第二話 演出家と幕開けの惨劇(レン:初日)
二人目の主人公 佐伯蓮の転移の話です。 場所は違いますが、葛城と同じ時間帯の出来事です。
深い静寂に包まれた森の中で、佐伯蓮は静かに目覚めた。 視界に飛び込んできたのは、見たこともない巨大な樹木が鬱蒼と生い茂る原生林。葉の隙間から覗く空は低く垂れ込め、薄暗い夕闇が急速に広がりつつあった。
佐伯は身体を起こすと、高級ブランドの仕立ての良いイタリア製スーツの皺を手で払った。 二十八歳。 洗練された容姿と端正な顔立ち、知的で透き通るような瞳。 何ひとつとして乱れてはいない。
「……これはなかなか興味深いな」
脳裏に最後の記憶が蘇る。 新宿の老朽化した廃ビル屋上。 土砂降りの雨の中、自分を追い詰めたあのしつこい中年刑事——葛城陣と共に、崩落した鉄骨の足場から宙へ投げ出されたはずだ。 何十メートルもの高所からの激突。 だが、痛みもなければ傷ひとつない。 それどころか、手元には愛用の高級腕時計や手帳、手先が器用な己の商売道具すら完璧に残されている。
佐伯は周囲の森へ冷徹な観察眼を向けた。 見たこともない形状の巨大な葉。 青白く発光する見たことのない苔。 頭上を不気味な鳴き声とともに翼を羽ばたかせて飛び去っていく、爬虫類と鳥類が混ざり合ったような奇妙な生物。
(僕の知識にある地球上の植生、動植物のデータとは一致しない。 僕が死んでいないのだとすれば、何らかの超常的な現象によって見知らぬ場所へ転移させられたか)
常人であれば錯乱し、叫び出すような状況だ。 しかし、佐伯は一瞬で冷静さを取り戻していた。 彼にとって世界は、己が演出し支配するための「舞台」に過ぎないからだ。 ふと、かつて時間つぶしの気まぐれに目を通した、日本の若者たちに流行していた娯楽小説の記憶が繋がる。
「……異世界転移、か。 論理的な説明としては、今のところそれが一番しっくりくるな」
佐伯はそれを突飛な妄想として笑い飛ばすことはしなかった。 起業家として数々の修羅場を潜り抜けてきた男の柔軟性が、目の前の事実をそのまま受け入れさせる。 試しに、その種の小説でのお約束である言葉を静かに口にしてみた。
『……ステータス』
その瞬間、彼の眼前で視界が揺らぎ、青白い半透明の透過スクリーンが鮮やかに浮かび上がった。
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【名前】:レン サエキ
【属性】:ヒト族 男 28歳 悪 混沌
【犯罪歴】:詐欺 窃盗 殺人
【スキル】:鑑定Lv5 記憶補強Lv3 気配察知Lv3 気配遮断Lv3 精神耐性Lv3 開錠Lv3 隠匿Lv4
【ユニークスキル】:記憶の改竄
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「ほう……」
ステータス画面を眺めながら、佐伯の美しい唇の端が緩やかに釣り上がった。 属性は「悪・混沌」。 前世界での己の所業がそのまま反映されている。 そしてずらりと並んだスキル群。 佐伯は視線を最も下に固定し、意識の中で語りかけた。
『鑑定』
すると、滑らかに別のウィンドウが開き、詳細な情報が展開された。
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【ユニークスキル】:記憶の改竄
・対象の記憶、認識、第一印象、噂の記憶などを自由に改竄・書き換えることができる。
ただし、対象が改竄された記憶の矛盾に気づくと改竄情報は解除されてしまう。
・自身を対象とすることで、別スキルを自身に付与・上書き習得が可能。
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「……実に素晴らしい。 僕の演出を助けるための、極上の小道具じゃないか」
知性溢れる瞳に、冷ややかな歓喜の光が宿る。
ゴロゴロと、遠くで不穏な雷鳴が轟いた。 空模様が怪しい。 雨を避けるための場所を探そうと立ち上がろうとした、その時だった。
(……この感覚は、『気配察知』か)
頭の中に、直感的な感覚が芽生える。 三百メートルほど離れた街道沿いの森で、十数人の人間が殺気立ち、交戦している気配だ。 佐伯は即座に『気配遮断』を意識し、音もなく木の影を縫うように移動を開始した。 洗練された身のこなしで接近し、巨大な大木の幹の影から眼下の街道脇を覗き込む。
そこでは、凄惨な弱肉強食の宴が繰り広げられていた。
