら、問いを重ねた。


「マルコは、他にも様子がおかしいところがあったか?」


「時々…… 夜中に部屋を抜け出しては、屋敷の中で何かをこそこそやっているみたいで……。 でも、何をしていたかまでは、私には……」


 エマの声は、そこで消え入りそうになった。 震える指先が、スカートの裾をきつく握りしめている。


(やっぱり、あの若僧、何か抱えてやがったな。 ……知らねぇ方が幸せだったのかもしれねぇが)


 葛城は静かに礼を言い、それ以上詮索することはしなかった。 四人はエマと別れ、貴族区画を後にした。



・・・・・



 警備隊本部に戻ると、受付は異様な喧噪に包まれていた。


「モントブラン商家の馬車が山賊に襲われた!」 「協議会の大物が殺害されたぞ!」


 隊員たちが慌ただしく駆け回り、書類を抱えた者が怒鳴るように指示を飛ばしている。 昨夜の落ち着いた雰囲気からは想像もつかない騒然とした空気だった。


 ランドルトが浮き足立っている隊員たちに大声をあげる。


「貴様ら! 落ちつけっ!」


 一瞬にして時間が止まったかのように静まり返る警備隊本部。


「で? 何があった? 誰か説明しろ」と静かに促す。


 日焼けした肌に短く刈った赤毛の髪のがっちりとした長身の隊員――トバイアス・レンフィールドがランドルトに近づき直立不動で答えた。


「ハッ! 先ほどモントブラン商家の従僕が事件の報告に来られまして。 王都の商会長の集まりに出席していたダスティン・モントブラン様とロレイン・モントブラン様、そして娘のエレナ・モントブラン様が馬車で帰宅途中、迷いの森街道沿いで山賊の襲撃に合い......」


 トバイアスの声が重苦しくなる。


「モントブラン家商会長ダスティン様とロレイン様は護衛騎士三名共々お亡くなりになったそうです。  運よく通りすがった旅人にエレナお嬢様は助けられ、今朝、お屋敷にお戻りになられてこの事件が発覚。  従僕の一人が先ほどモントブラン家執事長からの報告書を持ってまいりました」


 ランドルトは黙ってトバイアスの報告を聞きながら、受付の奥に移動し、別の隊員から執事長からの手紙を手渡されると、内容に目を通した。


(昨夜 協議会の大物が、殺された……?)


 葛城の頭の奥で、何かがちりっと疼いた。 刑事の勘というやつだ。 理由はまだ言葉にできない。 だが長年の現場で培った感覚が、静かに警鐘を鳴らしている。


「隊長、ちょっと死体の持ち物、もう一回確認してくる」


「ん? 急にどうした」


「なんとなく、だよ」


 葛城はそう言い残し、喧噪を掻き分けるようにして足早に地下の死体安置所へ向かった。 ルカが後ろからついてくる。 ノーラはランドルトからなにやら指示を受けていた。



・・・・・



 検死室に足を踏み入れると、ひんやりとした薬品と血の匂いが鼻をついた。 マルコと獣人の遺体はすでに裸にされ、検死済みの紙が貼られている。


「あら、ええっと...... カツラギさんでしたっけ?」


 振り返ったのは、栗色の髪を一つに結んだ小柄な女性――検死官兼医療官のミア・ソレルだった。 丸顔に浮かぶ表情は穏やかだが、遺体を前にしても動じない肝の据わった佇まいがある。


「あんた検死官か? 検死結果、教えてもらえるか?」


 怪訝な顔をするミアに葛城の後ろからルカがサインを送る。 フッ......と溜息をつくと検死官は話し始めた。


「ええ。 マルコ・べネッティの死因はやはり、魔法の短剣による毒殺でした。 神経毒の作用は即効性で、刺されてから数秒とかからず心肺が停止していますね」


 ミアは淡々と、しかし丁寧に説明を続けた。 すでに分かっていた内容だが、改めて専門家の口から聞くと、事の重さが違って感じられる。


「容疑者の獣人の死因は、正直言って検死では分かりませんでした。 何らかの呪術的な作用としか。  胸の黒い爪の刺青が呪術的魔法陣の役割をしているのは確かです。 魔術師ギルドに知っている人がいないか確認をとろうと思いますが......」


