第三十八話 僕の、わたしの、憧れの人 その2
強烈な光が、訓練場を包む。
「小賢しい……!」
これならば彼の視界を潰せるだけでなく、大きく怯ませられる。
まずはこれでいい。時間は稼いだ。あとは、空中に浮いている彼にどのくらい接近できるかが問題だ。
一筋縄ではいかない。
「お前らなんて、このままでも十分だ!『固有技術・錬金再構築・獅子』!」
彼の真下の土の舞台から、獅子が生成される。それも、複数体。
全員が土の身体に、深紅の瞳をしている。
察するに、グラヴィダ洞窟の錬金土人形と同じ種類なのだろう。
「グオオッ!」
それが勢い良く、こちらへ飛びかかってきた。
その状態でも攻撃する方法くらいあるはず、と。想定済みだ。
「第二段階の成果! 『基礎を繰り返して得た応用』! 『固有技術・収納』!」
この固有技術は味方を安全な空間に保存しておけるだけでなく、敵対する生命を袋の中にしまい込んで分解する。
中にリントがいるけど、彼なら大丈夫だよね!
……というのは冗談で、しっかり分別されるらしい。どういう構造かはガーベル君ですら分からなかったけど。
さぁ、袋の口を大きく広げる。土の獅子が突っ込んできた。
「ググ!?」
「んぶ! ぐぐう!」
相変わらず苦しい! しっかり土の味がするし! もうこの戦法はあまり使いたくない! うええ!
ゴクン。
なんとか飲み込めた。袋の中で分解されていく感覚がある。
しかし、だいぶ時間を稼がれてしまった。サイアミもそろそろ視界を取り戻すところだろう。ここから一気に距離を詰めるしかない。
……屋敷の中で移動が困難だったわたしは。ついさっきこれを思いついた。
そこまで出力が無くても、やり方次第でここまで強くなれるんだって感動したね。
リント、ガーベル君、マルティーズちゃんはビックリするだろうな。ここまで出来るようになったんだよって見せてあげたい。感謝したい。
わたしは袋の口をサイアミの逆方向に向ける。
そして、解き放つ。
「第三段階の成果! 『仲間からの技術の継承』! 『固有技術・熱波招来』!」
袋から、そこそこの熱風が発生した。そう、そこそこ。そんなに強いわけでもない。
それでも。
道具袋を宙に浮かすには十分な威力だった。
一気に敵に距離を詰める。
あともう少し。もう少しで届く――。
が、このタイミングでサイアミが視界を取り戻す。
「寄るな! 薄汚い道具袋ごときが!」
わたしを引き離さんとして、飛び回るサイアミ。
逃がすか……! 絶対にリントと話し合いをさせてやる。
ていうかムカつくから、わたしからも物申してやるか。
「わたしはバイトが品出ししかできなくて! 荷物持ちだなんて呼ばれてた! しかもへこたれて、若干病んで、家に引きこもりがちだった! ゲームばっかりしてた!」
「……はぁ? だからなんだって言うんだ! この僕には関係ない!」
加速する。茨スレスレで飛行するも、なんとかついていく。
しかし、まだコントロールが上手くないわたしは茨の呪文に身体を掠めてしまった。ちょっとだけ布が裂けてしまう。
「っ……!」
うん、しっかり痛い。きっと以前のわたしなら悶絶しているだろう。
でもみんなは。パーティーのみんなはどれだけ傷を負っても立ち上がる。わたしだけへこたれるわけにはいかない!
