第四話 オーバーライト(レン:初日)
佐伯は、息を殺して木陰に潜んでいた。 視線の先にあるのは、山賊どもに襲われた商人の馬車だ。 遺体や馬車も森の中へと動かされていた。 馬車につながれていた馬たちは、首を落とされた一頭を残して、山賊達にすでに連れていかれた。 山賊の一人が荒らされた馬車の中から顔を出した。 恐らく金目の物でも漁っていたのであろう。 他の山賊はすでに戦利品を担ぎ、馬と商人の娘を連れて、森の中に消えていた。
この山賊は背格好が佐伯に似ているようだ。 ちょうどよかった。
(まずは、着替えるとするか)
佐伯は薄く口角を上げた。 『気配遮断』を発動させたまま、佐伯は足音一つ立てず、馬車からでてきてぶつくさ言っている山賊の背後へと接近した。
山賊は油断していた。 佐伯は電光石火の動作で山賊の腰から短剣を抜き抜くと同時に、左手でその口を強く塞いだ。 驚愕に目を見開く暇すら与えず、奪った刃を喉元へ深く突き立て、真横へと引き抜く。 ドクドクと溢れ出る鮮血。 気道と動脈を同時に断たれた山賊は、声にならない泡を吐きながら崩れ落ちた。
佐伯は脱力した体を受け止め、引きずるようにして近くの藪の中へと引きずり込む。 一切の無駄がない、洗練された殺傷の手際。 服も首回り以外は血で汚れていない。
「におうが仕方ない......」
佐伯は手早く山賊の服を脱がすと、自身の身へと纏った。 ボロ布のようなフードを深くかぶり直し、顔を隠す。 自分が着ていたスーツは山賊の戦利品が入った背負い袋の中に押し込んだ。
続いて、『気配察知』を展開した。 脳内のマップに、赤く点滅するような反応が幾つも浮かび上がる。 少し離れた場所で山賊たちが、アジトへ引き返そうと動いている。
佐伯は彼らの後を、つかず離れずの距離で尾行した。 徒歩で三十分ほど進んだ先、削り立った崖の根本に、ぽっかりと不気味な口を開ける天然の洞窟が現れた。 山賊どもが吸い込まれるように中へ入っていく。 入口には、松明を手にした見張りの山賊が一人、暇そうにあくびを噛み殺しながら立っていた。
佐伯は見張り以外の山賊全員が中に入るのを確認し、少し観察してから動き出した。
(さて……実験といこうか)
佐伯は『気配遮断』を解除し、堂々と洞窟前へと足を進めた。 見張りの視線に注意しながら、意識を集中させる。 見張りが佐伯に気づき、視線が交差した。
《―――「ユニークスキル『記憶の改竄』を発動―――》
脳内でスキル名を唱えた瞬間、佐伯の瞳の奥で青白い魔力が怪しく揺らめいた。 見張りの山賊がハッとした瞬間、その瞳から瞬時に生気が失われた。 焦点が途切れ、口を半開きにしたまま、操り人形のようにぼうっと立ち尽くす。
佐伯の頭の中に、男の記憶の奔流が流れ込んできた。 膨大な記憶の断片の中から、佐伯は先ほど自分が惨殺した山賊の存在をネットを検索するように特定する。 粗暴で不潔な、使い捨ての下っ端。 佐伯はその下っ端の記憶にアクセスし、その顔と存在のイメージを、そっくりそのまま自分(佐伯蓮)の姿へと書き換えた。 違和感を一切抱かせぬよう、整合性を整えながら丁寧に上書きを完了させる。
改竄完了。 佐伯は大仰にフードを軽く引き上げ、親しげな笑みを浮かべて見張りに声をかけた。
「よぉ。たいへんだな」
ぼんやりしていた見張りは、まるで夢から覚めたようにハッと身を揺らすと、親しげな表情で頷いた。
「おお。フリードかよ。おそかったな」
「ちょっと用を足してたら遅くなった。すぐ中に入るよ」
佐伯は再びフードをかぶり直すと、足早に洞窟の内部へと足を踏み入れた。
(ふむ……まずは成功、といったところか。思考の継ぎ目も自然だった。検証の余地はあるが、この能力の有用性は疑いようがないな)
