第五十二話 あとがたり
勇者パーティーと異界魔導衆・支配ノ重力・スフィンクスの戦闘から一ヶ月後。
アトスエンスの街、いつもの貸し部屋にて。
傷を癒し、無事にチラをトイガーの下に送り届けた勇者パーティー四人は、街を出る準備をしていた。
「今日でこの街とは当分お別れかー。寂しくなるね」
わたしはベッドの上で吞気に呟いた。
「そうだな……っていうか、本当にあの姿にはなれなくなっちまったんだな?」
ガーベル君が壁によりかかりながら。
「うん。あれ以来、普通の固有技術しか使えなくてさ」
スフィンクスとの戦闘から、わたしはなぜか『真技覚醒』の固有技術を使用できなかった。
つまり、また緑色の道具袋のままになってしまったという訳だ。まぁでもあの状態、髪長くて手入れしにくそうだし……自分が自分じゃ無くなる感覚がしてあんまり好きじゃないな。
「そっか。でも凄く美人なんだね、ユキって! アタシ驚いちゃった!」
マルティーズちゃんが椅子の背を前にして座りながら、前後に揺れる。
「そう? それは嬉しいなぁ」
「ああ。意外だった」
「ガーベル君、それちょっと失礼じゃない?」
みんなで笑い合う。
「リントはわたしの見た目、どうだった?」
わたしの隣でベッドに座るリントにも聞いてみた。
……あれ。なんでわたし、わざわざリントにも聞いたんだろう。
べ、別に意識したわけじゃないし? パーティーメンバーとして聞いてみただけだし?
「……その、良かったんじゃないかな」
「なに、その微妙な反応」
「ご、ごめん。ちょっと色々考えちゃってさ」
少し顔を背けて言うリント。
(……照れ隠しっていうのもあるけど)
わたしは、そんな想いを汲み取れず。「やっぱりウェルさんみたいな子が好きなの!? 」なんて思ってしまった。
「ふん!」
わたしはリントの身体にぺちぺちと体当たり。
「痛いって! 威力上がってきて冗談じゃ済まなくなってるからそれ!」
「もう……って、それ誰からの手紙?」
リントは見覚えのある手紙を読んでいた。
はっ。まさか!
「また変な招待状とかじゃないよね!?」
「はは。流石に違うよ。でも送り主は同じかな」
彼はリントの父、トイガー・アルガルドレからの手紙を読んでいた。(端っこにサイアミからの文句が書かれているが、それは無視)
「内容を簡単に言うと『リント、お前に英雄補完協会の副会長を任せたい』ってさ」
『えぇ!?』
わたしとマルティーズちゃんが同時に驚いた。
も、もしかして。
「勇者パーティーを辞める気でいるの!?」
「そんなの嫌だよリント! 考え直そう、ねっ! アタシも色々考えるから!」
二人でぐいぐいと、リントに詰め寄って。
「いや、僕はならないよ。僕はずっと勇者のままさ」
『良かった~!』
二人でぐでぐでになるくらい、安堵した。
「ま、そうだよな。俺は信じてたぜ相棒」
「ありがとう、ガーベル」
本当にホッとした。
リントがいなくなっちゃうのかと思ったらちょっと気が動転してしまった。
……全く、もう。いちいちわたしの心を騒がせないでよ。
「だからね、新しい夢が出来たんだ」
「夢?」
リントの新しい夢か。
努力家で集中力高そうだし、鍛冶師とか?
意外と可愛いの好きそうだし、パティシエとか? なんだろう。
「魔王と異界魔導衆を倒すだけじゃなく『極光の勇者』を超える存在になりたいんだ」
『極光の勇者』って……リントのお母さんのラグールさんか。
消息不明って話だったけど……。
「テラスペラズの抑止力になるんだ。そうすれば実家も護れるし、家族の仲も良好になるし」
勇者は、晴れた窓の外を見て。
どこか遠くに声を投げかけるように。
「母さんを見つけ出せる」
「……!」
そっか。リントはお母さんが生きてるかどうかを確かめたいんだ。
……まだ、希望はある。
「わたしも手伝うよ、リントの夢を叶えるの」
「アタシもー!」
「同意」
「みんな……! ありがとう」
そうだ。諦めちゃいけない。
少しずつ成長して、奇跡を起こすんだ。
例えこの先、どんな災難に見舞われたとしても。
と、ここで。
コンコン、と部屋をノックする音。
「失礼します」
桃髪のメイド。ウェルさんだ。
相変わらず、挨拶の所作が丁寧だなぁ。
……今日から長い間、会えなくなっちゃうけど。
今一度、お礼をしなくちゃ。
「あの、今までお世話になりました! 一か月前も助けていただきありがとうございます!」
わたしは袋の上部分をしなっとさせる。(わたしの中では頭を下げてる)
みんなもそれに合わせて頭を下げてくれた。
「いいえ。頭を上げてくださいませ。これはわたくしのお仕事ですし、ああいった戦闘は日常茶飯事ですから」
お仕事は分かるけど、戦闘が日常……? ちょっと引っかかるけど、まぁいいか!
