第五十話 どうやら万能らしいので、無双します
光り輝くアトスエンスの街。
祝福の星の雨は、止む気配を全く見せない。
民衆は外の異様な明るさから起床。街は大きな騒ぎになっていた。
「ママ、なにこれキレー!」
「そうねぇ。何だろうねぇ」
とある母と子は道に立ち止まって、星に触れた。
触れればキラン、と音を立てて弾ける。
そして不思議と温かい感覚になった。
隣にいるお爺さんが星を眺めながら語る。
「これは、星屑区域の伝承じゃな」
「伝承?」
「そう。あそこにはかつて、星が降っていた。その星は祝福。星を受け取った者の才能が開花するという
言い伝えじゃ」
「じゃあここにいるみんな、才能に目覚めるって事ですか?」
「ふむ。どうじゃろうな」
「えぇ、無責任ですね」
笑い合う女性と老人。
「きっと、現れたんじゃ。『極光の勇者ラグール・アルガルドレ』のような逸材が」
「それって伝説の勇者の名前じゃないですか」
「そうじゃ。十年前に一世を風靡した勇者様。今どこで何をしておられるかは分からぬが」
老人は若い頃を思い出すように。実に、心躍る口調で。
「その時も流星が降り注いでおった」
○○○
アトスエンスの街、星屑区域。
聖アウェーク教会前。
草の生い茂る地で、スフィンクスは浮遊する彼女を見上げていた。
「お前は……小鳥遊有希、なのかァ?」
目の前で起きている現象に、頭の整理が追いつかない。
「なんだっ、その姿はァ……!」
絹さながらの優美で柔らかな長い髪。真鍮のように輝く黄金の瞳。
悠然とはためく純白の翼。そして優しい翡翠色の風を帯びた羽衣を纏う、その女性は神々しい雰囲気を醸し出している。
突如として発生した光の中から、彼女が顕現したのだ。
「……待たせてごめんね。『固有技術・清らかなる大地の息吹』」
その女性は蒲公英の綿毛を飛ばすように、息を吹きかける。
すると。
「……んん? ここは……ゲッ、もしかしてまだ戦闘終わってない感じ?」
生命に危機が及んでいたはずのマルティーズが、起き上がって杖を握りしめる。
「馬鹿なァ!?」
驚愕するスフィンクス。
無理もない。確かにこの手で葬ったはずの人間が無傷にまで回復したのだから。
「有り得ない! 滅茶苦茶だ、こんなのはァ……!」
「これが無限の可能性、『真技覚醒』なのですね」
ユキの覚醒は、自分の想像を遥かに上回っていた。
それは神々に並び立つほどの能力。
万物を生成するだけでなく、未知の領域の物質すら創造する。
「おいリント。これはどういう事だ」
既に目を覚ましたが、呆気にとられて座り込むガーベル。
そこに歩み寄るリント。
「僕にも分からないよ。でも、まだスフィンクスとの戦闘は終わってないみたいだ」
二人も武器を構える。だが。
「みんなは下がってて」
「……ユキ?」
「うん」
微笑みを浮かべる長髪の女性から、待ったをかけられる。
彼女は確かに小鳥遊有希そのもの。声質からリントはそれを理解した。しかし、その風貌は女神。風に吹かれ、優雅に靡く羽衣。
「綺麗だ」
リントは不思議と安心して剣を落とし、見惚れてしまっていた。
(彼女が、小鳥遊有希。なんて美しい女性なんだろう)
ユキはリント、ガーベル、マルティーズを順に見やる。
(ここまでこれたのはだからこれはみんなのお陰だ。わたしのだけの力なんかじゃない)
仲間の一人一人を想う。
ガーベル。
(ガーベル君からは冷静に自分や、状況を分析する方法を教わった)
マルティーズ。
(マルティーズちゃんからは一人でも立ち向かう勇気や、いざという時の決断力を教わった)
リント。
(そしてリントからは努力する事の大切さ、いかなる時も弱き者を慈しむ心を教わった)
ユキは、心の底から勇者パーティーに感謝した。
(みんな、ありがとうね)
それを見て、手を握りしめ、わなわなと震えるのは魔王幹部。
戦士、黒魔導士、武闘家。魔王に才能を授かってから出会った者は須らく、格下。無敗。
故に、こんな感覚は初めてだった。
悔しい。
一戦を交えるまでもない、圧倒的存在感。格上。
異界魔導衆・支配ノ重力・スフィンクスは最強で、いつか神に成り上がって全てを支配するのだ。
己の過去を思い返しても、間違いなく報われるべき者だ。そう確信していた。
だがこの現状は? これではまるで。
(まるで、僕様が倒されるべき弱者じゃないか……!)
