第十五話 策士の暗躍III(レン:六日目)
魔道具完成の日、佐伯は魔導工房の制服を纏い、何食わぬ顔で裏口をくぐった。
フードの下に整った顔立ちを隠し、歩幅までも新人らしい遠慮がちなものに変えている。 行き交う職員の目にも、彼はただの新人助手としか映らない。
工房では、オズワルドが最後の仕上げに取り掛かっていた。 佐伯はオズワルドの弟子のウルゼンに言われるがまま道具を運び、火の番をし、目立たぬよう立ち回りながら、その時をじっと待った。 鍛冶場の熱気が肌を炙り、額に浮いた汗が幾筋も伝い落ちていった。
・・・・・
やがて、鍛冶場の熱気の中でオズワルドが低く唸った。
「……よし.... おい ウルゼン! ギルド長に出来たぞって伝えて来い」
台座の上の二つの球体が静かに青い輝きを湛えているのをオズワルドは満足げに見て頷いている。 二つの「共鳴宝珠」がひとまず完成したようだった。
弟子のウルゼンが「へーい」と答えて、工房の扉から出ていく。
しばらくして、知らせを受けたミルセイン・アーガスと副長のクラリス・アンダーホーンが工房に姿を見せた。
ミルセインはピンクの髪を揺らし、幼い声で満足げに呟きながら、宝珠を一つ一つ手に取って確認し始める。
佐伯は目立たないように作業場の隅に隠れている。
「うむ。 上出来じゃ さすがじゃなオズワルド、ウルゼン」
労いの言葉をオズワルドとウルゼンにかけると、宝珠を台座に戻して、両手で二つの宝珠を囲むように広げると、古い呪文を紡ぎだした。 ミルセインは体が小さいので、まるで抱えているように見える。
ミルセインの両手から白い光があふれ出る。 その淡白い光が宝珠を包み、宝珠自体が渦巻く光を吸い込んでいく。 クラリス、オズワルド、ウルゼンが、その神秘的な光景に見とれていると、だしぬけに光が収まった。
「よし、通信魔法の顕現確認。 あとは動作確認じゃな」
「クラリス。 おぬし一つ持って離れたところで、宝珠を起動してみよ」
クラリスはミルセインの指示に従って、宝珠を一つ両手で持つと工房の端まで移動し、呪文を唱えると、クラリスの姿がもう一つの宝珠から工房の反対側へ投影された。 投影されたクラリスの姿は半透明だが、宝珠を持っている姿が投影されている。
「成功じゃな」
ミルセインは満足そうに頷いた。
「おめでとうございます。 ミルセイン様。 オズワルド様」
クラリスは宝珠を台座に戻すと、二人に深々とお辞儀をした。
佐伯は工房の隅、道具棚の陰に控えたまま、意識だけを鋭く尖らせていた。 ミルセインの視線がふと工房内を巡る。 あの緑色の瞳が、一瞬こちらへ向いたように思えた。
(――!)
息を殺し、気配を薄く薄く塗りつぶす。 ミルセインの緑色の瞳が、道具棚の並ぶ暗がりの方角へ、ほんの一呼吸だけ留まる。
(――勘の鋭い魔術師だ。 気配は消しているのに)
佐伯は表情一つ動かさぬまま気配を消し続ける。
幸い、ミルセインの興味は完成した宝珠に向き直った。 彼女は満足げに頷くと、それ以上留まることなく踵を返す。
「クラリス、あとは頼んだぞ。 アルファンド王族様への献上品じゃ、粗末に扱うでないぞ」
「かしこまりました」
クラリスが恭しく二つの宝珠を布に包み、両手で捧げ持って工房を出ていく。 佐伯は静かにその後を追った。 足音一つ立てず、影から影へと渡り歩くように。
廊下を抜け、重い鉄扉の並ぶ一角――宝物庫の前で、クラリスは足を止めた。 その頑丈そうな扉を開き、中へ足を踏み入れる。 中央におかれたテーブルの上の豪華な台座に宝珠を丁寧に安置する。 部屋の中を再度確認し、宝物庫を出ると扉を閉め、印を結ぼうとするその背に、佐伯は足音を殺して歩み寄った。
「クラリス様。 よろしいでしょうか」
「――あら、あなたは」
振り返ったクラリスの瞳を、佐伯はまっすぐに見つめる。
『記憶の改竄』
意識の表層がふっと緩んだその刹那――背後の暗がりから、音もなく人影が滑り込んだ。
狼の耳としなやかな体躯。 ヴィオラだった。 無言のまま扉を開けて宝物庫へ入り込み、台座の二つの宝珠へ手を伸ばす。 指先が触れた瞬間には、取り出した布に包み、それを胸に抱え込んでいた。 踵を返し、扉を音もなく閉め、廊下の先の窓を開けて外へ飛び出す。 動作の一つひとつに無駄がなく、影が走り抜けた一瞬の事だった。
