第十七話 迷い人のおっさん刑事(ジン:五~七日目)
「ジン! ジン!」
肩を強く揺さぶられて、葛城は我に返った。 目の前には、心配そうに眉を寄せるルカの顔がある。
「……ああ、悪い。 ちょっと考え事してた」
「どうしたんですか? その服がどうかしたんですか?」
ルカの視線は、葛城が両手で握りしめたままだったスーツの上着に向いていた。 証拠品倉庫の薄暗い明かりの下で見ると、その仕立ての良さがなおさら場違いに映る。 葛城は少し考えてから、言葉を選んで説明した。
「ああ。 これは...。 俺と同じところから来た犯罪者が身に着けていたものだ。 俺はそいつをずっと追っていた……」
そこまで言って、また意識が引っ張られる。 脳裏に浮かぶのは、人当たりの良い笑みを湛えながら、眼の奥では冷ややかに観察している、あの端整な顔だった。
(佐伯……。 お前もこの世界のどこかに居るのか?)
証拠品倉庫の埃っぽい空気の中、葛城の意識は半分ほど過去の新宿へ飛んでいた。 ノーラのいつもの間延びした声で、ハッと我に返える。
「これって、山賊のアジトの倉庫から見つかったんだよねぇ? だとしたら、そのお知り合いさん、山賊に襲われて身ぐるみ剥がされちゃった可能性が高いと思うよぉ」
「…… 襲われていたらどうなる?」
「大抵の場合ぃ。 殺されるか運が良ければ奴隷落ちかなぁ」
「奴隷? ここには奴隷制度が残っているのか?」
葛城は思わず声を大きくした。 言葉尻に少し険が乗ってしまう。 ノーラは呑気な顔のまま、こくりと頷く。
「でもさぁ。 最近、捕まってたんならトロール事件に巻き込まれてるかもねぇ」
「!!」
あのトロールに襲われた夜のことを思い出す。 もし佐伯があの洞窟の奥に囚われていたのだとしたら。 巨体に踏み潰され、あるいは牙にかけられ――。
最悪の想像が、次から次へと湧いて出る。 葛城は頭を振って、その想像を無理やり振り払った。
「一応、こいつを調べてみる」
葛城は佐伯の所持品だったスーツと腕時計を机の上に並べ、ユニークスキルを発動させた。
『事象検証』
青白い光が布地の上を這い、いくつかの反応を拾い上げる。 だが浮かび上がったのは、袖口にわずかに染みついた血痕の反応だけだった。
【対象:血痕(微量)】
【由来:比較対象無し】
「……袖口に血の跡はあるが、これが佐伯のものかどうかまでは分からねぇな」
葛城は舌打ちを堪えて、肩を落とした。 手応えのなさに苛立ちが募る。
「まぁまぁ。 こういうのは焦っても仕方ないってぇ。 他にも何か手がかりが見つかるかもしれないしぃ、とにかく証拠品の検品を先に進めよっか」
ノーラの言う通りだった。 今はまだ、材料が足りなさすぎる。 葛城は乗るしかなかった。 ルカはそんな葛城を心配そうに見つめていた。
・・・・・
結局、押収された証拠品からは、佐伯に関する手掛かりは出なかった。 ノーラ、ルカ、葛城の三人は証拠品と被害届や未可決事件との関連を報告書にまとめて、ランドルト大隊長に提出した。
大隊長執務室に通されると、隊長は書類の山から顔を上げ、「おう。 ご苦労さん。 どうだった?」と報告を求めた。
ノーラから簡単に概要を説明され、幾つかの未可決事件や被害品についての報告がされた。
「あと、かつらぎっちょの故郷の知り合いの物と思われる物品が見つかりました」
ノーラからの意外な報告に、それまで書類を見ながら聞いていたランドルトが葛城に向く。
「どういう知り合いだ?」
「俺が故郷で警備隊の一員だった時に追ってた犯罪者だ。 サエキ・レン...。いやレン・サエキという名前だ」
「お前さんは、そのレンという奴を追ってルミナスに?」
「いや。 ルミナスに来たのは.... 偶然だ」
「.......。」
ランドルトの眼が葛城を見つめる。 顎髭に手をやり、「ふむ」と頷くと、執務室の扉を閉めろとルカに伝えた。 ルカは「ハイッ!」と敬礼してすぐに扉を閉めた。
「カツラギさん。 いや。 ジン。 あんた...」
ランドルトの視線が葛城の体を貫くように強くなる。
「こことは別の世界、異世界から来たんだよな」
(!!!)
