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異世界事件簿 双月にほえろ!  作者: おっこの
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第十四話 策士の暗躍Ⅱ(レン:三~五日目)

 その後、佐伯は少し考えた後に、魔道具盗み出しの方法について、思い当たる事があるとジュリアンに持ち掛けた。


 佐伯は続けて、まだ分からないので、少し時間が欲しいと伝えると、ジュリアンは訝しい目を向けていたが、特に失うものはないと考えたのか、二日後の夜に同じ時間同じ酒場で会う約束に合意し、その日はそのまま別れることになった。


 モントブラン家に戻った佐伯はその日の内に、ロベルトとセバスチャンから、魔導士ギルドの重要人物や建物、業務内容などの情報を共有してもらい、いくつかの依頼をした後、自室で次の日に行うことを整理した。



・・・・・



 翌日、佐伯はセバスチャンに準備してもらった魔術師のローブを纏うと気配を最小限にしながら目立たぬように魔術師ギルドの扉をくぐった。 朝の出勤時の出入りの激しさに紛れれば、見慣れぬ顔の一つや二つ、誰も気に留めはしない。 人の流れというものは、時に最良の隠れ蓑になる。


 石造りの重厚な建物は、一階が受付、奥に魔道具工房、二階に資料室や執務室、そして倉庫や宝物庫、三階に幹部の私室が並ぶ造りになっていた。 壁には歴代のギルド長の肖像が並び、廊下の隅々にまで年月の重みが染みついている。 


 佐伯は歩を進めながら、建物の構造を丹念に頭へ叩き込んでいった。 裏手の勝手口、書庫脇の高窓、資材搬入用の裏階段――侵入経路と脱出経路の候補が、いくつか見つかった。


 二階の中腹、窓がない部屋の鈍く光る鉄扉の向こうに魔道具の保管庫があるらしいと当たりをつけたところで、通りかかった若い職員に呼び止められた。


「あの、失礼ですが、どちらの方で……」


「――ああ、少し道に迷ってしまいましてね」


 佐伯は柔らかく笑いかけながら、青年の目を静かに覗き込む。


記憶の改竄(オーバーライト)


 直前数秒の記憶だけが、音もなく塗り替えられていく。 青年は小さく首を傾げると、「お気をつけて」とだけ言い残して立ち去っていった。 この記憶の印象を極端に薄くしたので、恐らく青年はこのことを覚えていないだろう。


(――便利なものだ)


 すばやく一通り建物内を見て回るうちに、要となる人物の輪郭も見えてきた。

 

 ギルド長のミルセイン・アーガス。 

 その補佐のクラリス・アンダーホーン。 

 そして工房主任のオズワルド・ブレイズブリック――この三人が、この計画の要になる。


 中でも佐伯が最も注意を払ったのは、ミルセインだった。

 三階中央廊下の奥、開け放たれた扉の隙間から見えたのは、ピンクの髪を揺らす幼いエルフの少女の姿。 だがその印象は、一瞬にして塗り替えられた。 子供のような外見の奥に潜む、底知れぬ気配。 佐伯は背中に寒気が走っていた。 この幼い見た目のエルフは見たままの年齢ではないと直感が告げていた。


(あれには近づかない方がいい。 リスクは避けるに限る)


 これ以降、佐伯は三階には立ち入らないようにした。 気配を最大限殺して、階段を下る。

 

 建物を出る前に、佐伯は裏手のゴミ置き場にも足を運んでおいた。


 積み上げられた木箱と、職員たちが日々の残飯や紙屑を捨てていくいくつかのゴミ箱。 人目につかず、それでいて表通りからそう遠くない絶好の受け渡し場所だった。


(――ここなら、目的の品を一時的に隠しておくのに十分だ)


 佐伯は静かにそう判断を下すと、この日は深追いせず建物を後にし、ヴィオラと合流した。



・・・・・



 翌日、佐伯は今度はセバスチャンに昨日準備してもらった新品の魔道工房の制服を着て、今回はスキルを使って裏口からギルドへ忍び込んだ。 

 

 今日の目的は、魔道具の制作状況と、完成後の保管方法を探ることだ。

 