佐伯はクラリスの意識を繋ぎ止めたまま、この数秒の記憶だけを丁寧に削り取っていく。
――何事もなかった、静かな数秒間。 それだけが、彼女の中に残された。
クラリスは小さく瞬きをすると、ふと怪訝そうに眉を寄せた。 何かが引っかかる、けれどそれが何かは思い出せない――そんな顔だった。
「…… ほんと..... 疲れているのかしら」
独り言のように呟くと、彼女は宝物庫の中へ向き直り、宝物庫の扉に向かって淡々と結界の呪文を唱え始めた。 宝物庫全体に、青白い光の膜がゆっくりと張られていった。
クラリスが宝物庫の結界を確認した後、静かに自室へと踵を返したところで、廊下の先の窓が開きっぱなしになっていることに気づいた。
「変ね。 階段上ってきた時は閉まってたと思ったけど..... 風かしら?」
窓に近づき周りを確認するが特に何もないので、閉めて鍵を施錠し、自室に戻る為にクラリスが階段を上がったところを確認してから、佐伯は物陰から動き出した。
最後に、工房へ戻る。 オズワルドは後片付けに追われ、佐伯のことなど気にも留めていない。 その背中へ静かに歩み寄り、佐伯は瞳を覗き込んだ。
『記憶の改竄』
――新人助手の記憶が、音もなく消えていく。今日この工房に、佐伯という男が出入りした痕跡は、誰の記憶にも残らない。
同じように工房裏で帰宅の為に荷物整理をしていた弟子のウルゼンの記憶も消して、佐伯は静かに工房を後にした。
・・・・・
夜風の吹く裏通りで、佐伯はヴィオラと合流した。 彼女は無言のまま、布に包んだ二つの宝珠を差し出す。
「ご苦労だった」
「……ああ」
短い返事だけを寄越すヴィオラの表情に、変化はない。 だがその赤い瞳の奥には、確かな安堵の色が滲んでいるように、佐伯には見えた。
佐伯は懐から粗末な布袋を取り出すと、宝珠を丁寧に包み直した。
魔術師ギルドの裏手、職員たちが使うゴミ置き場――積み上げられた木箱とゴミ箱の脇に、その袋をそっと押し込む。
「いこうか」
佐伯はそう呟くと、ヴィオラを伴い、その場から姿を消した。
・・・・・
夜がすっかり更けた頃、ゴミ置き場に一つの人影が現れた。 ジュリアンだった。
落ち着かない様子であたりを見回しながら、教えられた通りにゴミ箱の脇を漁る。 指先が布の感触に触れた瞬間、彼の顔つきが変わった。
震える手で袋の口を開き、中を検める。 青白く輝く球体二つ――「共鳴宝珠」に間違いなかった。
「まじかよ…… あんにゃろ…… マジでやりやがった……」
声が震え、次第に笑いへと変わっていく。 あたりを憚る様子もなく、月明かりの下でその声は次第に大きくなっていった。
「これで俺は大金持ちだぜっ! 俺を馬鹿にしてたやつらを、これで見返してやる……!」
高らかな哄笑を残し、ジュリアンは袋を抱えて夜の街へと駆けていった。
その一部始終を、魔術師ギルドの建物の窓辺から見つめる者がいた。 フィオナだった。
この時間、毎日の習慣で、彼女は窓を開けて、風に当たりながら、帰宅前のお茶を飲むのだった。
開けた窓の下――暗がりでゴミ箱を漁っていた男の顔が月明かりに浮かび、何をしているのだろうと不思議に思った。
(身なりがしっかりしているのに、ゴミを漁るなんて、何か落としたのかも....?)と、一人で納得して、窓を閉めると帰っていった。
記憶力に自信のある彼女の頭に、その横顔がしっかりと焼き付けられていく。
そして、その光景をさらに離れた場所から見下ろす二つの影があった。 隣の建物の屋根の上、夜闇に紛れて佇む佐伯とヴィオラである。
「――上出来だ」
佐伯は満足げに呟くと、フィオナが閉めた窓を、遠く冷ややかな目で見つめていた。
彼女があの横顔を誰かに語る日が来るかどうか、それすらも今の佐伯にとっては些末な変数の一つに過ぎない。
(さて..... 放蕩息子の宝珠の売り先を確認するとしよう)
風が屋根の上を吹き抜け、遠くの酒場の喧噪がかすかに運ばれてくる。
舞台の幕は、こうしてまた一つ、彼の思い通りに下ろされていった。
次にどの糸を引くか、佐伯の胸中では、すでに次なる算段が静かに動き始めていた。
次はジンの話です。