薄暗い洞窟の通路を抜けると、松明の明かりが燦々と照らす広大な空間へと出た。 そこは山賊どもの広間だった。 十数名の荒くれ者たちが無造作に酒樽を囲み、酒杯を交わして下劣な下ネタで大笑いしている。 一段高い場所に据えられた上座では、巨漢の頭領が何かの肉の塊にかぶりつき、脂でギラつく口元を袖で拭っていた。
佐伯は存在感を消し、壁際に沿って静かに奥へと進む。 その時、『気配察知』が強烈な異物感を捉えた。 人ではない。桁違いの生命力を持つ、巨大な生物の気配。
周囲の山賊が酒に夢中になり、誰もこちらを見ていないタイミングを見計らい、佐伯は再び『気配遮断』を展開、すばやく奥の暗がりへと潜り込んだ。
途中で戦利品や物資が乱雑に積み上がった倉庫らしき小部屋があったので、自分の服が入った戦利品の袋も放り込んでおく。 持ち歩いていると要らぬ疑念を持たれる可能性がある。
洞窟の奥にさらに進むと、自然のくぼみを利用した穴に鉄格子を付けたような牢屋が幾つか並んでいた。 手前の最も大きな牢屋の奥。 そこに、それはいた。 山賊の頭領の倍以上はある巨大な体躯。 青黒い皮膚と毛むくじゃらの四肢を持つ怪物。
「...... 人間では、ない?」
佐伯はこの怪物を『鑑定』した。 怪物の前にステータス画面が広がる。
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【名前】:ガルガン
【属性】:トロール オス 15歳 悪 混沌
【状態】:テイム 眠り
【犯罪歴】:無し
【スキル】:棍棒術Lv2 体術Lv2 咆哮Lv2
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——トロール。 地面を揺らすような大きないびきをかいて眠りこけている。
(…… このばけものは使えるな)
佐伯の唇が冷ややかに歪む。 ふと隣の小さめの牢屋に視線を遣ると、トロールのいびきに掻き消されそうなほどかすかなすすり泣きが届いた。 気配を完全に消したまま近づき、鉄格子の隙間から内部を盗み見る。
湿った藁の上、薄汚れたドレスを纏った少女が小さく丸まり、肩を震わせて泣いていた。 襲撃された商隊に乗っていた、あの商人の娘だ。
周囲に他の見張りや山賊がいないことを確認すると、佐伯は行動を起こした。
まずはスキル『開錠』を行使し、トロールの牢の重厚な鍵を音もなく解除する。 鉄格子をわずかに開き、中へ踏み込むと、転がっていた小石をトロールの額へ容赦なく叩きつけた。
「おい、起きろ」
「ゴアッ……!?」 巨大な質量が揺れ、トロールが血走った眼球を剥いて目覚める。 威嚇の咆哮を上げようとしたその瞬間、佐伯は間髪入れずに眼光を覗かせた。
『記憶の改竄』
トロールの粗雑で単純な脳内へ、強烈な記憶の書き換えを流し込む。 凶暴な獣の精神など、人間のそれよりも遥かに書き換えが容易かった。 佐伯はトロールの記憶における自分と商人の娘の認識を『絶対に傷つけてはならない絶対の味方・保護対象』へと上書き。 そして、外の広場にいる山賊たちや頭領の認識を『自分を殺しにきた憎き天敵・今すぐ肉を噛みちぎるべき泥棒』へと完全に書き換えた。
「……行け。お前の敵は向こうにいる」と広間の方を指さす佐伯。
佐伯の言葉を聞いた瞬間、トロールの瞳が真っ赤な殺意で染まり上がった。
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
狂乱の咆哮。 トロールは鉄格子を吹き飛ばし、地響きを立てて猛然と広間へ突進していった。
数秒後。 広間から凄絶な悲鳴と怒号が巻き起こった。
