第五話 尋問されるおっさん刑事(ジン:初日)
夜の冷気が、湿った石畳の路地を静かに満たしていた。 分厚い雲が覆う上空には、青と赤の不気味な二つの月がぼんやりと滲むように輪郭を浮かべている。
「……警備隊本部までは、もうすぐです」
前方から掛けられた声に、葛城陣はトレンチコートの襟を立てて、歩幅を合わせて前を歩くルミナス警備隊の新人隊員ルカ・クラインの後ろ姿を見据えた。
肩までの金髪を揺らす華奢な美少女だが、その手にはしっかりと縄が握られている。 縄の先は葛城の両手首に結ばれ、さらにその先へ伸びて、先ほど捕獲した獣人の暴漢をぐるぐる巻きに拘束していた。
獣人の暴漢は不思議と大人しくついてくる。 葛城は妙な違和感を覚えた。
時折すれ違う街の住民たちが、怪訝そうな視線を投げかけてくる。 住人の多くは人族だったが、中には先ほどの犯人のような鋭い耳や毛皮を持つ獣人の姿も交じっていた。 映画のセットかテーマパークの中に放り込まれたような異国感に、葛城は思わずキョロキョロと視線を泳がせる。
(おっさん一人で夜のディ〇ニーランドにでも来ちゃった感じだぜ。 落ちつかねぇ......)
口に咥えたミント味のパイポをカリカリと噛みしめ、葛城は溜息を吐いた。 歩くこと十五分ほど。 木造と石造りの古風な建物が連なる街道の先に、重厚な構えの建物が見えてきた。
石造りの頑丈そうな二階建て。 中央の両開き扉の上には「ルミナス警備隊本部」と刻まれた看板が掲げられ、その下に四本脚の鷲のような聖獣が描かれたエンブレムのタペストリーが垂れ下がっている。
ルカが重い扉を押し開き、縄をグイと引っ張って葛城たちを中に促した。
「第三小隊、ルカ・クライン! 東門警備任務よりただいま戻りました!」
キリッとした声で敬礼するルカに、隊内の視線が集まる。 縛られた葛城と、その後ろでぐったりと首を垂れる獣人の姿に、周囲の隊員たちがざわついた。
捕まった獣人は即座に地下牢へと連行され、葛城は二階にある殺風景な取調室へと通された。
・・・・・
「なるほどな。 大体話は分かった」
木製の無骨な机を挟み、葛城と対峙していた男——ルミナス警備隊長ランドルト・バーグが、深く椅子に身体を預けた。 四十代半ばの叩き上げらしい頑丈な体躯。 白髪交じりの頭髪に、顎鬚をたくわえた顔にはいくつもの傷痕が刻まれている。
ルカからの報告を聞き終えたランドルトは、鋭い眼光を葛城に向けた。
「で? ルカを助けてくれたお前さんは、なにもんなんだい?」
「俺か……?」
葛城はパイポを指で弄びながら、一瞬で思考を巡らせた。 「実は異世界から転移してきました」などと馬鹿正直に答えたところで、異常者扱いされて地下牢に放り込まれるのがオチだ。 刑事としての長年の勘が、無難な嘘のラインを弾き出す。
「東の方にある遠い国でな…… まあ、お前さんたちと同じような刑事——警備隊みたいな仕事をしていたんだよ。 訳があって旅に出てな、ちょうどこの街に着いたところで、この事件にたまたま遭遇したってわけだ」
「ほう、東の国の警備隊ねぇ……」
ランドルトが顎髭を擦りながら葛城の泥のついたスーツ姿を吟味する。
傍らに立っていたルカが、脇のテーブルの上に並べられた葛城の押収品を指さした。
「隊長、この男の所持品も異質です。 見たこともない金属の筒や、精巧な紙の束……」
「ああ、これはただの装飾品とメモ帳みたいなもんだ。 こっちの筒(スミス&ウェッソンM360サクラ)は護身用の道具で、東の国の警備隊の標準装備なんだが、……まあ、あんまり触らない方がいいと思うよ」
(弾が入ったまんまだから、引き金触られると危ないからなぁ)
葛城は適当にとりつくろって説明を煙に巻こうとしたが、ルカは葛城の要領の得ない回答に納得いかないように青い瞳を細める。
「カツラギさん。 あなた、殺人現場で何か魔法かスキルを使っていましたよね? 何をしていたんですか?」とルカは追及を緩めない。
「え? 俺が魔法だって?」
「とぼけないでください。 被害者のそばで、あなたの目が青く光ったのをこの目で見ました。 スキルか魔法の発動の証拠です」
(え? そうなの? スキルや魔法使うと分かっちゃうんだ)
