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異世界事件簿 双月にほえろ!  作者: おっこの
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第十話 闇の爪の指令書(ジン:二~三日目)

「カツラギさん! ....... し、しっかり掴まっててくださいね!」


「お、おう……! だが....... もうちょっとっ...... ゆっくり...... 行けないのぉおおおお?ぉおっと、あっぶねぇ....... 落っこちるかとおもったぁ......」


 迷いの森街道を、一頭の馬が土煙を上げて駆けていく。 手綱を握るのはルカ、その華奢な腰に必死にしがみついているのが葛城だった。 状況的には割とおいしいシチュエーションなのだが、馬上で上下に跳ねるたび、内臓が持ち上がるような感覚に襲われながら、葛城には楽しむ余裕などなかった。


 遡ること数時間前・・・


 葛城が見つけたモントブラン家紋章の証拠品のメダルを布に包んで懐にしまいながら、ランドルトはモントブラン家まで事情を聞きに行ってくるといって出かけた。 モントブラン家は貴族ではないが、この町の最大勢力の一角の豪商ということで、立場的にもランドルトが話を聞きにいくべきだろうとなったわけだ。 ナルデニアン家での経験を考えると納得だった。


 葛城とルカも同席するか聞いたが、二人には襲撃事件の現場で手がかりになるようなものが無いか確認してきてほしいと言われた。 確かに葛城のユニークスキル『事象検証(ログ・アナライズ)』は現場検証に大変役立つスキルだ。


 すでに現場に馬車で先行しているノーラ達に追いつく為、葛城とルカは警備隊の馬で出発したのだった。


(刑事人生三十四年、殺人現場にも修羅場にも慣れたつもりだったが…… 馬なんか乗ったことねぇからっ!)


「カツラギさん、舌を噛みますよ、口を閉じてください!」


「わ、わかっ……ぐぅっ」


 夕闇に沈みはじめた街道を、二人を乗せた馬は迷いの森へ向けてひた走った。



・・・・・



 日が沈みきる少し前、迷いの森街道沿いの現場に到着すると、灰色の毛並みの猫耳を風になびかせたノーラ・ビショップが、片手を挙げて出迎えた。 


「あれ? ルカっちにカツラギっちょじゃん。 どうしたのぉ?」


(かつらぎっちょ......? って 俺のこと?)


 ルカに支えてもらいながら馬から恐る恐る降り、足腰の震えを誤魔化すように咳払いをした。


「ランドルト隊長が私たちも現場検証手伝えって、カツラギさん こういう時頼りになるから」


 ルカの瞳がこころなしかキラキラ輝いているように思えた。


 目の前には、無残に黒く乾いた血のついた馬車が草むらに放置され、乗客たちの血痕が街道の方向に延びていた。 すでに悲劇の中心人物であるダスティンとロレイン、三つの護衛騎士の遺体と首のない馬の上には布がかぶされていた。


 馬の外された馬車も遺体もひどく荒らされていて、どの遺体も身ぐるみ剝がされている。 森の中に馬車や遺体は移動させられていて、すぐには分からないように偽装がされていた。 


 街道にも血痕が残っていたが、土や草で隠されていて、気をつけていないと分からないようになっていた。 この街道はこのアルファンド王国の首都である王都グランバルと商業都市ルミナスを繋ぐ街道なので、通行人は少なくはない。 


(そういえばたまたま通りかかった旅人がお嬢さんを助けてくれたんだっけか)


 葛城は一通り周りを見て回った後、馬車を前に一つ息を吐き、意識を集中させた。


事象検証(ログ・アナライズ)


 視界が青いレイヤーに覆われる。 地面に無数に浮かび上がる人や馬、野生動物の足跡や、血痕、髪の毛、動物の毛らしきもの、千切れた肉片、遺体についた野生動物の食べ痕などが浮かび上がった。


「何か毛のある動物にかじられた後が残ってる」


「あーー。 ウチらが到着した時には、数匹の狼が遺体に被りついてたから、追っ払ったんだぁ」とノーラが答えた。


(じゃぁ この辺りの情報は除外......っと)


 葛城も少しづつこの便利なスキルの使い方に慣れてきていた。 情報は整理して確認できる。 必要ない情報は視界から消すことができた。


 そうやって少しづつ現場にある情報を整理していく。 もう周りは暗くなっている。 ルカが持っているたいまつの明かりを元に現場検証を進めていく。


 投棄されている馬車近くに血痕が見つかる。 被害者たちのものとは別の様だ。 続いて何かを引きずったような跡が近くの藪に続いていた。 視線を向けると藪の中に別の死体の存在を示す画面が開く。 近づいて藪をかき分けると、ルカが持つ松明の明かりに照らされて、闇の中に痩せ型の男の死体が浮かび上がった。 「ひッ!?」 ルカが口を押えて後ずさる。