 工房の隅、資材の陰に身を潜めながら、まずは見習いらしい若い職員に狙いを定める。 書類仕事に追われる彼女は、そそっかしく紙の束を落としては慌てて拾い集めていた。 その背後にそっと近づき、肩に軽く触れる素振りで意識を逸らしながら、佐伯はその瞳を覗き込んだ。


「あ、すみません、通してもらえますか」

「ええ、どうぞ」

 顔を上げた見習い魔術師のフィオナ・レイクウッドが、屈託のない笑みを返す。その瞬間、佐伯の瞳が静かに輝いた。


記憶の改竄(オーバーライト)


 浅く、けれど確かな読み取り。 フィオナの記憶の表層から、必要な情報だけを丁寧に掬い上げていく。――彼女はやはり見習いらしく、あまり詳しい情報は持っていなかったが、とても珍しい魔道具が工房で作られていて、もうすぐ完成しそうだという事がわかった。 


さらに記憶を軽くさらうと、この娘は時間に大変正確で、毎日決まった事を決まった時間に行う大変几帳面な性格のようだった。


(この娘は使える)


 同じように彼女の中のこの記憶の印象も最小にしておくことは忘れない。 終わると佐伯はそこから離れた。


 次に佐伯が向かったのは、ギルド長補佐のクラリス・アンダーホーンだった。 眼鏡の似合う冷たい美貌の彼女は、書類の束を小脇に抱えながら足早に二階の廊下を歩いている。 すれ違いざま、佐伯は軽く肩がぶつかったふりをして詫びを口にした。


「これは失礼を」

「……いえ、こちらこそ」

 クラリスが顔を上げたその一瞬、佐伯の瞳が静かに輝く。


記憶の改竄(オーバーライト)


 彼女の記憶から、現在開発中の魔道具は「共鳴宝珠(レゾナンス・オーブ)」という名で――遠く離れた場所同士で顔を見ながら会話ができるという、アルファンド王族への献上品であることが分かった。   

 現在、魔導工房長のオズワルド・ブレイズブリックが、工房において最終工程中で、完成すればまずギルド長ミルセインが顕現の儀式で「共鳴宝珠(レゾナンス・オーブ)」を覚醒させ、動作の確認を行い、それから副長のクラリスが宝物庫へ運び入れ、結界を張って保管する手筈になっている。 他にも、宝物庫の結界の仕組みと、鍵の管理方法が読み取れた。 


 淡々とした事務的な情報の羅列――だが佐伯にとっては、これ以上ないほど価値のある地図だった。 宝物庫の結界は、扉を閉じた後にクラリス自身の魔力で施錠されること。 それまでの数瞬、扉には物理的な鍵さえ掛かっていないこと。 そして明日の夕刻頃完成予定であること。


 必要な情報を入手すると、印象操作だけ行って、クラリスから離れた。 クラリスはすぐにはっとして、「疲れているのかしら......」と呟くと、仕事に戻っていった。


(明日完成か。 想定よりも早かった。 今日準備しておいて正解だったな)

(宝物庫の結界は、彼女が唱えるまでは発動しない。ならば――そこに割り込む隙は、必ずある)


 最後に、工房の最奥。 金属を打つ重い音の響く一角で、佐伯は工房主任のオズワルドの背中を見つめた。 

 がっしりとしたドワーフの体躯、火傷の痕が刻まれた太い腕。 無骨な職人が、一心不乱に二つの「共鳴宝珠(レゾナンス・オーブ)」の最終調整に打ち込んでいる。 時折、傍らの弟子らしき職員に短く指示を飛ばす声には、迷いというものが一切なかった。


(この男の懐に入り込めれば、明日は夜まで自由に工房を出入りできる)


 佐伯は物陰から静かに歩み寄ると、作業中の弟子に見つからないように、オズワルドの視界の端に自然に入り込んだ。振り返った初老のドワーフの目に、佐伯の瞳が映り込む。


記憶の改竄(オーバーライト)


 ――明日からここで働き始める、魔道具制作の新人助手。 物覚えは悪くないが、まだ工房の勝手をよく知らない若造。 そんな像が、オズワルドの記憶の中に静かに、しかし確かに上書きされていく。


