第四十六話 悪(ヴィラン)
とある日の夜。
月が雲に隠れ、夜の帳が世界を包む。
剣山の如き険しい山に囲まれた地域の小さな小さな集落。
異端連合集落レ・ラムール。
ここには世界各地で異端であるとして村や街から追い出された者たちが、ごく稀に行き着く土地。
集落の外れ。木々に囲まれた、暗い夜道を一人の少年が歩いていた。
衣食住は整っておらず、どこかから食糧を盗み、どこかから服を盗み、どこかへ寝る。
そんな生活を強いられている少年。
腹の音が鳴る。いつもの事だ。
そろそろ食糧を調達しなくてはまずい。
『……二回目だけど、あの家から貰おう』
木々の間に小屋が見える。恐らくは猟師の家だ。
扉を開けて、中へ。
棚を漁り、食べられるものを探す。
ここレ・ラムールは、奪い合いが流儀。
これまで少年はその影の薄さだけで、様々な家から食糧や衣服を奪ってきた。
今回も上手くいくだろう。そんな根拠のない自信があった。
しかし。
『KEIGSANEI』
『ひっ!?』
後ろから悍ましい声が聞こえてきた。
恐る恐る振り返ってみる。
そこには。
血にまみれた猟師らしき人物がいた。
身体は腐敗しており、異臭を放っている。衣服はズタズタで、言語は理解不能。
……腐人種だ。
知能が高く、腐人種だけが理解可能な言語を話す魔物。
少年にとっては恐怖の塊でしかなかった。
『AAIGEUSAPMGESSPG』
腐人種が見た目にそぐわない俊敏な動きで、襲い掛かってくる。
『わああああああっ!?』
逃げなくては。だが、そんな場所はない。
あっという間に捕まってしまった。
『KFOA?FJSJG』
『い、嫌だ……』
何をされるか分からない恐怖。
固有技術すら使えない少年では、どうしようもないだろう。
涙が出てきた。
どうしてこんな目に合うんだろう。
この世に因果応報があるとするなら、全く機能していない。断言できる。
私がなにかしましたか? ただ普通に生きて、普通に憧れただけ。
『……助けてよ、魔王』
少年は、魔王に憧れていた。
傍若無人に、世界を統べる魔王。
そんな魔王ならば、いつか自分の街に侵攻して。家族、友達、隣人の押しつけがましい勧誘を無くしてくれると思ったから。
そうして彼はその思想が原因となり、異端として実家どころか街を追い出され、レラムールに逢着したのだった。
押さえつける力が強く、意識が遠のいてきた。
少年は混濁する意識の中。自己と対話する。
(魔王に憧れるのがそんなにいけない事だったのか? 自分が変われば良かったのか?)
周りの人に迎合する。そういう選択肢もあっただろう。
(そんなの嫌だ。自分は自分で在りたい)
否定。では悪いのは……? 少年は考えた。
結論が出る。
(ああ、悪いのは、弱い自分だ。やっぱり弱者は強者に従うしかないんだ。魔王の言う通りだった……だったら)
痺れる手を伸ばし、グズグズした肉塊を掴む。
(だったら、強くなればいい。今だ。今、自分の力を引き出せ)
少年は諦めなかった。
最後の抵抗。
(弱い自分なんて嫌いだ。強くなって……何もかも押さえつけて支配してやりたい)
そして少年は心から叫んだ。
闇を、切り裂くように。
『こんな世界、圧し潰してやる!!!』
その刹那。
『KWOEHQPGJ!?』
ドス黒い暗闇が、腐人種を包む。
それは、目の前にいる魔物より。いや、比べ物にならないほどに恐ろしいナニカ。しかし、少年はそれに希望しか感じなかった。
『JSAOE――』
暗闇に圧し潰され、腐人種が……弾け飛んだ。
散らばる血と肉。
少年の白い衣服が、鮮血で染まっていく――。
『え……?』
意味不明だ。
自分がやったのか? いや違う。これは。
これは、誰かが助けてくれたんだ。
……暗闇が、手招きしている。
頭の中に直接声が聞こえた。
『えっ、こっちに来いって?』
少年は小屋を出て、夜道を覆う暗闇についていく。
『……』
『……魔王!? 本当ですか?』
『……?』
「私には才能なんてないですよ」
『……!』
「ある? さっきのは私がやったもの? 手をかざしてみろ?」
『………………』
「す……凄い……! 木が、家がどんどんぶっ潰れていく! ハハッ! これが僕様の能力ゥ!」
破壊に次ぐ、破壊。少年は恍惚とした表情をしていた。
(魔王、なんていうものじゃない。人の才能を引き出せる……そうだ!)
そして理解する。自身が崇め奉るべき存在が何かを。
「神様、なんだァ……!」
少年は暗闇の指示を聞き、全て実行した。
そうして異端連合集落レラムールは、一夜にしてこの世界の地図から消える。
(僕様はァ、この世で一番幸福になるべき人間なのだァ。 全ては神様の為にィ)
これが『異界魔導衆・支配ノ重力・スフィンクス』の原点。




