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異世界事件簿 双月にほえろ!  作者: おっこの
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第一話 おっさん刑事と二つの月(ジン:初日)

 この物語は二つの物語が絡み合います。 基本的に、これら二つの物語は同時進行的に進みます。 まずは主人公の一人目、おっさん刑事の葛城陣が異世界転移するところから・・。

 冷たい雨が、葛城陣かつらぎ・じんの頬を打ちつけていた。 水滴が目に入り、激しい不快感に眉をひそめる。 葛城は重い頭を振りながら、湿った硬い地面を両手で押して身を起こした。


「……くそ、頭が割れそうだ…… 昨日そんなに飲んだっけ?」


 喉がいやに渇いている。 遠くで重苦しい雷鳴が轟いていた。 葛城は意識の混濁を振り払うように頭を強く振り、周囲の暗闇に目を凝らした。


 そこは、見慣れた新宿の路上ではなかった。 そびえる左右の壁は、手削りの不揃いな石が積み上げられた中世ヨーロッパ風の不気味な造りだ。 足元の石畳の隙間からは、気味の悪い青緑色の蛍光を放つ苔やキノコ群が湿気を吸ってぬらぬらと輝いている。 さらに視線を滑らせた葛城は、思わず息を呑んだ。


 積み上げられた木箱の陰で、何かが蠢いている。 甲殻類のような硬質な外骨格を背負い、体長は三十センチほど。 しかし全体的なフォルムはトカゲそのものという、見たこともない異彩を放つ生き物が、蛍光キノコをむしゃむしゃと食んでいた。


「……なんだありゃ。 特撮のセットか……?」


 葛城陣、三十四歳。 警視庁捜査一課の警部補。 たたき上げの刑事として、様々な修羅場をくぐり抜けてきた男だ。 百戦錬磨の直感が、目の前の光景はこれまで遭遇したどんな犯罪現場とも違うと警鐘を鳴らしていた。


 葛城は自分の体を触って確かめる。 泥と雨で濡れたヨレヨレのベージュのトレンチコート。 肩や肘にシワの寄ったグレーのスーツ。 白いシャツは襟元が黄ばみ、ネクタイはしていない。 ラガーマンのように逞しい肉体と、顎のしっかりした四角い顔、右頬には古い傷跡。 ボサボサの黒髪からは水滴が垂れていた。 コートの内側に手を入れ、所持品を確かめる。


 重量感のある拳銃スミス&ウェッソンM360サクラ(装弾数五発)の入った腰のフォルスターと金属製の手錠はしっかりベルトに付いていた。 警察手帳。 一万五千円ほどと自分の名刺数枚が入った財布。 ハンカチ。 ボールペン。 そして、ポケットに忍ばせたミント味の禁煙パイポ。 すべてが無傷でそこにあった。


(俺は…… 死んだんじゃないのか?)


 脳裏に、直前の記憶が鮮明に蘇る。 連続詐欺と殺人容疑で指名手配中の男、佐伯蓮さえき・れん。 冷酷で、世界を己の舞台と宣う過ち多き犯罪者。 新宿の老朽化した廃雑居ビルの屋上。 土砂降りの雨の中、葛城は佐伯をとうとう追い詰めた。 だが、老朽化した鉄骨の足場が突如として大音響と共に崩落したのだ。 十数メートルの高所から、二人揃ってコンクリートの底へ落ちていったはずだった。


「ビルから落ちて、無傷……?」


 骨折どころか擦り傷一つもない。 全身の感覚は極めて鮮明だ。


「佐伯の奴はどうなった……?」と呟きながら、口寂しさを紛らわせようとポケットから禁煙パイポを取り出そうとした時、明るい月明りが葛城の周囲を照らし出した。


 雨がやんだのかと、葛城は何気なく空を見上げた。 そして、言葉を失った。


 雲が晴れた夜空に浮いていたのは——赤と青、二つの怪しい光を放つ巨大な月だった。


「……は?」


 思考が一瞬停止する。 叩き上げの刑事が培ってきた三十四年の常識が、激しい音を立てて瓦解していく。 だが、葛城は単なる堅物ではなかった。 義理堅いが、物事を柔軟に受け止める現実主義者でもある。 その柔軟な頭脳の片隅から、かつて担当した「引きこもり男子高校生不自然失踪事件」の記憶が引きずり出された。 失踪した少年の部屋の捜査で、背景を探るために読み漁った大量の「異世界転生小説」。