「……おう、お前さんだったか。 明日から真面目にがんばってくれや。 詳しい事は後ろの弟子に聞いてくれ」


「はい、よろしくお願いします」


「おい! ウルゼン! こいつ明日から入る...... 名前なんだっけ?」

「サンザです。 サンザ・レイン」


「そうだ。 サンザだ。 おれは今忙しいから、おまえ面倒みてやれ」

「えええー? 聞いてないんですけど。 まぁ いつものことか.....。 おれはウルゼン・ウィルソン。 じゃぁ 明日からよろしく」と、奥から顔を出した赤毛でくせ毛のがっちりとし始めたが、まだあどけなさが残る若い人族の青年が面倒くさそうに応えた。


 佐伯は柔らかく二人に頭を下げながら、内心で笑みを深めた。 オズワルドは満足げに頷くと、また鍛冶台に向き直り、鎚を振るう腕に一切の躊躇いを見せなかった。 頑固で口うるさいと評判の職人らしいが、いったん懐に入れた者への面倒見の良さは、噂に違わぬものらしい。 

 

 ウルゼンも軽く会釈した後、自分の仕事に戻っていった。


 これで明日、工房の中に堂々と身を置ける。 あとは、宝物庫へ運ばれる瞬間を待つだけだ。



・・・・・



 約束の刻限、佐伯は先夜と同じ酒場の同じ卓に同じ服装で着いていた。 ほどなくして、ジュリアンが上機嫌な足取りでやってくる。 頬はすでにほんのりと赤い。


「よぉ、待たせたか」


「いいえ、ちょうど今来たところです」


 佐伯は静かにグラスを一つ、ジュリアンの前に押し出した。


「――目途がつきました。 魔道具をお売りいただいた際の代金の、三割をいただければ、その品をある場所までお持ちすることができます」


「三割か……悪くねぇな」

 ジュリアンは片眉を上げながらニヤついた笑みを浮かべる。


「しかし、この計画が実行できるのは、目的の魔道具が完成するその日――つまり明日限りです。 この計画を実行するかどうかの判断を、今、この場でお決めいただきたい」


「明日?……ずいぶん急な話じゃねぇか」


「目標の魔道具は完成した瞬間から厳重な結界に守られた宝物庫に移されます。 そうなるともう手が出せません。 機会は一度きり、それが明日しかございません」


 ジュリアンは苛立たしげに酒杯を鳴らしたが、それ以上食い下がりはしなかった。


「……で、どうやって盗み出すつもりだ?」


「魔術師ギルドの中に、協力してくれる者がおりますので」


「協力者? 誰だよ、それ」


「――それは、お教えできません」


 佐伯はやんわりと、しかし取り付く島もない声で断った。 ジュリアンは不満げに舌打ちをしたが、それ以上は問い詰めてこなかった。 損得勘定だけは、この放蕩息子にもいくらか働くらしい。


「やりますか。 やりませんか。 今、この場でお聞かせください」


 卓の下で指を組みながら、佐伯は静かにジュリアンの顔を見つめた。 しばしの沈黙の後、ジュリアンは酒杯を一気にあおると、にやりと笑って頷いた。


「――やるぜ」


「では、明日の簡単な流れをお伝えします」


 佐伯は声を落とし、ゆっくりと語り始めた。


「明日の夕方ごろ、目標の魔道具が完成します。 ギルド長のミルセインが確認してから、魔道具は保管室に移動されますが、その時に協力者に盗ませて、ある場所に隠してもらいます。 ジュリアン様には明日の夜、必ずこの指定した時間に、その指定した場所に行って、その魔道具を受け取っていただければよいのです」


「それだけか?」


 佐伯は頷くと「ジュリアン様のお取引もあるでしょうから、一週間後にこの酒場で同じ時間にお会いしましょう。 報酬の受け取り方法などについてはその時に」


「わかった。 しくじるんじゃねぇぞ。 そんときゃ俺は何も知らないからな」


「承知しております」と頭を下げる佐伯に、満足げな笑みを浮かべて、ジュリアンは上機嫌な足取りで店を出ていった。 


その背中を見送りながら、佐伯はグラスに残った酒を静かに飲み干す。


(――良い駒だ。 役目を終えれば、勝手に破滅を選んでくれる)



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