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異世界事件簿 双月にほえろ!  作者: おっこの
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第十二話 おっさん刑事と相棒(ジン:三日目)

 ――(ああ、またこの夢か.......)


 狭い路地の奥。 湿った雨上がりのアスファルトの匂い。 目の前には、恐怖に涙を溜めた五歳ほどの男の子。 その細い頸筋に、刃渡り十五センチほどの包丁がぴたりと突きつけられている。 握っているのは、くたびれたワイシャツによれたズボン姿の、疲れきった中年男――篠原(しのはら)


 葛城は拳銃の銃口を篠原に向けたまま、じりじりと間合いを詰めていく。 手のひらに滲む汗。 鼓動が、やけに大きく耳の奥で鳴っていた。


「篠原! その子を離せ! もう逃げられん! 投降するんだ! これ以上罪を重ねるな!」


「刑事さん…… おれはもう…… 家族も仕事も貯金もなんもかんもっ! みーんな無くしちまった……。 おれはもう終わりだ……。 終わったんだ。もうこうするしかないんだ」


 何度もこなしてきたはずの現場だった。 だが、目の前の男の目に宿る、生きることそのものを諦めた光だけは、いつまで経っても慣れることがなかった。


 篠原の手に、じわりと力がこもる。 子供の喉が、ひくりと震えた。 その瞳に映る自分の姿を、葛城は今でも鮮明に覚えている。


「やめろ! 篠原! やめろぉーー!」


 轟音。

 視界が白く弾け、すべての音が遠くなる。



・・・・・



 ――まぶたの向こうが、やけに眩しい。


 頭上に広がるのは、幾重にも重なった深緑の梢と、そこから漏れる淡い木漏れ日。 鳥のさえずりと、葉擦れの音。 後頭部に触れる、妙に柔らかく温かい感触。 ゆっくりと焦点が合っていくと、心配そうに覗き込むルカの顔があった。

 ――膝枕。


「う、うわっ!?」


 葛城は跳ね起きるように上体を起こし、慌てて距離を取った。 勢いで踏みつけた小枝が、パキリと乾いた音を立てる。


「す、すまん! 俺は、その……!」

「あ、いえ、大丈夫です! カツラギさんが、急に気を失ってしまったので……」

 ルカが安堵したように目を細める。 その表情で、ようやく葛城も状況を思い出し始めた。 


 トロールが折れた木の枝に自ら頭を突き立て、絶命した瞬間――そこまでは覚えている。 

 だが、そこから先の記憶がまるでない。 全身にはまだ、鈍い痛みが尾を引いていた。 関節という関節が軋み、骨の一本一本に疲労が染み込んでいるようだった。

 

 見上げれば、太陽はすでに中天を過ぎ、木々の合間から西へと傾き始めている。 どれだけの時間、自分は眠りこけていたのか――葛城には見当もつかなかった。


「私、最初は心配で……。 揺すっても起きないから、まさかとも思ったんですけど。 でも、寝息を立てているだけと分かって、ほっとしました」


「悪い…… とんだ醜態だな」

(気を失うとか、刑事失格だぜ……)

 頬を掻きながら、葛城は苦笑した。


「あれぇ~? かつらぎっちょ、目ぇ覚めたんだぁ?」


 背後から間延びした声が飛んでくる。 振り向くと、灰色の猫耳を揺らしたノーラが、腰に手を当ててこちらを覗き込んでいた。 その隣にはトバイアスとサイラスの姿もある。


「ノーラ...... みんな...... 良かった合流できたんだな」


「腰抜かしたよぉ。 トロールの死骸のそばで、二人揃って伸びてるんだもん。 最初は正直、二人ともやられちゃったのかと思ったしぃ。 めっちゃあせったんだからぁ」


「まったくですよ。 現場に着いた時なんて、俺、心臓止まるかと思いましたからね」

 トバイアスが額の汗を拭う仕草をしながら、少し引きつった笑みを浮かべる。 


 サイラスは何も言わず、ただ気まずそうに視線を逸らしていた。 その古参らしからぬ及び腰な態度に、葛城はふと違和感を覚えたが、今はそれを深く問い詰める気力もなかった。


 ルカが立ち上がり、葛城が気を失っている間の事を手短に語り始める。 


 葛城が気を失ってすぐ、遅れて到着したノーラたちが、ルカと傷だらけのトロールの死骸を見つけた。 昨夜は分からなかったが、トロールには全身に無数の切り傷や打撲の跡が残っていた。 葛城やルカにトドメをさされたが、その前にずいぶんと痛めつけられていたということだ。 恐らく山賊達が殺される前につけた傷だろうとノーラが言った。


