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異世界事件簿 双月にほえろ!  作者: おっこの
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第二十二話 鼠に繋がる糸 (ジン:八日目)

 警備隊本部の廊下は、夜が更けるほどに静けさを増していく。

 

 繁華街での乱闘騒ぎから、すでに数刻が過ぎていた。 医務室でひとまずの手当てを受けたフィリップとガーウィンは、包帯を巻いた体のまま、そのまま夜の捜査に付き合わされている。


「本当に、今夜のうちにやるのかね……」

 

 眠気を堪えながら、葛城は欠伸を噛み殺した。


「 鮮度が命なのだそうです。 休ませて冷静になられると口を閉ざすことが多いらしくて」


 ルカが、上から伝えられた方針をそのまま口にした。  確かにその通りだ。 疲れさせたほうが口を割りやすくなる。


 石造りの壁に反響する足音を数えながら、葛城はルカと、包帯だらけのフィリップに挟まれるようにして、薄暗い小部屋に足を踏み入れた。  窓もない、狭い部屋だ。 目の前にあるのは、ただの石壁――のはずだった。


「ここは?」


「観察室です。 隣の取調室と、魔法で繋がっているんです」


 ルカが壁にそっと触れると、灰色だった石の表面がゆらりと滲み、隣室の光景が水面のように浮かび上がってくる。


「取調室側からは、ただの壁にしか見えません。 声はこちらに筒抜けですが、逆にこちら側の物音は、あちらには一切聞こえないようになっています」


(.... マジックミラーみたいなもんか)


「今夜の尋問は、イレイン先輩に一任しろと言われています。 手を出さず、ただ見ていてほしいと」


「……分かってるよ。 大人しく見学させてもらう」


 葛城は肩をすくめて壁際に寄りかかった。

 

 壁の向こうの椅子には、ジュリアン・フォン・ナルデニアンが座らされていた。 昨夜の乱闘現場から運び込まれて以来、ろくに眠れていないのだろう。 腫れあがった頬はいっそう青白く、落ち着きなく視線を泳がせている。 縛られた手首を何度も擦り合わせ、貧乏揺すりが止まらない。 貴族の跡取りらしい派手な上着は、昨夜の乱闘で泥と血にまみれ、見る影もなかった。


 その正面に、二つの人影が立っている。

 一人は、細面の女――イレイン・ヴォス。 感情の読めない静かな目で、ただジュリアンを見据えている。 もう一人は熊の獣人、ガーウィン・ロックだ。 包帯がまかれた太い腕を組み、無言でジュリアンを見下ろしているだけで、それだけで部屋の空気が重くなる。


「な、なあ……頼むよ、何とか言ってくれよ……」


 沈黙に耐えかねたのか、ジュリアンが震える声を絞り出した。 だが、イレインは眉一つ動かさない。 ただ、静かに人差し指を立て、自分の唇の前にそっと当てた。

 それだけで、ジュリアンの喉がひゅっと鳴る。


(……? なんだ?)


 観察室のこちら側で、葛城は思わず眉根を寄せた。


(大丈夫か、あれ。 なんつーか……こえぇんだけど)


 尋問と呼ぶには、あまりに静かすぎる時間が流れていく。 イレインは何も聞かない。 ガーウィンも動かない。 ただ、部屋の空気だけがじりじりと重くなっていくのが、壁越しにも伝わってくるようだった。


「なあ……なんなんだよお前ら…… なんなんだよ」


 耐えきれず、ジュリアンが再び口を開きかけた瞬間、イレインの目がわずかに細まった。 声も出していない。 ただ、視線一つで、言葉を差し止める。


「……ッ」


ジュリアンの喉が、また鳴った。


「なあ、あれ……」


「静かに」


 隣で見ていたフィリップが、囁くような声で葛城を制した。


「あれがイレインさんの手口です。 彼女は視線だけで、相手の感情をコントロールできます。 相手が話したがっている時ほど、あえて何も言わずにプレッシャーだけ掛け続ける。 沈黙が続けば続くほど、人は勝手に喋る以外の選択肢がなくなるものなんですよ」


やがて、その静寂に耐えきれなくなったのは、やはりジュリアンだった。


「お、俺は……! ちょっと魔道具を横流ししただけだ! 殺されるようなことじゃねぇだろ!」


 唐突な絶叫。 イレインはそれでも何も言わない。 ただ、静かにジュリアンを見つめ続けるだけだ。


「――くそっ、なんだよ、その目……! 分かったよ、話す、話すから……!」


 堰を切ったように、ジュリアンの口から言葉が溢れ出した。


「ちが……違うんだ、俺はただ、”鼠”のコルトから聞いただけで……。 魔術師ギルドで、珍しい魔道具が作られてるって話を聞いて。 それで、酒場で知り合った兄さんが、段取りを全部整えてくれたんだよ。 うまくいったら分け前をやるって言われて……!」


 観察室で、葛城とルカ、フィリップの三人は思わず顔を見合わせた。


「そしたら……本当にうまくいって。 昨日の夜、言われた通りの時間に、言われた通りの場所に行ったら、本当に宝珠があったんだ。 だから俺は、それを持って……スラムの目利きのところに……」