【対象:人族男性(死亡)】

【推定死亡時刻:約24時間前】

【死因:失血性ショックおよび窒息死】

【詳細:鋭利な短剣による頸部前面の水平切創。 気管および頸動脈が完全に断裂し、即死。 顔面に手で強く口を塞がれた圧迫痕あり。 死後、野生動物(狼)にかじられた後あり】


「ノーラ! こっちにもう一体死体がある!」

 恐怖で震えるルカを横目に、葛城はノーラに手を振った。 ノーラは葛城に気づいて、他の作業をしていた隊員達も呼んで近づいてきた。


「ほんとだ。 身ぐるみはがされてるねぇ」


「報告だと被害者はダスティン様とロレイン様、護衛騎士三名の合計五名でしたが」

 後ろで震えるルカをチラチラ気にしながら伝えたのは、警備隊本部でランドルトに直立不動で報告していたトバイアス隊員だった。


「なんだよ まさか他にも犠牲者いるってのかぁ?」と悪態をついたのは中肉中背でやや猫背、無精ひげを生やし少しくたびれた感じのもう一人の隊員古参のサイラス・ドレイクだった。


 この二人はルカと同じ第三小隊の同僚だということだ。 現場到着時に紹介された事を思い出す葛城。


「運悪く通りかかった旅人だったのかもねぇ」 ルカの肩をポンポンと叩きながら考えをいうノーラ。


「首筋を一突き。手練れだな」 葛城は殺傷痕をみて唸る。


「他にもあるかも知れないから、ちょっと広めにさらってみよぉ」と緊張感皆無でノーラは右手を振り上げると、ルカにウインクした。 トバイアスとサイラスは新たに見つかった死体を動かし、上から新たなシートを掛けた。


「行こうルカ」 葛城は震えの止まったルカの肩をたたきながら、馬車の方に戻り、ユニークスキルを発動させる。


事象検証(ログ・アナライズ)


 馬車の周りの足跡を調べると残っている人と馬らしい足跡がすべて同じ方向に向かって続いている事がわかる。 


「……この足跡 集団で同じ方向に続いている......。 あっちの方だ」

といって、森の奥の方を葛城は指さした。


「山賊のアジトかなぁ。 この暗さでよくわかるねぇ」


 ノーラもルカみたいに目を輝かせる横で、ルカは真剣な表情で足跡の続く先――鬱蒼と茂る迷いの森の暗がりを見つめていた。


「現場検証を終わらせてから、明るくなってから調べにいこう。 夜の「迷いの森」は危ないよ」


 葛城は頷いて、他に何か見落としが無いか見まわし始め、ノーラ、トバイアスとサイラスの三人は散らばって周りの藪の中を調べ始めた。


 情報画面を吟味していた葛城は自分の視界が暗くなっているのに気づく。


「ん?? ルカ 明かりを......」と振り返るとルカの姿が無くなっていた。



・・・・・



 頭上のこずえでは夜目の利く鳥がギィギィと鳴き交わし、下生えの奥では絶え間なく何かが這い回っている。 時折、獣とも人ともつかない甲高い遠吠えが遠くから響き、そのたびにルカの肩がびくりと跳ねた。 赤と青の月光が地面に奇妙な二重の影を落とし、その闇の際で小さな双眸がいくつも燐光のように光っては、すぐに溶けて消えていく。


 夜目がきくルカは松明の炎を消していた。 月明りだけでも、問題なく見えるが、足跡までは判別できない。 葛城が指さした方向に向けて、まっすぐに進んでいるだけだ。


 と、後ろから不意に肩を捕まれた。


「ルカっ! 一人でなにやってるんだ」


 『ログ・アナライズ』で目を青白く光らせた葛城だった。 葛城もスキルを使ってルカの足跡を追ってきていたのだった。


「カツラギさん。 足跡はこっちの方向に続いていますか?」

「暗いうちは危ないよ。 ノーラのところに戻ろう......。 ん? 何かあるな......」


 葛城の視界に千切られたヒトの足のようなものが浮かび上がった。 視界を広くするとところどころに血痕や人体の一部のような肉片が『事象検証(ログ・アナライズ)』の画面に映し出される。


「いったい...... なにがあったんだ......?」


 葛城は痕跡を追って何度もログ・アナライズを発動させ、地面のわずかな痕跡を拾い上げていく。 今度はルカが葛城の後ろに続いた。


「危ないと思ったら引き返す。 いいな」と葛城が念を押すと

「はい。 もちろんです」と真剣な表情でルカが答えた。


 二十分ほど森の奥へ進んだところで、削れた崖の根本に、ぽっかりと口を開ける洞窟が姿を現した。


「……たぶん.......山賊のアジトだ」


 葛城は小声で呟き、洞窟の入口を注意深く観察した。 何かがおかしい。


「見張りが、いません」


 ルカも不自然さに気づいたようだった。 山賊のアジトの入口には、ふつう見張りが立っているはずだ。


 葛城は再びスキルを発動させた。


事象検証(ログ・アナライズ)