葛城は目を剥いて驚愕していた。 話しても異常者だと思われるだけだと思い、自分の事については出来る限りはぐらかしてきた。
(いや......。 待て.....。 ということは...)
「俺以外にも異世界から来た人間は居るのか?」
葛城のこの言葉にルカもノーラも特に驚いた気配は無かった。 どうやら薄々気づかれていたらしい事が分かる。
「ああ。 俺たちは「迷い人」と呼んでいる。 これまでにもそういう連中が来たって話は、この国だけじゃなく他の国でも伝わってる。 珍しいが、俺も初めてってわけじゃねぇ。 情報通の間じゃそこそこ知られてる話だ。 見た目だけじゃぁ迷い人だと見抜くことは難しいが、身に着けているものや知識が違うから見破るのはそれほど難しくはない」
「みんな知ってるのか?」
「いや、大半の一般人は知らねぇよ。 噂話の域を出ねぇ、都市伝説みたいなもんだ。 だが、貴族や商会の上の方、それに俺たちみたいな組織の上役ともなりゃ、頭の隅には入れとくべき話ってわけだ。 「迷い人」ってのは大抵、とんでもないユニークスキルや、常人離れした才を持って現れる。 放っておくと事件を巻き起こす事が多いからな」
葛城は身を乗り出した。
「元の世界に……帰れるのか?」
その問いに、ランドルトは眉根を寄せ、少し言いにくそうに首を振った。
「残念だが、これまで「迷い人」が戻ったって明確な記録はねぇ。 ただ……行方が分からなくなった「迷い人」が何人かいるのも事実だ。 もしかしたら、何かの方法を見つけて戻ったのかもしれねぇ。 可能性がゼロってわけじゃない」
愕然とする思いと、微かな希望とが、葛城の胸の中でせめぎ合った。
(佐伯を見つけて、元の世界に戻り、奴をブタ箱に放り込むことも可能なのかも知れない....)
「そのジンの知り合いも「迷い人」だ。 生きているならどこかで何かの事件を引き起こす可能性が高い....」
「それで、だ」
ランドルトが話を戻す。
「ジン。 このまま、うちの警備隊の捜査部で正式に働いてみねぇか」
「……本気で言ってるのか?」
「ああ。 お前さんの追ってる相手が生きてるなら、探すにしても、こういう組織に属してた方が何かと動きやすいはずだ。 この世界で生きていくにも仕事は必要だしな」
葛城もそれは理解できる。 ランドルトの提案は願ったりかなったりだ。
「それにな。 「迷い人」は強力なユニークスキルを持ってるから、大抵の場合、貴族やギルドから囲われることになる。 最悪、奴隷化だ」
「ど・・奴隷化だって?」
葛城はランドルトの言葉にあっけにとられた。
「ああ。 奴隷化ってのは、強制的に言うことを聞かせる事ができる魔法呪術だ。 魔法で契約させられた奴隷は主人の言うことを聞かないと強烈な痛みに襲われる。 その痛みはどんどん酷くなり最悪死ぬ。 そんな魔法だ」
葛城の脳裏に奴隷化される佐伯の姿が浮かんだ。 強制的に何かをやらされる佐伯。 それは佐伯がやってきたことを考えると自業自得とも言えるだろう。 しかし....。
「警備隊に参加すりゃぁ。 そのあたりは俺の権限で守ってやれる。 まっ その分 しっかり働いてもらうがな」
ランドルトが凄みのある笑みを葛城に向けた。
断る理由など、どこにもなかった。 佐伯の行方を追う意味でも、今後の生活を考えても、この申し出を蹴る理由が見当たらない。
(ルカと相棒宣言してしまってるしな)
ルカをチラッと見るとルカは例のキラキラした眼で、葛城を見ている。
「……わかった。 世話になるよ」
「よし。 決まりだ」
ランドルトはにやりと笑い、机を軽く叩いた。 ノーラとルカが笑顔でハイタッチをする。
「ただし、正式に警備隊員になる為の試験に合格してもらう必要がある。 歴史と法律、それに実技だ。 家庭教師はルカとノーラにやらせる」
「あっ ウチそういうのメンドイんでぇ。 ルカっちよろしくぅ」
突然 踵を返してそっぽ剥くノーラの変わり身は驚愕に値する。
「はいっ! 謹んでお受けいたします!」