 ノーラ、トバイアスとサイラスの三人は改めて山賊のアジトへ引き返し、アジトの中を洗いざらい調べたのだという。


 昼過ぎまでかかった調査の総仕上げに、四人がそれぞれの成果を持ち寄っていたところに、ようやく葛城が目を覚ました――というのが、事の次第らしい。


「山賊は一人も残っていませんでした。 肉片が山になってましたが、もう何人分なのかも分からない状態でした。 あのトロールにやられたのでしょうが、一番奥の部屋の一番大きい檻にトロールの寝床みたいなものがあったので、最近つくられたものでないところから、飼われていたトロールが何等かの原因で怒って暴れ回った――ってところでしょうね。 向こうの方に馬小屋もあったみたいですが、壊されてまして、中には何頭かの馬たちの死骸もありました。 死骸の状況からみて、あのトロールがやったんだと思われます」


 トバイアスが淡々と語る惨状の描写に、葛城は思わず眉をひそめた。 あの咆哮と重い足音を思い出すだけで、身の毛がよだつ。


「...... こんな状況で、よく生き残れたもんだ......」

 ぼそりと呟いたのはサイラスだった。


「隠し部屋の机から、これが出てきましたよ」


 トバイアスが差し出したのは、革の書類挟みだった。 中には、あの黒い爪の意匠が捺された指令書とよく似た筆跡の書付が数枚。 依頼主の名も金額も伏せられているが、指令の内容は明らかに同じ筋のものだった。 他にも、出所の怪しい金貨の詰まった革袋や、鑑定済みの魔石がいくつか押収されている。


「――ここにいた奴らぁ、闇の爪(シャドウクロウ)の実行部隊の一つで間違いなさそうねぇ。 密輸とか武器の買い付けとか誘拐とか、結構手広くやってたみたい。 未解決の事件がいくつか解決するかもねぇ」


 ノーラが書付を受け取り、目を通しながら呟いた。



・・・・・



 遺体や証拠品、アジトから押収した宝物を積んだ荷馬車に、ノーラ、トバイアス、サイラスの三人が乗り込み、街道をゴロゴロと音をさせて進んでいく。


 ルカは葛城を後ろに乗せて馬を操り、ノーラの荷馬車の後を追う形でルミナスへの帰路についた。


 傾いた陽が、迷いの森の木立の隙間から橙色の光を投げかけている。 馬の背の揺れに身を任せながら、葛城はようやく人心地がつくのを感じていた。 昨夜の死闘が、遠い過去のことのように思えてくる。


 やがて森を抜けると、なだらかな草原が広がる街道に出た。 まだ明るい空に青い月が薄く残り、その傍らに赤い月が寄り添うように浮かび、その存在感を増している。 地球ではあり得なかった光景も、今の葛城にはもうすっかり馴染みつつあった。


 しばらく無言で馬を操っていたルカが、ぽつりと口を開く。

「――カツラギさん...... あの.... ごめんなさいっ!.」

と、突然ものすごい勢いで頭を下げるルカ。


「勝手な独断専行して、カツラギさんの言うことも聞かないで、それどころか、カツラギさんまで危険な目に..... 本当にすみませんでした!」


 葛城は馬の上で器用に真横に体を捻って頭を下げるルカを見つめて言った。


「まぁ そうだな。 あそこはノーラ達と合流するべきだっただろうとは思うよ」


「...... はい.....」 肩をすくめて小さくなるルカ。


「でもそうすると、ノーラやルカの同僚達が大けがしてたかも知れないし・・。 まぁ結果オーライかな」


「..........」


 ルカは前に向き直ると少しの間だまった後、迷うように視線を泳がせてから、静かに語り始めた。


「あたし、ハーフエルフなんです。 物心つく前に孤児院にいて。 父も母も、どちらがエルフでどちらが人族だったのかも、覚えてません。 院長もあたしが赤ん坊のころに玄関に捨てられていたので、両親は分からないと教えてくれました」


 ルカは突然自分の身の上話を始めた。 葛城は何も言わずに聞いている。

 ルカの淡々とした声色の奥に、微かな翳りが滲んでいる。 背中越しに伝わってくるその声は、いつもの生真面目さの底に、もっと深い何かを湛えているようだった。


 孤児院での日々を、ルカは多くを語らなかった。 ただ、同じ年頃の子供たちに比べて少し成長が遅く、耳が少し長く尖っていることに、ずっと居心地の悪さを感じていたのだという。 誰に似たのかも分からない自分の顔を写し、見ず知らずの両親の面影を鏡の中に探しては諦める――そんな子供時代だったと、ルカは付け加えた。


「八歳の時、なにか..... どうでもいいことで、盗みを働いて――そこを、当時の警備隊長だったグレンに捕まったんです。 てっきり牢に入れられると思ったら、あの人、あたしを引き取ってくれて、十六歳になるまで、育ててくれました」