「――目利き、というのは」

 

 イレインが初めて口を開いた。 抑揚のない、それでいて有無を言わせない静かな声だった。


「ガ、ガローだよ! スラムの魔道具売買のディーラーの……!」


 一度切れた堰は、もう止まらなかった。


「ガローに持っていったら、換金には数日かかるって言われて……。 だから、そのまま家に帰ったんだ。 それだけだ、それだけなんだよ……」


「協力してくれた男の名は」


 イレインが静かに問う。 その声だけで、ジュリアンの肩が跳ねた。


「し、知らねぇよ! 名乗らなかったし……でも、いい奴だったんだ。 一週間後に、また同じ酒場で会う約束をしてる。 その時に報酬の話をするはずだったんだ……」


「顔立ちは」


 イレインが静かに重ねる。


「……歳は俺より少し上ぐらいだと思う。 上品な感じの、綺麗な顔した男だ。 やたら物腰が柔らかくてよ……なんつーか、育ちの良さそうな喋り方だった」


 観察室の中で、葛城の胸の奥が、ちりりと焼けるように疼いた。 だが、それが何の疼きなのか、自分でもうまく言葉にできない。


「本当に、それだけしか知らねぇんだよ……! 名前も聞いてねぇし、どこの誰かも……」


 それきり、ジュリアンはがっくりと項垂れ、嗚咽を漏らし始めた。 縛られた手が、力なく膝の上に落ちる。 ガーウィンが小さく合図すると、控えていた別の隊員がジュリアンを支えるようにして立たせ、静かに部屋の外へと連れ出していった。


観察室では、しばしの沈黙が落ちた。


「……なあ。 あれ、尋問って言うより、脅しじゃねぇか?」


葛城が呆れたようにつぶやくと、フィリップが小さく笑った。


「伊達に第一小隊の尋問担当官をやっていませんからね。 彼女の技術の効果は保証します。 慣れると分かりますが、あの沈黙は下手な尋問より効くんです」


「……イレイン.....恐ろしいな」


ルカが真剣な顔で、こくこくと頷いた。


「イレイン先輩には尋問されたくないです……」



・・・・・



 空が白み始める頃、葛城たちはようやく仮眠を取ることを許された。


 だが眠れたのはほんのわずかな時間で、日が高く昇った頃には、フィリップ、ノーラ、葛城、ルカの四人は、居住区画の外れ――スラム街への道を歩いていた。


「フィリップ、無理すんなよ。 まだ本調子じゃねぇだろ」


「大丈夫ですよ。 このくらい、慣れています」


 包帯の上から上着を羽織ったフィリップは、いつも通りの人当たりのいい笑みを浮かべていた。 だが、その足取りにはまだわずかな硬さが残っている。


 崩れかけた壁と、饐えた臭いの漂う路地を抜けた先に、看板もない古びた店があった。 木戸には錆びた金具が何箇所も打ち付けられ、隙間から獣脂の匂いのようなものが漂ってくる。 通りすがりの住人たちが、警備隊の制服姿に気づくと、そそくさと路地の奥へ姿を消していく。 スラムという場所では、それが当たり前の反応なのだろう。