頭を掻く葛城がしどろもどろに答える。
「あー……あれかな。 ユニークスキルってやつ?」
「ユニークスキルだと……?」
ランドルトの眉がピンと跳ねあがり、雰囲気が一変した。 眼光が鋭さを増し、重厚感が部屋に満ちる。
「カツラギさんよ。 悪いが、あんたを『鑑定』させてもらうぞ」
ランドルトの瞳が青く光った瞬間、葛城の視界に半透明の青いステータス画面が広がった。
「お? なんだ?」
勝手に自分のステータス画面が開かれたことに驚く葛城を余所に、ランドルトは空中を睨みつけるようにして頷いた。 ルカも首を伸ばして葛城のステータス画面を覗き見ている。
「なるほど…… ユニークスキル 事象検証。 場所の情報や痕跡を探知する能力か……。 危険ではなさそうだな。 犯罪歴もなし、と」
(うわぁ、ステータス画面って鑑定スキルで他人から丸見えになるのかよ……)
冷や汗を拭いながら、葛城は開き直って口を開いた。
「ああ。 そのスキルを使ったらな、被害者の背中に刺さってた魔法の?毒付きの短剣に残ってた毛と足跡から、犯人がまだ近くの木箱の陰に隠れてるのが分かったんだよ」
「そしたら、あの獣人が飛び出して襲ってきたってわけかい」
「そういうことだ」
葛城が深く頷くと、ランドルトは肘を机につき、じっと葛城の顔を見つめた。 沈黙が取調室を支配する。
「……もし、あんたが俺の立場で、今の話を聞いて、あんたは納得するかい?」
重い問いかけだった。 身元不明、奇妙な衣服、現場で即座に犯人を特定した謎の能力。 警察組織の人間として考えれば、答えは一つしかない。 葛城は小さく溜息をついた。
「……納得、しないだろうなぁ。 とりあえず牢に入れて、明日もじっくり尋問すると思う」といって、葛城は肩をすぼめた。
ハラハラとした様子で二人のやり取りを見守っていたルカが、息を呑むのが分かった。
だが、ランドルトの唇が不意に小さく緩んだ。
「ハッ、違いない」
ランドルトは懐に手を入れ、大きめの銀貨を取り出すと、テーブルの上にカチャンと置いた。
「ルカ。 お前の恩人のカツラギさんはお疲れのようだ。 どうも金も持ってないようだしな。 この金でミランダんとこに連れてってやれ」
「えっ……? あ...、はいっ! わかりました!」
ルカの顔がパッと明るくなり、勢いよく敬礼を返す。 ランドルトは葛城に向き直り、無骨な手でテーブルを叩いた。
「ルカが宿まで連れてってくれる。 今日のところはゆっくり休んでくれて構わん。 また明日、詳しいことを教えてくれや」
「……助かるよ、隊長さん」
葛城は胸を撫で下ろし、パイポを噛みしめながら立ち上がった。
・・・・・
警備隊本部・二階の隊長執務室。 ランドルトは窓辺に立ち、夜の街道を進んでいく葛城とルカの背中を見下ろしていた。
「行かせてしまって良かったのですか、隊長......」
背後から声をかけたのは、眼鏡をかけた真面目そうな女性隊員——ヘレナ・ドノバンだった。 ランドルトは答えず、ただ静かに街並みを見つめている。 ヘレナは書類を抱え直し、淡々と報告を続けた。
「手の空いている者に死体の回収と現場確認、周辺の聞き取りを行わせています。 地下牢の獣人も他の者に鑑定させましたが……隠匿スキル持ちのようで、表示された情報は恐らくデタラメでしょう。 こちらの質問にも応じず、黙秘を続けています」
「そうか。ご苦労」
ランドルトは短く応じると、声が一段低くなり、絞り出すように尋ねた。
「……獣人に闇の爪の刻印はあったか?」
ヘレナが一瞬、目元をピクリと動かす。
「……確認していませんが」
「確認してくれ」
「わかりました」
ヘレナは静かに一礼すると、執務室を出て扉をそっと閉めた。
一人残されたランドルトは、葛城たちの姿が雲の隙間からの僅かな月光の中に消えていくのを見つめていた。
「事象検証...... そして「迷い人」か...... 使えるかもしれねぇな......」
雨上がりの乾ききっていない石畳の街道に、不穏な夜風が吹き抜けていった。
ランドルトさん登場。 「ほえろ!」の裕次郎です。 ミステリアスなヘレナさんはヤマさんっぽい。(おっさんにしか分からない)