彼にとって、こんなものは認められない。
「ふざけた真似を……! 荷物持ちの分際で、僕様を見下ろすんじゃない! お前を、世界を支配するのはこの僕様だァァァ! 『固有技術・空間時間抑圧』!」
時が止まった。
重力の固有技術、その極致。
空気に触れて重力を付与することにより、時空に干渉する。そうして一定時間、時を止められる。
止まった世界は、その固有技術を使用した本人だけが自由に動ける。
「ククク、これ対策するの、忘れてるよォ」
上空、ユキの視覚の外へ回り込む。
「一気に決着をつけてやるゥ」
そして両手を広げて。
「『固有技術・支配ノ重力世界』!」
絶叫。自身の全身全霊を込めた証。
アトスエンスの街、全域に展開される半透明の円蓋。
時が動き出すと同時に、支配の重力が発生するだろう。
(勝った! ここから逆転なんて不可能だ! やはり因果応報! 僕様だって支配されたんだから、同じ事をしても許されるはずだァ!)
「僕様の、勝ちだァ!」
他人を見下した笑いと共に、時が動き出す。
……しかし、重力は変わらない。
「……?」
何事もないように、全員がスフィンクスを見上げている。
「どうしたんだ、あいつ。瞬間移動みたいな技を使って背後に回っただけか?」
「そう見えたけど……僕たち今、重力の円蓋に入ってるよね」
「もしかしてだけど、ユキが対策したとかじゃない? 正直アタシ、もうあの戦闘についていけないけど」
現在進行形で重力攻撃の範囲内に全員が入っている。
しかし誰も被害を受けていない。
「不思議ですか? スフィンクス」
ユキが問いかける。
「当然だ。何を、しやがったァ」
肯定の意味を含んで、問い返すスフィンクス。
呼吸が乱れる。彼も強者。だからこそ察していた。彼女が何をしたか。
(やめろっ、言うな。分かってる。もうお前がどうやってこの場を支配したかァ)
スフィンクスの脳が理解を拒む。
だが無慈悲にも、答えはユキが口にした。
「風の吹く所が、わたしの領域です」
「ッ――」
あまりに圧倒的な差にスフィンクスは絶句。
彼女の固有技術の効果は、この世界、テラスペラズ全土に波及した。
ユキはついに、正真正銘の『万能』に成ったのだ。
「ねぇ」
悲運の青年に対し、神に並ぶ者が。
「あなたも、こんな風に支配された時があるんでしょう?」
救済の手を差し伸べた。
「……お前、まさかァ。この僕様を憐れんでいるのか!?」
「その反応、図星のようですね」
「っ、ぐぎぎィ……!」
過去見抜かれ、を歯軋りをするスフィンクス。
「ではその気持ちを、相手にはさせたくないとは思わないんですか?」
「……」
彼は思い出す。混在する記憶を。
コンビニのエリアマネージャーとして上司に心無い事を言われたり、最悪な形で責任を取らされたりした時。
魔王に憧れてから、周囲の人間に神罰として虐げられた時。
『そういう人の嫌がることは、してはいけない。そうされてきたからこそ、分かるでしょう?』
敗北者として、どこかの善人の思考を真似てみた。
………………それでも。
「……ハッ」
駄目だった。それは鼻で嗤える思考だ。
「思えるわけ無ェだろうが! 僕様がどれだけの仕打ちを受けてきたか分かってるのか! 知らねぇだろ! あァ!? そんな余裕なんて無ェよ! 恵まれた人間が口出しすんじゃねぇよクソがァ!」
「……!」
その一言で彼女は思い出す。これまでの全てを。
(そうだ。確かにわたしは恵まれた)
初めこそバイト先でエリアマネージャーや周囲の人間に虐められてきた。
しかし。
異世界転生をして、かけがえのない仲間が出来て、仲間と共に様々な困難を乗り越えて。そうしてやっと善人としての心が完成した。
努力次第で『奇跡』は起こせるけど。仲間と出会うとか、自分の力じゃどうしようもない『偶然』も存在する。
その『偶然』に恵まれた人間が、そうでなかった人間に『成長して奇跡を起こせ』などと言えるだろうか。
……言えない。
……けど。
「……そう生きていかざるを得なかったお前は、可哀想だな」
程度は違うだろうが、『同じような孤独』を抱えていたから『共感』はしてやれる。
「ほざくなァ! お前も、世界も、どこまで行っても僕様の敵だぁぁァ! 固有技術――」
スフィンクスが、ユキに襲い掛かった。だが。
「う、動けない……! 畜生ォ!」
寸前で止まる。当然の如く、届かない。
「わたしの領域です」
ユキは目を閉じ、深呼吸をする。
(恵まれたわたしが貴方に説教を垂れるなんて出来なかった……だから、今の強くなったわたしだからこそ出来る事をする)
目を見開き、最後の固有技術を解き放つ。
「その憎しみの連鎖を、わたしが断ち切る」
神にも等しい能力をもつ人間が、弓と稲妻の剣を生成。そして弓に剣を番える。
そこに集う絶大な魔力の奔流。星降る夜空を、翡翠色に染め上げて。
「眠れ、異界魔導衆・支配ノ重力・スフィンクス。『固有技術・未来切り拓く希望の一矢』」
希望の剣が放たれる。それが極彩色の輝きとなって――。
スフィンクスを、貫いた。
「いや……だ……幸せに……なりたい……」
気を失った青年は涙と共に落下する。
「そして悲しみを、受け止める」
決して見下さないように。ユキは彼を受け止めたのだった。