「それで用件ですが、この後ここを出立されると聞いてお弁当を作ってみました」
ウェルさんは、可愛いらしいバスケットに入ったお弁当をリントに手渡した。
「嬉しいです……! ありがとうございます!」
「この先も数多の困難が待ち構えていることでしょう。どうか、お気をつけて」
丁寧にお辞儀をしてくれる、メイドさん。
すっとリントが立ち上がる。
「ちょうど時間だし、行こう! 出発だ!」
そして勇者パーティーは外へ出て。
名残惜しくも、貸し部屋の建物を後にした。
『行ってきます!』
「いってらっしゃいませ」
通りを歩くわたしたちを、ウェルさんがどこまでも見送ってくれる。
どこまで遠くなっても。
どこまでも。
(……リント様、立派になられましたね。本部に滞在していた時からずっと、見ていましたよ)
彼女はそっと、桃髪のウィッグを外して。
黒髪を薫風に揺らした。
○○○
テラスペラズ、最南端の地域。
誰一人として立ち入る事を許さぬ、吹雪の止まない極寒の地。
天高く聳え立つ、年季の入った鉄塔。
監獄塔カラーケージ。
ここには世界中の重要指定犯罪者が収容されている。当然、管理しているのは英雄補完協会。
その最上層。
鉄壁に囲まれた収容所には、冷たい空気が立ち込めている。抗おうなどという意思を削ぐように。
鉄格子の奥。鎖に繋ぎ止められた赤髪の青年。
「なんの用だァ、お前ら」
元異界魔導衆・支配ノ重力・スフィンクスは、変わらぬ口調で。誰かに悪態をついていた。
「わたし、コーニッシュ! きみとお話をしたいの! 楽しみだなぁ! いぇいいえぃ!」
「拙者の要件は後でよい。他愛ないものだからな」
鉄格子の前には、二人の女性。
一人目は菫色の瞳と髪。盗賊のような黒い軽装からは白い肌が見え隠れする、危険な色気を放つ女性。
名を、コーニッシュという。
二人目は亜麻色の髪と、横一文字の瞳。和装の淑やかな女性。
マフィン・リリアーネだ。
「単刀直入に言うね! 魔王について教えてくれないかなー。未だに情報が掴めなくってさ!」
コーニッシュが両手を合わせ、前かがみになって問う。
色々なものがチラリしてしまっている。それを別段気にしていないのか、むっつりなのか。スフィンクスはそのまま返答。
「……言えない」
青年の、とてもか細い声。
コーニッシュが「なんで?」と訊く前に、答えが来た。
「そういう契約だからだ。ここまでがギリギリだァ」
「ふーん。ねぇねぇ、わたしの裸見てるんだからぁ、責任とって少し吐いても――」
「無理だァ。徹頭徹尾、僕様は自分の為に生きる」
素っ気ない態度で「はーい」と諦めるコーニッシュ。マフィンに「次、どうぞー」と指で合図。
「いいのか? 嘘をついているかもしれんぞ」
「嘘はついてないよー。そういうの分かるから。この子は心底、自分の事を大切にしてる」
「そうか」
スフィンクスの前に出るマフィン。
「まず拙者からの言葉。裏切ったな、この大馬鹿者め」
「クク。次はもっと他人を疑うんだなァ。一生懸命、僕様に戦闘の技術を叩き込んでくれたのは感謝するよ」
「それともう一つ」
「チッ。まだあるのかよ」
温かいインスタント焼きそば……のような食べ物を差し出すマフィン。
「ユキ殿から。『身体に気をつけろよ、寂しがり。次はちゃんと起きてアトスエンスの街でみんなと晩御飯を食べよう』だそうだ」
「………………」
二人が去って、少ししてから。
スフィンクスはインスタント焼きそば……のような食べ物を口で食らった。
「フン。お人好しの荷物持ちが。僕様はもっと高級な食い物を所望だァ」
○○○
監獄塔の手前にある施設、厳重点検A棟。
外部の人間と囚人との接触において、違反が無かったか担当の者が行っている最中。
白色を基調とした待合室にて、マフィンとコーニッシュが長椅子に二人で座っている。
「そなたは、同じ立場だったらどうする?」
「絶対にとどめを刺しますね」
異界魔導衆の一人、スフィンクスをユキは『撃破』するのではなく『捕縛』した。
英雄補完協会の組織内の人間ならば信じられない行為だ。
その事について二人は議論していた。
「諜報部隊長殿もそう思うか」
そう、彼女は英雄補完協会・諜報部隊の隊長。会長トイガーからマフィンと共に、スフィンクスから魔王に関する情報を抜き出すよう命じられていたのだ。
「それやーめ。コーニッシュ、もしくはコーちゃんにして」
「……コーちゃん」
「はは。意外とノリいいじゃん」
ぺしぺしとマフィンの膝を叩くコーニッシュ。
「はっきり言ってユキ殿は強いが、それ以上に甘すぎる。この先を考えると心配でならぬ」
「でもさ。今回はそのお陰で、得体の知れない『命の契約』っていう縛りが異界魔導衆にはあるって知れたし結果おーらいじゃない?」
「確かにそうだが……」
コーニッシュは背もたれによりかかりながら思案する。
「『危険だから始末しよう』じゃなくて『本人にとって救いではないかもしれない』ってマーちゃんは思ってるんでしょ?」
「マー……まぁいい。ああ、そうだ」
「じゃあマーちゃんも甘いじゃん。わたしは前者だったよ」
「……そうか」
何とはなしに、二人で窓の外を見た。
「その人の救いなんてさ、理解するのめっさ難しいじゃん。けどさ、そういう不理解の壁を突破するようなお人よしじゃないと勇者にはなれないもんね」
二人の見る窓から、強い陽光が射す。
「だとしたら、真に世界を救ってくれるのはあの子たちかもね」
「拙者もそれを切に願っているよ」
晴れは、この寒風吹きすさぶ地域には珍しい光景だった。