華美な装飾が施された豪奢な馬車。 四頭の馬のうちの先頭の一頭が首から上を無くしてひっくりかえっている。 それを囲むように、粗末な革鎧や刃の零れた鉄剣を手にした十名ほどの凶悪な男たち——山賊が遠巻きに威嚇している。 馬車を守ろうと剣を構える三人の護衛騎士。 しかし、彼らの表情には絶望が滲んでいた。
「ハハハッ! 死ねや、ナマクラ共がぁッ!」
山賊たちの中から前に出た、身の丈ふた回りも巨大な男が猛哮を上げた。
『スラッシュ!』
大男の両目が青く光り、振るう巨大な両手斧が、一瞬青白い光に包まれたかと思うと凄まじい風切り音とともに一閃する。 激しい金属音と肉が裂ける不快な音が重なり、護衛の騎士二人が胴体から大量の血を噴き出して倒れ伏した。 即死だった。 残る最後の騎士も、恐怖で硬直した隙を突かれ、群がった山賊たちに背中から何本もの短剣を突き立てられて崩れ落ちた。
「お、お頭! 馬車の中に、上玉の金持ちが溜め込んでやがりますぜ!」
山賊の一人が馬車の扉を蹴開く。 中にいたのは、上等な絹の服を着た肥満気味の中年男と、その妻らしき品のある女性、そして震える若い少女だった。
「ひぃっ......! 頼む、金ならいくらでも出す! 商品も金貨も全部やる! だから私と家族の命だけは助けてくれッ!」
商人の男は泣き叫びながら、足元に金貨の詰まった袋をいくつも投げ打った。 お頭と呼ばれた大男は巨躯を揺らし、血で汚れた両手斧を肩に担ぎながら、冷冷とした笑みを浮かべて前へ進み出た。
「悪い話じゃないんだがなぁ、旦那。 ……今回はね、「一人残らず消せ」って依頼なんだよ」
「なっ——」
言葉が終わるより早く、両手斧が垂直に振り下ろされた。 肉を断ち、骨を砕く凄絶な音が響く。 商人の男は頭部から真っ二つに切り裂かれ、言葉を発することすら許されずに物言わぬ肉塊へと成り果てた。
「あなたあああッ!!」
目の前で夫を殺された妻が、悲鳴を上げて大男へ飛びかかった。 「うっとうしいババアだ」と、大男は面倒くさそうに片手で妻の顔面を荒々しく張り倒す。 勢いよく吹き飛んだ妻は、運悪く街道沿いに転がっていた尖った岩に後頭部を強打した。 ゴキリと嫌な骨折音が響き、そのままぴくりとも動かなくなった。
「あ……やっちまった。 お頭ぁ、せっかくの美人が台無しですぜぇ。 楽しんでからでも良かったのに」
取り巻きの山賊が、いやらしいニヤけ面で肩をすくめる。
大男は吐き捨てるように言った。
「うるせえ。そこにまだもう一人いるだろうが」
大男が指さしたのは、馬車の隅で両親の無惨な死体を前にし、声もなく震えていたドレスの少女だった。
「いやぁぁぁぁッ! お父様! お母様ぁぁぁッ!」
狂わんばかりの悲鳴を上げる少女。 山賊たちは品定めをするような下卑た視線で彼女を取り囲み、強引にその腕を縄で縛り上げていく。
「そいつはアジトへ持ち帰ってからゆっくり楽しむ。 馬車の荷物を積み直したら、すぐに帰還するぞ! 言っとくが、俺が一番だ。 俺より先に手を出したらぶっ殺す」
「へーい!」
下卑た歓声を上げる山賊たち。 そのまま少女を連れ、手際よく撤収作業を始めていく。
大木の影で、佐伯蓮はその一部始終を静かに見届けていた。 心拍数の変化すらない。 目の前でくり広げられた容赦のない虐殺劇を見ても、胸を痛めるような良心の呵責など万分の一も感じてはいなかった。
(馬車と服装、武具の精度、貨幣の存在から見て、この世界の文化水準は中世レベル…… いや、あの大男何か使ってたな...... 独特の発展を遂げた文明圏か)
佐伯の脳内で、天才的な思考が超高速で回転する。
(野蛮な山賊の仲間に加わったところで、得られる利害など高が知れている。 彼らはただの末端の道具に過ぎない。……そして「一人残らず消せという依頼」。 つまり、この殺戮の背後には、この少女や商人を消したがっている「力のある何者か」が存在するということだ)
佐伯の唇に、冷たく、そして妖しい笑みが浮かび上がった。
(舞台の幕開けとしては、悪くない配役だ)
大勢の山賊。 圧倒的な武力を誇る頭領。 それらが集う敵のアジト。 常人であれば逃げ出すべき絶望的な状況の中で、佐伯蓮は迷うことなく、己の取るべき「最適解」を弾き出した。
「——あの娘を、助けるとするか」
木々の間を吹き抜ける冷たい風の中、冷酷な演出家は、次の惨劇を最高の娯楽へと塗り替えるべく、静かに思考の糸を紡ぎ始めるのだった。
葛城も佐伯も異世界アルアル的な話の導入にしてます。
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