 現実世界から転移。 剣と魔法の世界。 ふたつの月が浮かぶ夜空。 モンスターとダンジョン。


「異世界転生……ってか? バカバカしい……。 いくらなんでも、あり得ねえだろ」


 葛城は自分の頬を思い切り叩いた。 パーン! と甲高い音が路地裏に響き渡り、じんじんと熱い痛みが走る。 夢でも幻覚でもない。 試しに、例の小説にあったお約束の単語を口にしてみる。


『……ステータス』


 その瞬間、目の前の空間にスーッと青白い光が走り、透過画面が浮かび上がった。 驚いて目をこすり、手で払おうとしたが画面は視界に固着している。 書かれているのは見たこともない記号的な文字だったが、なぜかその意味が頭に直接流れ込んできた。


——————————————

【名前】:ジン カツラギ

【属性】:ヒト族 男 34歳 善 中立

【犯罪歴】:無し

【スキル】:鑑定Lv2 体術Lv4 棍棒術Lv3

【ユニークスキル】:事象検証ログ・アナライズ

——————————————


(文字の意味が直感でわかる……これも異世界転移の補正ってやつか?)


 刑事としての冷静な分析が、あり得ない現実に追いつこうとしていた。 属性、スキル、そして聞き慣れないユニークスキル。


「ユニークスキル……ってなんだ……?」


「いやあああああッ!!!!」


 葛城の思考を打ち破るように、静寂を切り裂く悲鳴が路地裏に轟いた。 甲高い、若い女性の声だ。 葛城の体に刻み込まれた刑事の習性が、思考より先に動き出す。


「ちっ! なんだってんだよ まったく・・」


 足場を蹴り、雨で湿って重くなったトレンチコートの裾を翻して声のした方角へ駆け出した。 石造りの入り組んだ路地を猛スピードで通り抜ける。 松明の明かりがゆらゆらと揺れるT字路へ飛び出した葛城の視界に、凄惨な光景が飛び込んできた。


「何があった!」


 葛城が声を張り上げると同時に、壁際にへたり込んでいた人物が怯えたようにこちらを振り返った。 濡れた石畳に腰を抜かしているのは、信じられないほど美しい若い女性——いや、外国人風の少女だった。 透き通るような肩までのブロンドの髪と、青い瞳。繊細な造形の美貌は、おとぎ話の妖精のようですらある。


 だが、葛城の鋭い視線は、彼女が握りしめる松明の光が照らし出す「足元」へと注がれた。


 少女のすぐ目の前で、背中からどす黒い血を流した男が倒れていた。 頭部は不自然な角度に曲がり、背中に深々と突き刺さった短剣からは、不気味な黒いモヤのようなものが立ち上っている。 男の瞳は開いたまま光を失い、死後硬直すら始まっていない生々しい死体となって石畳を赤く染めていた。


 ゴロゴロと、タイミングを合わせたように遠くで雷が鳴り響く。雨はいつの間にか上がっていた。


 見知らぬ異世界。 見知らぬ美少女。 そして、目の前に横たわる凄惨な殺しの現場。 三十四歳のベテラン刑事に突きつけられたのは、あまりにも唐突で、血生臭い「事件」の幕開けだった。


 続いて、同時刻に起こっている、もう一人の主人公 佐伯蓮の転移のお話が続きます。 

 できればもう一つ読まれてから、ご感想などをいただけると幸いです。

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