「な、なんだッ!? 用心棒のトロールが狂ったぞ!!」 「ひぎゃあああっ! お、お頭の首が……お頭が頭を割られたぞぉぉ!!」 「ガルガン! ガルガン!! 俺だ、ニコルだ! 分からないのか!? や……やめろ、ぐわぁぁぁッ!?」 「ひぃッ、怪物だ! に……逃げろぉぉッ!!」
圧殺音。 肉が弾け、骨が粉砕される生々しい音が洞窟内に響き渡る。
血まみれになった山賊の一人が、逃げ場を求めて牢屋のある小部屋へと全力で駆け込んできた。 「た、助け——」 必死の形相で叫ぼうとした山賊の背後に、気配もなく滑り込んだ佐伯。 奪った短剣を無言で血まみれの山賊の首筋へと深々と突き立てた。 ゴブッ、と血を吐き、山賊はあっけなく崩れ落ちた。
「騒がしくしないでくれ。 興が削がれる」
佐伯は冷ややかな目で死体を見下ろし、短剣の血を雑巾のように男の服で拭った。
広間からの叫び声は急速に遠ざかっていく。 暴走したトロールは、残った山賊どもを殺戮しながら、外へ逃げ惑う生存者を追って洞窟の出口へと駆け抜けていったようだった。 やがて、静寂が戻る。
佐伯は『気配察知』を展開し、周囲に動く反応が一つもないことを慎重に確認した。 トロールも山賊も、完全に去ったか死滅した。
佐伯は娘の牢の前へと歩み寄り、『開錠』で鍵を外した。
牢の隅で両耳を塞ぎ、あまりの恐怖にガタガタと震え続けている少女。
佐伯はフードを外して一瞬で表情を作り替えた。 冷酷な暗殺者の顔を捨て、心優しく、慈悲に満ちた救世主の微笑みを完璧に貼り付ける。
そっと優しく、少女の細い肩に手を置いた。
「さあ、助けに来ましたよ。おうちに帰りましょう」
少女の身体が跳ねるように震えた。 耳から手を離し、恐る恐る振り返る。 涙と土粉でドロドロに汚れ、泣き腫らした瞼の奥から、怯えに満ちた瞳が佐伯を捉えた。
「……おうち……? おうちに、帰れるの……?」
「ええ。 帰りましょう」
慈愛に満ちた柔らかな声。 佐伯の演技に微かな揺らぎすらない。 少女が恐怖を克服し、立ち上がれるようになるまで少しの時間を要したが、佐伯は嫌な顔一つせず寄り添い続けた。
少女の手を優しく引き、広間を通って脱出を図る。
広場は、まさに一瞬で築かれた地獄絵図だった。 壁や天井にまで吹き飛んだ鮮血。 撒き散らされた内臓と、原型を留めぬ肉塊の山がたいまつに照らされている。 どれが誰の体であったかも判別不能だ。上座の豪華な椅子に座っていた頭領にいたっては、首から上が砕かれて文字通り消失していた。
「見てはいけませんよ」
佐伯は少女の頭を自分の腰元に抱き寄せるようにして視界を遮り、惨状の足の踏み場を避けながら、手際よく洞窟の外へと連れ出した。
湿った夜気が、生温い血の匂いを吹き飛ばす。
洞窟を抜けると、雲が切れ始めていた。 佐伯は深くすがすがしい空気を肺いっぱいに吸い込み、夜空を見上げた。
そこには、地球では決して見ることの叶わない光景が広がっていた。 蒼穹の闇に浮かぶ、二つの巨大な月。 一方は怪しく青く輝き、もう一方は小さく禍々しい赤を帯びている。
あまりにも凄惨な虐殺劇の果てに仰ぎ見る、息をのむほどに美しい異世界の月夜。
(素晴らしい……! このめくるめく美しい世界とその世界を書き換えるこの力!)
佐伯は怯える少女の髪を優しく撫でながら、気づかれぬように口元を愉悦に歪めた。
法も警察も、自分を縛る倫理すら存在しない世界。 この圧倒的な力があれば、どんな欲望も手に入る。 誰にも邪魔はさせない。
二つの月の光を浴びながら、佐伯蓮は異世界での自由と支配の快感に、心の奥底から酔いしれていた。
記憶の改竄スキルの描写も難しい。 回数無制限のルルーシュのギアスっぽくなるので・・。 強すぎるから条件付けたりしてます。




