第四十八話 絶望にして、香る兆し
「さて。これよりこのアトスエンスの街へ、異界魔導衆、及び魔王配下全員を招集するゥ」
スフィンクスは連絡石を懐から手に取る。
百年間続いた、勇者筆頭の英雄補完協会と、魔王率いる異界魔導衆とその他配下との争い。
異界魔導衆・支配ノ重力・スフィンクスがアルガルドレ家の命の手綱を握り、圧倒的な情報有利を得る事により、均衡は破壊された。
もはや誰にも、彼を止められないだろう。
「悪魔の行進だ。ここからこの世界、テラスペラズを支配してやるぞォ」
一人、調子を上げて「はい拍手喝采ィ!」と手を叩く。
「ああ、やはりこの世に因果応報はあった。漸く僕様の時代だァ。英雄補完協会を終わらせて、世界を支配し。そしてェ!」
両手を広げて月に叫んだ。
「最後に愛しい現魔王を欺き! 僕様が、新しい神様になるゥ!」
感極まり、溢れる涙。
想像する。これからどんな世界が始まるか。
(まず僕様がこの世の美味いものを独占する。そしてこの戒めとして着ていた薄汚いローブを棄てて絢爛豪華な服装を着よう。そして僕様だけの豪邸を建設する。そしてそして――)
その思考は、プツリと途切れる事となった。
背中に銀色に光るものが突き刺さったからだ。
「がっ、あ?」
激痛に歯を食いしばって耐えながら、後ろを振り向く。
「誰だ……! 僕様に刃を突き立てる不届き者はァ!」
……香るのは、大人びた薔薇の匂い。
「経験豊富なのか、ギリギリで身を捩って急所を外しましたね。チッ残念」
桃色の髪をしたメイド服の女性がそこにいた。
アトスエンスの貸し部屋管理人、ウェルだ。気が立っているのか口調が荒々しい。
魔王幹部相手に傷を負わせ、華麗な宙返りで後退。
「リント様に酷い傷をつけましたね。わたくしの義務を放棄して、お相手致しします、イカれ野郎」
「……あ゛ぁ゛?」
スフィンクスはその眉目秀麗な顔をこれでもかと卑屈に歪ませる。
「僕様に勝てると思ってんのかよォ!」
重力を帯びた足で、地面を蹴るスフィンクス。
覚醒前とは段違いのスピードで石の礫がウェルさんに向かって飛んでいく。
(ああ、逃げてほしいけど声を出す気力も出ない。どうしよう)
動けないでいるわたしを見てから。
前方宙返りの五回捻り。
そこから神業に等しい身のこなしで石の礫を回避した。
なんて次元の戦闘。勇者パーティー四人で完全敗北したわたし達に比べ、なんて高レベルなんだ。
ウェルさんってこんなに強かったのか。
彼女ならば勝てるだろう。そう思ったのを読んでか、ウェルさんが話しかけてきた。
「ユキさん、まだ動けますよね」
「え」
「わたくしではあのイカれ野郎には勝てません。確りしてください。二人で勝ちますよ」
「いや、わたしは、もう」
「もう心が限界ですーってさァ。ククッ、情けないよなァ」
「……そういう事ですか。イカれ野郎」
スフィンクスが詰め将棋でもするかのように、ゆっくりと近づいてくる。
「いいんだよウェルさん。この世は因果応報なんてないんだ。あなたで無理なら、ここから勝つ奇跡なんて起きないんだよ」
「いやあるぜェ。支配されたら支配していいッ! それがこの世の因果応報だ。奇跡ってのはただの偶然さァ」
「イカれ野郎は黙ってくださいませ」
桃髪の女性は、溜息をついてから。
「あなたはこの旅で、何を得たんですか? 一つだけ選んで、答えてくださいませ」
「えっ、と」
「早くしてください。わたくしが対話不可能になる前に」
一つ? たった一つを選ぶとするなら、どれだろう。
過去の自分の発言を思い出す。
――わたしはもう、絶対に逃げないよ
ああ。スフィンクスと訓練場で会った時に宣言した。もう逃げない、と。
以前のわたしなら家に引きこもってゲームをしていただろう。
「『諦めない心』です」
わたしは自信をもった声音で言った。
「良い解答ですね。ですが若干違います」
「違うってどういう事!?」
旅した本人が言うんだから違わないでしょ!
何を伝えたいのかいまいちよく分からないぞ。やっぱりただのふわっとした可愛いメイドさんなのかな。
「まず因果応報とは何か。それはただヒトを善たらしめる為の四字熟語です」
「はぁ」
にゃんこミームみたいな声が出た。
「ただ何も考えずに善い行いをしていれば物事が良くなる、というのは幻想。悪人が支配する歴史だってあるし、善人が奇跡的に勝利して平和になる歴史だってある」
それはそうだ。結局勝って善人が幸せになるかどうかは努力次第……あっ。
「では奇跡とは何か。それは選択の連続による結果の事です」
理解できそうだぞ。彼女の伝えたい事が。
「貴女の旅は選択の連続でした。紙一重の差で敗北した戦いだってあったでしょう。それでも貴女は努力して、奇跡と呼べる結果を残してきた」
そうだ。そうやって少しずつ段階を踏んで『成長』して、敵に打ち勝ってきた。
「そう。貴女がこの旅で得たものは『成長』という『奇跡を起こす確率』なんです」
「……!」
わたしは少しずつ身体を起こす。
希望が。奇跡への兆しが呼んでいる。
「因果応報だなんていう言葉に収まらないで。ヒトは努力次第でいくらでも未来を変えられる……特に貴女は高確率で奇跡を起こす、無限の可能性を秘めているんですから」
「……ありがとう、ウェルさん」
「いいえ」
感謝に対し、桃髪の女性は百合の花のような可憐な微笑みで返してみせた。それは、どこか寂しげだった。
きっとウェルさんがいなかったら、わたしはまた、ただ支配されるだけの惨めな存在に逆戻りだっただろう。
さぁ、起こそう。もう一度、奇跡を。
夜空の星の瞬きは、誰の為に――。