 扉を叩くと、しばらくして片目の潰れた小柄な老人が顔を出した。 灰色交じりの無精髭に、使い込まれた革の前掛け姿だ。


「……なんの用だ」


「ルミナス警備隊だ。 いくつか訊きたいことがある。 ジュリアン・フォン・ナルデニアンを知ってるな?」


 老人は片目だけを胡乱げに眇めて葛城たちを見回すと、無言で戸を大きく開いた。 店の奥へ入るよう促す仕草だった。


 中は薄暗く、獣の毛皮や牙、見たこともない色をした鉱石の欠片が、雑然と棚に並んでいる。 埃と獣脂、それにかすかな血の匂いが染みついた空気だった。


「手広くやってるみたいだけどぉ。 ヤバそうなブツもありそうじゃん。 なんなら奥も見せてもらおうかなぁ」


 ノーラが軽口を叩きながら、無遠慮に棚の品を覗き込む。 ガローは面倒くさそうに舌打ちをした。


「ああ……あのボンボンか。 知ってるよ」


「昨日、綺麗な宝珠を二つ持ってきたはずだ。 それらがどうなったか話してもらおうか」


「持ってきたのは事実だ。 だが、俺は断った」


 ガローは灰色の無精髭を撫でながら、億劫そうに答えた。


「あんな代物、俺が扱える品じゃねぇ。 出所も怪しすぎる。 触れただけで火傷しそうな品を、俺の店で扱えるかよ」


「断ったのか。 それで、宝珠は?」


「あのボンボンが持ち帰ったよ。 ぶつぶつ文句を垂れながらな。 ――『母上のオークションにでも出す』とか、そんなことを言ってたか」


 葛城は横目でフィリップを見た。 フィリップは小さく頷く。


「何か他に思い出したことがあったら、警備隊まで連絡してくれ」


「ふん..... さっさと出ていけ」


 四人はガローの店から追い出され、後ろで扉が音を立てて閉まった。 立札は「準備中」に変わっている。


 少し離れてから、フィリップが話し始める。


「ジュリアンの母親 クレア・フォン・ナルデニアン様の……オークションサロンですね。 場所は、私も把握しています」


「へえ。 なら話が早いな」


「話だけは、ですが」


 フィリップは軽く肩をすくめてみせた。 貴族社会に生まれ育った者だけが知る、社交界の裏側という顔だった。


「……以前、警備隊が一度だけ家宅捜査を試みたことがあるんです。 窃盗品を扱っていたような証拠は何も見つからず、逆に警備隊の顔に泥を塗る結果になりました」


 フィリップの声のトーンが、わずかに落ちる。


「以来、あの場所には手を出しづらくなっています」


「……警備隊の中に、ナルデニアン側の内通者が居るってことか?」


 葛城が声を潜めて訊くと、フィリップは苦い顔で頷いた。


「考えたくはありませんが……その可能性は、否定できません」


 フィリップの表情に、一瞬だけ何か複雑な陰がよぎった気がした。 だが、それを問い詰める間もなく、彼はいつもの人当たりのいい笑みに戻していた。


 重い沈黙が、狭い路地に落ちた。 ノーラだけが、腕を組んでどこか他人事のように口笛を吹いている。


 昼下がりの陽射しが、スラムの狭い路地にも容赦なく差し込んでいた。 干された洗濯物の隙間を縫うように、痩せた野良犬が一匹、のろのろと横切っていく。 遠くで子供たちのはしゃぐ声と、誰かの怒鳴り声が入り混じって聞こえてきた。


「――それより、”鼠”のコルトの方はどうなってる。 見つける算段はついたのか?」


 葛城が話を変えると、ノーラがにやりと笑った。


「それならもう頼んであるよぉ。 もうそろそろ来ると思うんだけどなぁ」


 その言葉と同時に、路地の陰から小さな人影が飛び出してきた。

 継ぎ接ぎだらけの薄汚れた服。 泥だらけの素足。 ぼさぼさに乱れた髪。 一見すればスラムをうろつく浮浪児にしか見えない、小柄な少女だった。


 ぶつかりかけた通行人に悪態をついた少女は、しかしノーラたちの姿を見つけた途端、まるで別人のようにへらりと表情を崩し、駆け寄ってきた。


「おっ、リゼコ。 早かったねぇ」


「うっせぇな、その呼び方やめろっつってんだろ クソが」


 愛嬌のある少女の口から出てくる辛辣な言葉に、呆気にとられる葛城とルカ。 溜め息を付くフィリップに、にやっと笑うノーラ。 


「なんだこいつら?」 少女は、葛城とルカを顎で指す。


「新しい第一小隊のメンバーだよぉ。 リゼコ、朝礼に顔出さないから」


「ふんっ くだらねぇ。 まぁいい。 リゼット・コロンだ」


(……こいつが、例の潜入捜査官か)


 セリーナが言っていた「潜入調査中の一人」のことを、葛城は思い出した。


「ルカ・クラインです」とルカは敬礼し、「ジン・カツラギだ。 よろしくな」と葛城は手を差し出す。


「お.... おう」とリゼットは少し恥ずかしそうに手を握った。


 だが、すぐに調子を取り戻し、リゼットは周囲を一瞬だけ鋭く見回す。


「例の”鼠”、見つけたぜ」


 その一言に、葛城とルカは思わず顔を見合わせた。


「どこにいるのぉ?」とノーラがいつもの調子で尋ねる。


「ついてきな」


 リゼットは親指で背後の路地を顎で指し示すと、それまでの調子を保ったまま、にやりと笑ってみせた。 その笑い方だけは、なぜか驚くほど愛嬌がある。


「安酒場の裏で油売ってる。 誰かと待ち合わせしてるみてぇだったから、しばらく見張ってた」


「さすがだね」


ノーラが親指を立てると、リゼットは面倒くさそうに手を振った。


「褒めんな、きもちわりぃ、さっさと行くぞ。 逃げられたら元も子もねぇからな。 ついてこれねぇやつは置いてく」


 リゼットは踵を返すと、迷いのない足取りでスラムの奥へと駆け出そうとした。


「ちょっと待ってください」と制止したのはフィリップだった。 「コルトの追跡はノーラとリゼットに任せましょう」


「そうだな。 俺たちは宝珠の行方をあたろう」葛城は頷いて同意した。


「ふん。 好きにしな。 行くぞノーラ」


 リゼットは顎でノーラに合図しながら、走り出した。 その背中は、さっきまでの浮浪児の演技が嘘のように、隊員としての機敏さを取り戻している。


「はいよぉ。 んじゃ またねぇぇん」


 その口調の雰囲気とは裏腹に、リゼットの機敏さに追いつくノーラの背中を見送ると、葛城たちは顔を見合わせ反対方向へ動き出した。 埃っぽい路地を駆け抜けながら、葛城は昨夜の疼きの正体を、まだ捕まえられずにいたが、確実に真相に近づいているという手ごたえを感じていた。


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