途切れかけた言葉を続ける。
「でもっ、リントは違った! 雷属性の固有技術しか使えなくても! 天才じゃなくても! それを最後まで努力して極めたんだ!」
袋の切れ口から熱風が漏れている。
……これ以上は出力で負けて遠ざかるだけだな。
そう判断したわたしは、今だ! と熱風を止めた。このまま落下してしまうだろう。
だが、わたしの勝ちだ。
袋の口を、サイアミがこれから進むであろう進路に向ける。
「だからリントは」
わたしは声高らかに、宣言する。
「出来損ないなんかじゃ、ない!!!」
『固有技術・排出』。道具袋からリントが勢い良く飛び出し、空を舞う。
ついに、天才の兄サイアミに届いた。
空中の一騎打ちだ。
(そうか。ユキの過去は詳しく聞いてなかったけど、そんなことがあったんだな……でも、今の彼女は)
今のユキは。自身の得意分野を伸ばし、素早く物を取り出し、そしてしまう事が可能。更には勇者パーティーの固有技術を活用し、自身のものとしている。
そんな存在を、なんと呼ぶか。リントは良く知っている。
(万能、と言ってもいいんじゃないかな)
互いに、振り向かず。目線が合わなくても。
気持ちは一つだった。
(彼女は)
彼は。
凄い人なんだーー。
「ありがとう、ユキ」
通信石でも使って、もっと早く頼ればよかったな。責任を感じたり、恥ずかしがったりしてた。
自分の命はもう、一つじゃない。母さん、チラ、ガーベル、マルティーズ、そしてユキの分まで背負っているから。託されたから。折れる訳にはいかない。
「正面から斬る! 『固有技術・雷光魔剣』!」
雷の剣士リントは剣に雷をまとわせる。
(しくじれば落下。ユキの状態を鑑みると、チャンスはこれ一回きり。僕が兄さんに勝っているのは、剣術。これに賭けるしかない)
対する風の剣士サイアミも。
「その勝負、受けて立つ! 『固有技術・豪風魔剣』!」
剣に風を纏わせた。しかしその思考は精々堂々とは、程遠く。
(チャンスは一度きり、とか考えているのだろう。正面から……やり合うワケねぇだろ。ハッ、直前で魔法ブッパして、それで終わりだ)
一線。強者の戦闘には、相手によって異なる、明確な線引きが存在。
それを踏み超えれば、致命的な傷をつける事が可能な間合いに入る。
当然、飛行能力のないリントが先に踏み越えた。
「かかったな間抜けがぁ! 『固有技術・呪聯夢想』!」
剣を捨て、後退。諸手を突き出す卑怯者。
その先から夥しい数の、おぞましいナニカが生成されては、集まってゆく。
ドロリ、とした塊が出来上がった。目玉や口が複数くっついており、そばにいるだけで吐き気を催すような、呪いそのもののような、ナニカ。
「俺の勝ちだ! クヒヒヒ!」
リントが、それに向けて放たれる――。
ことはなかった。
「『固有技術・疾風迅雷』」
「は?」
稲妻が剣から、リントの全身へと移動する。
(ユキみたいに色んな技を使えなくとも、僕にだって切り替えみたいな小細工は出来る)
固有技術の効果を、剣から自身の身体に切り替えたのだ。
これにより、リントの一撃は軽くなるが、移動速度が上昇する。
……翡翠色の瞳と剣の刃がギラリと光る。
上昇した速度をもってサイアミをすれ違いざまに。
「詰みだ」
切り刻んだ。
「が、は……!」
呪いのナニカがジュワリ、と音を立てて消失する。
訓練場を包む茨も消え去った。
舟をこぐように、ふらふらになりながら墜落する、天才の兄。
「嘘だ……こんな、こんな出来損ないどもに、天才の僕が……!」
そのまま土の舞台に激突。
「ぐぁ」
聞くに堪えない、潰れた声。
(痛い痛い痛い! なんで僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ! 僕はアルガルドレ家の長男! 世界で最も才能のある人間なんだぞ!? もっと敬えよ! 崇めろよ! 誰か助けろよ!)
聞くに堪えない、心の声。
だが、それを口にする事は彼の誇りが許さなかった。
「……まだ、まだだ」
全身を打ちつけて、傷だらけのサイアミ。それでもなお、立ち上がろうとする。
顔を上げた。
目の前に誰かが立っている。
……これまで散々否定してきた弟、リントだった。
「さぁ、兄さん。僕と話し合いをするんだ」