 洞窟の周囲の地面が青く発光する。そこに浮かび上がったのは、無数の黒ずんだ染みだった。


【対象:洞窟入口周辺】

【検出:血痕、肉片(大量・複数箇所)】

【詳細:人の血痕、肉片に加え、通常の動物とは異なる大型魔物の痕跡あり】


「血の跡が、それに大型魔物だって?…… 様子が変だ。 ……戻って、ノーラに伝えた方がいい」


 葛城は率直にそう提案した。刑事の勘が、これ以上進むべきではないと告げている。 だが、ルカはすでに松明を握り直し、洞窟の入口へと足を踏み出していた。


「ルカ、待て! 約束しただろ?」

「……確認だけです。 すぐ戻ります」

「おい、俺の話聞いてたか!?」


 制止も虚しく、ルカは暗い洞窟の中へと消えていく。 葛城は舌打ちをすると、慌てて後を追った。



・・・・・



 ルカは松明に火をつけた。 暗闇の洞窟の中ではさすがに夜目も効かない。


 洞窟の奥へ進むほどに、血の匂いが濃くなっていく。 壁や床に飛び散った黒ずんだ染みは、進むにつれてその量を増していった。


 やがて、松明の炎に照らされた広間へと辿り着いたところで、ルカの足がぴたりと止まった。


「……っ」


 喉の奥から漏れたのは、声にならない悲鳴だった。

 葛城も追いついて、その光景を目の当たりにし、思わず息を止めた。


 広間は、地獄そのものだった。  砕かれた酒樽と椅子の残骸、原型を留めない家具の破片が散乱している。 そして部屋の片隅には、うずたかく積み上げられた見た目がまだ新しい人体の残骸の山。 手足の一部、判別のつかない肉塊、そのすべてに――大きく鋭い歯形が、無数に刻まれていた。


(これは……喰われてる……)


 葛城の背筋を、これまでの捜査人生で感じたことのない悪寒が這い上がった。


(ここはやばい すぐ出るべきだ!)


 ルカは松明を握る手を小刻みに震わせながら、青ざめた顔で立ち尽くしている。


「ルカ だいじょうぶか?」


「……だい、じょうぶ、です」

 震える声で答えるルカの肩に、葛城はそっと手を置いた。


 その時、洞窟の入口の方から、地を這うような咆哮が微かに聞こえた。


 背中の毛が総毛立つ感覚が葛城を襲う。 何か恐ろしいものが近づいている。 ここにある死体を喰ったやつだ。


(ここにいると死ぬ)


 葛城は歯を食いしばり、冷静さを保ち、意識を切り替える。


 今日十何度目かの『事象検証(ログ・アナライズ)』 頭がクラっとする。 使いすぎだ。


 視界が広間の惨状を青いデータの奔流として捉えていく。 歯形のパターン、複数種類の足跡、壁際に点々と続く血の跡――その先に、一つの違和感があった。 壁の一部が、不自然に加工されている。


「……あそこに、隠し扉がある」


 葛城は急いで壁の継ぎ目に指をかけ、慎重に力を込めると、ゴトリと重い音を立てて、隠し扉が開く。


 葛城とルカは急いで中に入り、隠し扉を閉めた。


 中は、荒れ果てた広間とは対照的に、整然とした小部屋だった。 古びた木製の机が据えられ、その上には書類の束と、複数の宝石、金目の宝物類が無造作に置かれている。


「宝の部屋、か? いや。 書斎っぽいな」


 葛城はルカの松明の明かりを元に机の上の書類を手に取った。 ルカも震えを堪えながら傍らに立ち、覗き込んでくる。


 一枚の紙に、黒い鉤爪を象った不気味な印が捺されていた。 その下に並ぶのは、襲撃対象の馬車の特徴、街道を通過する予想時刻、護衛の規模、そして――乗客のリスト。

そして、最後の一文。


「――全員殺せ」


「これは……」 紙の印が地下牢で死んだ獣人の入れ墨に似ている。


 ルカの喉から、押し殺した声が漏れた。


闇の爪(シャドウクロウ)……!」


 ルカの青い瞳に、これまで見たことのない憎悪の炎が燃え上がった。 ダスティンとロレイン、護衛騎士たちの死が、単なる山賊の凶行ではなく、何者かの意志によって計画されたものだったという事実が、彼女の中で音を立てて像を結んでいく。


 葛城もまた、机を握る手に力を込めた。


(マルコの死、地下牢の獣人の死、そしてこの馬車の襲撃……全部、つながっている)


 その時だった。 再度、洞窟の入口の方から地を這うような咆哮が轟いた。


「――ッ!?」


 ズシン、ズシンと、地面を揺らす重い足音が近づいてくる。


 慌てて松明の火を消すと真の闇が訪れた。


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