「ガイシャらの持ち物は?」


「ああ、それはもう証拠品として倉庫に移してありますよ。 グスタフさんのところに」

「案内してもらえるか」

「もちろん。こちらへ」



・・・・・



 階段を上がって一階の証拠品倉庫。 薪と鉄と油の匂いが混じり合う中、倉庫番のグスタフ・ホーレンダーが太い腕を組んでデスクに座って書き物をしていた。 編み込んだ灰茶色の顎髭が、ランタンの灯りにゆらりと揺れている。


 初めて見るドワーフに葛城は一瞬たじろぐが、ここに来た目的を思い出し続けた。


「悪いんだが、マルコと地下牢で死んだ獣人の持ち物、見せてもらえるか」


「ん? ああ...... あんたのことはランドルトから聞いてるよ。 カツラギさん。 ……ああ、いいぞ。 だが、丁寧に扱えよ。 証拠品を雑に扱う奴には、俺は容赦しねぇからな」


 ドワーフの倉庫番は、無骨な手つきで二つの木箱を運んでくると、テーブルの上に中身を一つ一つ並べ始めた。 片方の眉に残る古い火傷の痕が、真剣な表情に凄みを添えている。


(ナルデニアンの従僕の怪死と、ほぼ同時刻にモントブランの会長夫妻殺害……)


 葛城の中で、二つの事件が奇妙に共鳴し始めていた。 理屈ではない。長年の現場で染み付いた勘が「マルコの事件を洗え」と静かに囁いている。


 そこにランドルトが倉庫に入ってきた。 ルカ、ミア、グスタフ、ランドルトの四人が視線を交差させて頷く。


 擦り切れた従僕服、小銭入れ、木製の櫛、そして履き潰された革靴、黒ずくめの革の服、革の手袋、黒の外套、革のブーツ、噛みたばこのようなもの、小銭、並べられた品々を前に、葛城は一つ息を吐き、双眸に青い光が灯る。


事象検証(ログ・アナライズ)


 視界が青白いレイヤーに覆われる。 品物の一つ一つに、細かな痕跡データが浮かび上がっていった。 従僕服の袖口に残る微細な油汚れ、櫛に絡んだ数本の髪、小銭入れの摩耗パターン、外套についた僅かな血痕、ブーツについた泥......。


 そして、マルコの靴に視線を留めた。


【対象:革靴(右足)】

【異常:かかと部に不自然な空洞。内部に金属反応あり】


「……靴のかかとに、何か入ってる」


 葛城はグスタフに断りを入れ、靴のかかとを慎重に検めた。 硬い底の一部が、微かに浮いている。 爪の先で慎重に押し込むと、小さな隠し蓋がかちりと外れた。


 中から転がり出たのは、精巧な細工の施された小さなメダルだった。


 刻まれているのは、羽を広げた鳥を象った紋章。 手のひらに乗るほどの小さな金属片が、ランタンの灯りを鈍く照り返している。


「隊長、これ……」


 背後からのぞき込んだランドルトが、メダルを一目見るなり息を呑んだ。 太い指がメダルの縁をなぞり、確かめるようにもう一度見つめる。


「このエンブレムは…… モントブラン商家の紋章だ」


 一瞬、倉庫の中の空気が止まった気がした。 グスタフでさえ、無言で顎髭を撫でるのをやめている。


「この俺が見逃した仕掛けを見つけ出すとはな......」とニヤリを笑って葛城を見るグスタフ。


 死んだ男爵家の従僕の靴底に隠されていた、別の商家の紋章。ナルデニアン邸で起きた怪死と、ほぼ同時刻に起きたモントブラン会長夫妻殺害。 時を同じくして動いた二つの事件が、目の前で一本の糸となって繋がっていく感覚があった。


 葛城は手のひらの上のメダルをじっと見つめた。 薄暗い倉庫の中、ランタンの灯りだけがちらちらと揺れている。


「つながった……」


 低く呟いたその声は、静まり返った証拠品倉庫の中に、静かに溶けていった。


 そんな葛城の後ろ姿を、ルカがキラキラとした瞳で見つめていた。


 またいっぱいキャラが追加されました。 ちょっとルカの印象が弱くなってますが、次の次くらいの話から活躍するので、ご安心ください。 

 葛城パートと佐伯パートの事件が交差し始めます。 まだまだ新しいキャラ出てきます。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。