 ルカはグレンを父親のように思っていたという。 グレンと同じ警備隊員になるため、ルカは学校に通い始めた。 剣の稽古も、座学も、決して得意ではなかったが、育ての親の背中を追いたい一心で歯を食いしばった。 不器用な自分を、グレンはいつも「お前は真っ直ぐが取り柄だ」と笑って励ましてくれたのだと、ルカは懐かしむように目を細めた。 


 「あたしが昨夜使った精霊魔法も、グレンが魔導士ギルドのギルド長に頼み込んでくれたおかげで、教えてもらうことができました」


 そして念願の試験に合格した日、報せを持って喜び勇んで帰った家の玄関先で――彼女は、育ての親の変わり果てた姿を見つけた。 開け放たれたままの扉、床に広がる黒い染み、そして指先ひとつ動かない、あの人。 うつ伏せに人形のように倒れているグレンの亡骸を見た後の記憶がルカには無い。


「……犯人は、まだ捕まっていません」


 ルカの声が、わずかに掠れた。 握った手綱に、ぎゅっと力がこもるのが伝わってくる。


「それから、あたし、死体を見ると少しの間、体が固まって動けなくなるようになったんです。 あの時の光景が、頭から離れなくて」


(――だから、あのマルコの死体を見た時も)


 葛城は、ルカと最初に会った時の事を思い出した。 言葉にはしなかったが、彼女の抱えてきた過去の重さが、じわりと胸に染みてくる。


「グレンが居なくなって、しばらく塞ぎ込んでいたんですけど、そのあと、王都から新しく赴任してきたランドルト隊長が、後見人になってくれて。 あたし、今年ようやく警備隊に入ることができたんです」


 初任務は東門の門番だった、とルカは続ける。

「その日、日誌を持って本部に戻ろうとしたら――カツラギさんと、あのマルコさんの殺人現場に、行き当たったんです」


 グレンを殺した犯人は、いまだ捕まっていない。 しかも、あのマルコの殺害現場は、どこかグレンの現場によく似ていた――ルカはそう思ったのだという。 もしかしたら、あの容疑者の獣人が、育ての親を手にかけた犯人と同一人物かもしれない。 そう考えずにはいられなかった、と。


「そしたら、地下牢でその容疑者が不審死していて。 せっかく何かの結論が出そうだったのに――って落ち込んでいたら、カツラギさんが手がかりを見つけてくれました」


 ルカがくるりと振り向く。 夕陽を受けた青い瞳が、キラキラと輝いていた。 その手が、葛城の手をぎゅっと握りしめる。


「あたし...... うれしくって......」 ルカの瞳が潤みを帯びている。


(ん?)


「だから――カツラギさん…… あたし……」 ルカの頬が赤い。


(え? なに?)


「あたしのっ......!」 耳まで赤くなっている。


(いや ダメだろ おれ おっさんだよ?)


「あたしの師匠になってください!」


 葛城は思わず馬から転げ落ちそうになった。 ルカから手が離れる。


(師匠か...... そうか...... そうだよな......) ちょっとがっかりしながら、頭を掻く葛城。


(しかし、この子は強いな。 重い過去を背負って、それでもなお、こんなにまっすぐに育っている。 俺にできることなど、たかが知れているが......。 それでも、この不器用な刑事もどきを、こんなにも真っ直ぐな目で見つめてくれる)


「おれは刑事だから...... 弟子とかは取らない」


「......え?」悲しそうな目をするルカ。


「あーーー。 つまりだな。 俺は外の国から来てて、この国の事も、町のことも、その魔法だとかスキルだとか 分からん事だらけだ。 だからだな......そういったことを、その......俺にいろいろと教えてくれるととても助かる」


 照れながら手を差し出す葛城。


「だから、相棒ってことでどうだ?」


「あいぼう......?」あまりピンと来ていないルカ。

「助け合う仲間だな」


「それに俺の事はジンでいいよ」

「え?」

「ジンでいい」


 ルカは一瞬きょとんとした後、はにかむように頬を緩め、ジンの手をしっかりと握った。


「じゃあ。 これからもよろしくお願いしますね、師匠!……えっと、ジンっ!」


 その笑顔には、さっきまでの翳りなど微塵も感じさせない、屈託のない明るさが戻っていた。 

 人はこんなにも早く、涙の跡から笑顔に切り替われるものなのか――葛城は妙に感心しながら、内心で小さく苦笑する。


 夕暮れの街道を、二人を乗せた馬がゆっくりと進んでいく。 茜色の光が、少し先を行く荷馬車の背と街道の向こうに見えるルミナスの街を薄紅色に染めていた。


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