ルカは笑顔で敬礼した。
・・・・・
翌朝から、葛城の受難が始まった。
第一小隊にはまだ葛城やルカの机がないため、証拠品倉庫の隅にある古い机を借りることになった。 向かいにはルカが座り、山と積まれた教本を睨みつけている。
「グスタフさん、机お借りします」
「あぁ? 好きにしろ。 ただし俺の作業の邪魔だけはするなよ」
グスタフはぶつぶつと文句を言いながらも、机の上の道具をどかしてくれた。 口では文句を言いつつ、隅に椅子を一脚余分に用意してくれるあたり、面倒見の良さがにじみ出ている。
「まさかこの年になって、また歴史だの法律だのを勉強する羽目になるとはなぁ……」
葛城は頭を抱えながら、ルカが用意した分厚い教本のページをめくった。 警察の昇任試験でも、これほど気が重くはなかった気がする。
「弱音を吐いても仕方ありません。 ジンなら一発合格間違いなしです」
ルカは生真面目な顔で教鞭――代わりの木の棒を握り、法律の項目を指し示した。 しかもなぜか眼鏡まで掛けているルカであった。
「まずはこの国の裁判の仕組みからです。 この国において、裁判は基本的にパルテナ聖教会で行われます。 原則は一審制ですが、事件の重要度や当事者の身分によって、審議の回数が増えることもあります」
「教会が裁判所ってのは、こっちの世界だと普通なのか」
「はい。 判事の役目を担うのは、教会に仕える司祭です。 どの神を信仰する教会かによって、罪の定義や裁き方も変わってきます。 このアルファンド王国の国教はパルテナ聖教。 光の神パルテナ様は、法と秩序と善行を重んじられますが、その分、規律には厳しい神様です」
「へぇ……で、有罪になったらどうなるんだ?」
「有罪と判断されると、司祭が『ジャッジメント』という魔法を発動します。 その魔法が、犯罪者の魂に罪状を刻み込み、言い渡された罰を受けるという仕組みです」
「魂に刻む、ねぇ……」
「これが、ステータス画面に犯罪歴が表示される理由です」
葛城は思わず唸った。
(なるほど……あのステータス画面の犯罪歴表示、そういう仕組みだったのか)
「『隠蔽』スキルでその表示を誤魔化せるって話も聞いたが」
「はい。 ただ、根本にある魂への刻印そのものは、教会の司祭でないと消せないと言われています。 あくまで、表示の偽装をしているだけです」
法律の項目を一通り叩き込まれた後は、この国の成り立ちの歴史へと進んだ。
アルファンド王国は、初代国王が周辺の小さな豪族をまとめ上げて興した国で、今の国王はイシル・エル・ド・アルファンド。 王都グランバルを中心に、貴族評議会での協議を経て政治が行われている。
最終的な決定権は国王の宣言によって決定されるが、実務は評議会が担う。
葛城は途中で何度もあくびを噛み殺しながらも、刑事だった頃の記憶力だけは衰えていないと見えて、要点だけは着実に頭に叩き込んでいった。
「なぁ、こういうのって全部覚えなきゃ受からねぇのか?」
「試験範囲は基礎的な部分だけです。 でも、基礎が疎かだと現場に出てから困るのはジンさんですよ」
ぐうの音も出ない正論に、葛城は肩を落とすしかなかった。
昼過ぎ、そろそろ休憩を挟もうかというところで、扉が勢いよく開いた。
「よぉ、精が出るな。 勉強の邪魔して悪いが」
顔を出したのはランドルトだった。
「隊長? どうしたんですか」
「魔術師ギルドで魔道具の盗難があったそうだ。 密室状態の倉庫から、高価な代物が消えたらしい」
葛城とルカは、思わず顔を見合わせた。
「現場検証に、お前ら二人も行ってくれ」
葛城は椅子から立ち上がると、久方ぶりに刑事の顔で頷いた。 窓の外では、二つの月がまだ姿を見せぬ真昼の空に、白い雲がゆっくりと流れている。 「迷い人」だと知られ、警備隊員になる道を選び、そして今、新たな事件が動き出そうとしている。 この世界での自分の居場所が、少しずつ形を持ち始めていることを、葛城はどこか他人事のように感じていた。




